★ dream

□マメシバ(後)
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「おい、お前、
 ここは俺らの道だぞ」


そういって、鼻の上に擦り傷を作り、
鼻水を垂らしたような男の子たちが
名前の行く手を阻んだ。


名前は母親から頼まれて
向こうに見える家にお使いに行くところだった。


「あんたたちの道なんて誰が決めたの?」


名前は負けずと言い返した。


いつもこうなのだ。


この三人組のうちの一人は
名前の家の近隣にある道場に通っており、
そこでしごかれた帰りは
よく村の娘たちに意地悪をして憂さを晴らしているのだった。


気が強く、髪を短く切りあげていた名前は
「生意気だ」ということで、いつもその標的となった。


「俺たちが決めたんだよ
 文句あっか!」


そういって、
名前に竹刀を見せつけるように
構え、素振りを始めた。
他の二人が、やんややんやと囃し立てる。


あれで強かに叩かれると腕や足が真っ赤になる。


「やるか?」


少年が竹刀を名前の鼻先に突きつけると
名前は思わず後ずさった。


勝てない。
怖い。


「っ……」


名前はそのまま身をひるがえして
お使いを頼まれた家へと駆けだした。


「なんだよ、逃げんのかよ。
 弱いくせに、生意気なんだよ」


少年たちは今日は執拗に追いかけてくる。
足がもたついて、すぐ男の子たちに追いつかれてしまう。


「こっちには行かせねーよ!」


少年が隣家へと向かう畦道に
先に回り込んでいたようだ。


名前は仕方なく全く正反対の道へと
逃げ込んだ。
その拍子に片方の草履を落してしまった。


「おい、名前が草履落としたぜ
早く取り上げろ!」


名前が振り返ると、
名前のお気に入りの草履が少年の手に握られていた。
先日、母が新しく作ってくれた草履だった。
鼻緒の部分に母の使い古した帯の布地が編みこまれていて
可愛い草履だね、とみんなに褒められた。


「ほら、もう片方も寄越せよ!」


草履を奪うだけでは飽き足らず
しつこく追いかけてくる少年たちに
名前は半べそになりながら、
丘の上に続く、小道の藪の中に入っていった。



もう山の向うに太陽が落ちそうになった頃、
名前は呟いた。



「ここ、どこだろう」



名前は見たこともない畦道を歩いていた。
周りには一面の田んぼが広がって、
まだ青い稲がそよそよと風に揺れていた。


人っ子ひとりいない。
聞こえるのは、巣に帰る烏の羽音だけだ。


名前は片方だけになってしまった草履を脱ぎ、
右手に持ち替えた。


祖母に糸を巻く手伝いを頼まれたとき、
こんな話を聞いた。


「夕方になったら、いそいで家に帰んなさい。
そうでないと、天狗にさらわれてしまうよ」


何でも、
天狗は大男で、力も強い、それはそれは恐ろしいらしい。


草履を持つ手に自然と力が入る。
名前は、近くに道祖神を見つけて、
その横に腰を下ろした。

小さな道祖神には小さな花と
ささやかなお供え物がしてあったからだ。


道祖神があるということは
いちおう人通りがある道だということを示していた。


しかし、
待てども待てども一向に人が通らない。


「天狗にさらわれたら、
 どうなっちゃうんだろう。
 食べられちゃうのかな」


名前は母の帯が編みこまれた草履をすがるように
胸にかかえた。
夕日が山の端に落ちていき、
周囲はいっそう寂しさを増していく。


天狗に食べられたらどうしよう。


名前が半べそから
本格的に大粒の涙を落しはじめたときだった。
目の前に大きな影が現れて
頭上から低い声が落ちてきた。


天狗!!!


名前は瞬間的に
天狗が自分をさらいに来たのを感じ、
ぎゅっと目をつぶった。


「おい、坊主、
こんなところで何してる?」


天狗に声をかけられてしまった!
返事をしたら、きっとどこかの山に連れていかれる!


「そんなに泣きはらして、
もしかして迷子か?」


名前は思いの外、
優しい天狗の声に顔をあげた。


「お、やっと顔あげたな」


低い声、大きな影に相応しい、
上背の大きな、色の黒い、
逞しそうな青年が立っていた。


名前は
安心のあまり、
その青年にがっしりとしがみついたのだった。
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