★ dream

□アザミ(前)
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今年の夏は猛暑になるという。
もう何日も雨が降っていない。
午前中だというのに、
もうすでにねっとりと熱い空気が肌にまとわりついている。
隊士が一室に集まり、
午前中の会議のために近藤と土方を待っていた。


「暑いなか、毎日ご苦労」


ガラリと襖が開かれると、近藤は暑さをも物ともせず
大らかな声で隊士たちに挨拶をした。


ただでさえ暑いというのに、
男だらけの隊士たちが一つの部屋に集まると
部屋の温度が五度くらい上がったように感じる。
しかも、汗臭い。


沖田はいつも通り、
まぶたに油性ペンで目を書いてイビキをかいて寝ていたが、
暑さのせいか、どうも眠りが浅かった。
こめかみから流れ落ちた汗が首筋を伝っていくのが分かった。


「さて、皆はもう噂で聞いているかもしれんが
警視庁で初めて女性を募集することになった。
それで、とっつぁんからの頼みでしばらくの間、
女性警官を目指す子を預かって稽古することになった」


「おお、女性警官!」


「いくつですか?」


「ばか、おまえ、女性警官を目指す子って言うんだから、
若い子に決まってるだろうが!」


若い隊士たちの頭の中には
ミニスカの警官服の女性の白い足が浮かび上がり、
部屋は騒然となった。


「そこで、相談なんだが、
誰か面倒を見てくれるものを探している。
まあ、言うなりゃ、教育係だな」


あぐらをかいた近藤は、にやりと笑って男たちを見渡した。
その瞬間、
沖田の周囲から
俺が!俺が!という声が上がる。
若い女の子!
婦警!
教育係!
むんむんとした部屋の湿度がさらに上がった。


「近藤さん、俺、やります!」


「いやいや、近藤さん、俺が!」


沖田は、その喧騒にうっすらと右目を開けて、
ふう、と溜息をついた。
そして、
流れ落ちる汗を手のひらでぬぐい、また目を閉じる。


「うるせぇ、お前ら静かにしやがれ
近藤さんが喋れねぇだろうが!」


土方が隊士たちを怒鳴りつけたが、
隊士たちの興奮は収まることはなく、
「俺、手取り足取り教えますから!」
などと軽口を叩いている。


近藤は鷹揚に笑ってその様子を見ていた。


「あー、ったく、近藤さん、あんたの播いた種だろ。
何とかしてくれ」


「まあまぁ、トシもお前らもちょっと落ち着け。
 その子は俺の古くからの知り合いだ。
 真っ直ぐな性格で、人一倍努力できるいい子なんだよ。
 何て言ったって、あのとっつぁんに
女も警視庁に入庁できるよう、何回も直談判しに行ったんだからな」


あの松平の旦那に直訴できる女なんているのか!
隊士たちは口をあんぐりと開けて、顔を見合わせた。
浮かれ立った隊士たちが、この言葉を前にして
波紋が広がるようにすっと静まっていった。


「そこまでしてやっと試験の許可が下りたんだ。
 何とか秋の試験に合格させてやりたいてぇじゃねえか。
それに、警視庁に入ったあと、
野郎どもに、やっぱり女は弱いな、なんて言われちゃ、
教育係を引き受けた俺たちの立つ瀬がねぇ」


局長がそこまで言うなら、
俺たちだって真剣に受け止めなくてはいけない。
隊士たちはこくりと唾を飲み込んだ。


「そこで、だ」


近藤はあごに手をやりながら、隊士たちを見渡して
ゆっくりと問うた。


「我こそは!て言ってくれる奴はいるか?」
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