★ dream

□マメシバ(前)
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「すみません、もう一度おっしゃっていただけますか?」

江戸のど真ん中に建っている高層ビルの受付で
名前は、そう聞き返された。

受付は女性だ。
受付嬢が女なら、上の人にかけあえば警視庁の一員として
わたしも働けるはず。

そう固く信じ込んだ名前は、
さきほど受付嬢に告げた言葉をもう一度繰り返した。

「松平警視庁長官とお話しがしたいんです」

「あの、失礼ですが、
警視庁長官とはどのような御関係であらせられますか?」

名前は少しうつむいて考えた。
これで、引き下がってくれるだろうと踏んだ受付嬢は安堵のあまり
小さく溜息をついてしまった。

「ええと、これから警視庁長官の部下になる者で、
 苗字名前と申します」

名前は受付嬢に良い印象を残すために
ありったけの笑顔を作って答えた。

受付嬢は、その白魚のような指先で内線をかけた。

「ええ、ええ。
では、よろしくお願いします」

その受け答えからして、
松平に話が通ったのだろうと思った名前は
ほっと肩を落して、上層階へと促されるのを待っていた。

「さあ、行きましょうか」

迎えにきたのは警備員だった。
そして、警備員は上へのぼるためのエレベーターではなく、
名前が入ってきたロビーの出入り口に向かっていくではないか。

「あの、警備員さん」

「はい」

「間違ってますよ。
 上にのぼるエレベーターは、たぶん受付嬢さんの奥です」

「間違ってませんよ。
 素性の知れないガキが警視庁長官に会えるはずないでしょ?」


たしかに……!!

警備員の言うことはもっともだった。
名前はなるほどと合点しながら頷き、
そのまま警備員にビルの外へつまみ出されてしまった。

「ああ、ダメだったか……」

あたりには自然が少ないというのに
蝉の声がする。
うなだれた名前の背中にミンミン蝉の声が
降り注いだ。

照り付ける日差しに汗をかきながら
こんな過酷な環境で蝉が生きていけるんだから
わたしだって……
と思いながら、名前は次の手を考えはじめた。

しばらくすると
名前は気合を入れなおすために
着物の帯から出たおはしょりをピッと直し、
歌舞伎町に聳え立つ高層ビルを後にした。
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