★ dream

□アザミ(後)
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用具部屋へと駆けていく名前の後ろ姿が見えなくなると、
沖田は道場の入り口の扉をガラリと開け放ち、
どさりと体を投げ出すようにして腰を下ろした。


昼は完全に無風だったにもかかわらず、
稽古が終わった今頃になって風が流れはじめていた。


「不覚…」


沖田は頭に巻いていた手ぬぐいごと、
ワシャワシャと髪を掻き毟った。


「完全に
あいつのペースに巻き込まれちまってらァ」


そう呟いて、大きな溜息をつき、
壁に寄りかかった。


「いつも巻き込む側のお前が
巻き込まれるのもたまにはいいんじゃないか?」


橙色の夕日を浴びて近藤が立っていた。
逆行の中の近藤を見上げた沖田は眩しそうに目を細めた。


「トシに聞いたぞ。
 お前がしっかりと名前を稽古してやってるって」


そういって、
近藤も沖田の隣にどっかりと腰を下ろす。


「近藤さん、
そりゃあ、嫌味ですかィ?」


「嫌味なもんか!」


「やつらが噂してたでしょう。
俺のしごきが可哀想で見てらんねぇって」


「そりゃあ、お前。
 うちの道場で一番だった名前だ。
 そこらの隊士たちよりよっぽど腕が立つ。
それをさらに鍛えてやろうってんだから、
厳しくしても仕方ないだろう。
俺もトシも、お前は
よくやってくれていると思ってるよ」


近藤さんも土方さんも分かっていてくれたのだろうか?
ちゃんと、俺のことを見ていてくれていたのだろうか?
胸や手のひらがむずむずした。
それを振り払うために沖田はぐっと拳に力を入れた。


「だって、…近藤さんと土方さんのお気に入りに
変なことできねェですから」




「お気に入り?」


「いつも二人で話してたらしいじゃねぇですかィ。
あいつの話。俺抜きで。
俺と同じ年頃で、素直で。
俺と比べりゃあ、そりゃあ可愛いもんでェ。
酒の肴にはうってつけだ」


声が震えたのが、自分でも分かった。
けれども、何故こんなにガキっぽいことを言ってしまったのか、
沖田自身にもまったく分からなかった。


そんな様子を見た近藤は、はじめ不審そうな顔で沖田を見つめていたが、
やがて合点したのかニカっと笑って、
ひげを撫でまわしながら言った。


「なんだぁ?
はっはっは!総悟、やきもちか?」


「なっ!ちがいまさァ!」


図星だった。
近藤さんと土方が自分にはしてくれなかった名前の話。
それに、近藤さんと土方さんから目をかけられる名前。
名前の稽古をつけたらつけたで、
隊士たちは名前が可哀そうだ、隊長は厳しすぎると噂される。
皆が名前ばかり見ていた。
名前は自分に比べて素直で、忍耐強く、明るく、
そこが気に入られているのは重々承知していた。
そして、自分にはそれがまったく欠けていることも分かっていた。


それを受け入れられなかったのは、
悔しいけれど、情けないけれど、
近藤さんの言う通り、
ヤキモチを妬いていたからに他ならなかった。
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