★ dream

□(短編)恋の病
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わたしは、的と安土に刺さった弓を取るために射場を出た。
外へ出た途端、灼熱の太陽の光が照り付けた。
最近、雨が降っていないせいか、土ぼこりが鼻をむずむずさせる。


それでも、安土は的を固定するために一日数回ほど水を撒くため、
その付近に近づくとひんやりと感じられた。
矢は四本のうち、三本が的の中心を射抜いており、
最後の矢は的のすく横にささっていた。
深く刺さっていたため、ぐっと力をこめて抜き取る。
瞬間、土の香りが鼻をくすぐった。


どうしてだろう。
弓を引くときに限らず、ふと、まぶたの裏に浮かんでくる人。
それは近藤さんだった。
幼少時代からずっと追いかけてきた人。
ずっと、受けた恩を返したいと思っていた人だった。


先月、やっと上京して近藤さんに会うことができた。
近藤さんは上京してきたばかりのわたしに
住む場所を探してくださり、剣の稽古までつけてくださる。
この弓道場を紹介してくださったのも近藤さんだった。
わたしはいま、入庁までの期間の糧を稼ぐために、
この道場で弓を教えている。


幼い頃、たった一度会っただけの娘、同じ道場出身の娘と言うだけで、
こんな破格の待遇をしてくださるなんて思ってみなかった。
本当にありがたい話だった。


でも、これほどの恩を受けているのに、
一体わたしはなぜ近藤さんを思い出して、息ができなくなってしまうのか?
そんな人に安らぎや感謝の念は覚えても、
胸が痛んだり、息が出来なくなったりするはずがない。
好意を持っている相手を思い出したときは、
快い心地になるものではないのだろうか?


十数年間生きてきてこんな気持ちになるのは初めてだ。
あまりの奇怪さに思わず首をかしげる。


――もしかして、病気だろうか?


途端に不安になって、肺のあたりをそっと撫でた。
不治の病と言われる肺病だったらどうしよう。
もし警視庁の試験に受かることができたとしても
病にかかってしまったら元も子もない。


戦場で死ぬことを誇りとしていた武士は
ふぐの毒に当って死ぬことを不名誉なことであったらしい。
わたしもそうだ。
近藤さんを助けるために死ぬなら名誉なことだけれども、
病で死ぬなんてまっぴらだった。


「一度、診療所に見てもらった方がいいかな。
 でも苦い薬、飲みたくないな…」


矢を抜いたときに、ずれてしまった的を安土に固定し直しながら、
ぼんやりとそんなことを考えていた。
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