★ dream

□アザミ(後)
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隊士たちが稽古の様子を見に来なくなって、しばらく経った。
人の気配に敏感な沖田でどうにも集中できなかった沖田は、
名前の細かい動きにも気を配れるようになっていた。


「もっと重心を下げて、
踏み込みを強く。
俺の小手にかするくらいにはなれ」


名前は海綿が水を吸い込むように教えを体に刻んでいった。
手ごたえを感じ始めていた沖田は、
だんだんと剣術指導にのめり込んでいく。


最初こそ、近藤や土方が自分を除け者にして名前のことを
たびたび話題にしていたことが不快で、
名前自身のことも嫌っていたが、
今はそんなことは忘れてしまったかのように熱心に剣術を指導していた。


今日も沖田の罵声と名前の応答だけが
道場にこだましている。
さきほど、稽古が始まったばかりだと思っていたのに、
ふと場内を見渡すと、乾いた西日が差し込んできた。


「ちゃんと俺の太刀を見ろ」


「はい!」




沖田は名前が懸命に立ち向かってくるのを相手にしながら、
奇妙な充足感を覚えていた。


俺のことを、こんなにも真正面から見据えて立ち向かってくる女など
見たことがなかった。
いや、男でさえ俺に真っ直ぐ向かってくる奴は少ない。
近藤さんや土方さんたちを除いて、皆、ちょっとした距離を置いていた。


でも、こいつは違う。


沖田はそう考えながら、名前の太刀を軽々と払った。


「下手クソ!」


こうやって、罵声を浴びつけても、
名前の瞳には諦めの色など浮かんで来ない。


こいつの、こういうところが良い。


その瞬間だった。
名前の竹刀がパシーンと沖田の小手を弾いた。


その瞬間、沖田は頭から面をはずして叫んだ。


「そうだ!その動き!
良くなってきたじゃねぇか」


すぐに沖田はその台詞を口走ってしまったことを後悔しながら、
顔を背けて、


「……ま、まぁでも、
クソ虫からゴミ虫くらいになったくらいだがな」


と嘯いた。


「クソ虫からゴミ虫…ですか?」


どちらがどのように、どんな感じなんだろうか?
名前は首をかしげていたが、数秒考えた後、
名前の疲れ果てた顔にぱっと赤みがさした。


「あ、もしかして…」


それほど良くない頭をフル回転させて、
沖田が自分を評価してくれたと気づいたのだろう。


「ありがとうございます!」


顔中を口だらけにして笑い、恭しく礼をする。
頭を上げたあとも、
名前はにこにこと微笑み続けていた。


沖田は、彼女の余りの喜色満面ぶりに恥ずかしくなって


「ほら、これ片付けてこい」


と言って、竹刀や面など一式を名前の方に向かって放り投げた。


名前は犬のしっぽのように
ちぎれそうになるくらいポニーテールをふりふりと揺らしながら、
荷物を抱えて、道場の隣にある用具部屋へと走っていった。
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