★ dream

□(短編)かくれんぼ
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かくれんぼ。


それが、今になって役に立つとは夢にも思わなかった。





「近藤さん、見つけました」


わたしはしゃがんで身を低くして、縁側の下を覗き込んだ。


――今日はお妙さんが気持ち良さそうに洗濯物を干しているから
――天気が良くて、程よく地面が乾燥しているから
――今朝見かけたときの近藤さんの服装が暗めの色調だったから


そんな風に考えると、
近藤さんの居場所はいつだってすぐに分かる。


「あれぇ、見つかったか。おかしいな。
 今日は見つからないように服の色を工夫したんだがなぁ」


「そんな工夫をするから、沖田隊長が“近藤さん探し”を
 わたしに押し付けてくるんですよ」


わたしは口を尖らせて近藤さんをねめつける。
と言っても、表面上、怒ったふりをしているだけ。


これまでは
仕事を放って、ふらりと消えてしまう近藤さんを探すのは
沖田隊長の役目だった。


“消える”と言っても、目星はついている。
お妙さんがいるところに、近藤さんがいる。


けれども、いつも沖田隊長は面倒くさがって
「近藤さん来てませんかィ?」と聞くだけで、
そのまま帰ってしまう。


そうして副長に「いませんでした」と言って、
そのまま近藤さん捜索を打ち切ってしまう。


あるとき、切羽詰った副長が道場に顔を出してきて
すぐに近藤さんに見てもらいたい書類があると言って、
わたしに近藤さん捜索の任を下した。
沖田隊長では無理だと判断したのだろう。


わたしがかくれんぼをする要領で
近藤さんをあっという間に見つけた。
それから、
わたしが近藤さんを探す役目を仰せ仕ることになった。


「面倒なこと押し付けちまって悪いな」


副長はそうやって気遣ってくださったが、
かくれんぼう好きなわたしにとって、さほど面倒なことでもなかった。
それに、近藤さんのことを考えながら隠れ場所を探すのは楽しい。




「名前にかかると、すぐ見つかっちまうな」


近藤さんは暗く埃っぽい縁の下から
ずりずりと身を這い出してくると
悪戯が大人に見つかったときのときの子どものように、
ばつの悪そうな顔をして、手を頭の後ろに回した。


「小さい頃からかくれんぼ、得意なんです」


「ああ、そうか。
 これもかくれんぼみたいなもんだな」


剣の稽古をしに屯所の道場にいるのを
縁側の下から出てきた近藤さんは土ぼこりで白く汚れていた。
背中や肩にたくさんの枯葉がついている。


わたしは目に付いた先からそれを払おうと手を出そうとしたが、
一瞬、触れるのを躊躇った。


「ん?何かついてるか?」


弓の稽古を見ている男性や真選組の隊士たちには
ためらいもなく触れることができるのに、
どうして近藤さんには触れることが出来ないんだろう。


「ついてますよ。
 埃や葉っぱがたくさん」


「え、そんなに?」


近藤さんはそう言って、無防備にわたしに背中を差し出した。


わたしは逡巡を断ち切るように、
近藤さんの背中についた枯葉を少し強めに払った。


ただ、枯葉を払うだけだけれど、
ちょっとだけでも背中を預けてくれたことが嬉しくて、
わたしは丁寧にゆっくり、噛み締めるように近藤さんの背中を払った。


どうか、近藤さんの背中が
このままずっと大きくあってくれますように。
怪我もなく、病気もなく、健やかにあってくれますように。
そんなことを願いながら、埃だらけの背中を払う。


そのときだった。


「名前ちゃん、近藤さん見つかった?」


遠くから、
洗濯物を取り込んでいるであろうお妙さんの声がする。


近藤さんが「お妙さん!」と歓声を上げるのを遮るように、
わたしは大声で


「いませんでしたー!」


と叫ぶ。


「そう?それならいいけど。
 名前ちゃんも毎回大変ねー」


嘘をついてしまうことになるけれど、
ここで近藤さんのストーカー行為を報告するのは得策ではない。


「お、おい、名前。
ここは、近藤さんはお妙さんが苦しいときも楽しいときも
いつでも傍にいますって言うところだろ!」


わたしは駄々を捏ねる近藤さんを宥めた。


「しっ!静かにしてください。
さ、お妙さんに見つかってボコボコにされる前に帰りますよ?」


近藤さんは“ボコボコにされる”という言葉に少し怯んでいたようだが
それでも諦めきれないらしい。
近藤さんの足は地面にへばりついたままだ。
そんな近藤さんの着流しの袖を引っ張ってわたしは帰りを促した。


「でも、今日は天気も良いし、お妙さんも機嫌良さそうだし…
 ボコボコまでにはしないかもしれんじゃないか」


二十代後半の青年が、駄々っ子のようにぶつぶつと不満を言う。
これほど想われるお妙さんが羨ましかった。
もしわたしがお妙さんだったら、好きなだけ隣に居てもらうのに。


さあっと午後の風が吹いて、頬をくすぐった。
かくれんぼは好きだけれど、
近藤さんを見つけた後は、決まって悲しい気持ちになった。
近藤さんの、お妙さんから引き離そうとするとする残念そうな顔を見るのは辛かった。


きっと沖田隊長はこの顔を見たくないんだろう。
単に面倒くさがって
近藤さん捜索を嫌がっているのではないのだ。
わたしが近藤さんの悲しい顔を見たくないように、
沖田隊長も悲しい顔を見たくない。


それを知っていたら、引き受けなかったのに。
時すでにもう遅し。


わたしは近藤さんのお目付け役になってしまっていた。


仕方ない。
近藤さんには屯所に帰ってもらうしかない。
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