★ dream

□(短編)夏の二人
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総悟は夢を見ていた。
夢を見ているということが、総悟自身にも分かった。



月が出ている。
総悟は懐かしい武州の実家の縁側に座っていた。



“ああ、久しぶりにお会いできた”
そう思って、総悟は隣にいる人物を見遣った。
月明かりに照らされて、
ぼんやりと白く浮かび上がった顔と手。



「総ちゃん」



この声、と思って総悟は噛み締めるように目を閉じた。



姉上は物静かで柔らかい声で、いつも俺を呼ぶ。
月光に照らされて消え入りそうだ。
いや、ちがう。
消えるのは俺の方だ。
俺は、明日、こんな体の弱い姉上を置いて江戸へ旅立つ。



「江戸に行って、困ったときはちゃんと誰かに相談するのよ?
あなたは年上ばかりに囲まれているから、
背伸びする癖が身についちゃってるでしょ。
 わたし、すごく心配なの」



儚い、か細い声、
そして、冬の日差しのような微笑み。
姉上はいつもこうやって俺の心配をした。
肺が弱い、自分のことだけを心配すればいいのに、
こんな俺まで心配してくださるんだ。



「姉上、俺は大丈夫です。
 だから、どうか、自分の体にお気をつけくだせぇ」



沖田はあらゆる感情が胸に湧き上がってくるのを感じた。
夢の中でさえ、自分の心配ばかりしている姉が愛おしかった。



「あら、総ちゃん、泣いているの?」



どうやら湧き上がってきたのは胸の中だけじゃねぇらしい。
沖田は着物の袖で目じりを拭った。



「総ちゃん、
あなたがそうやって泣いているとき、
悩みが相談できるような、同じ年頃のお友達を作るのよ」
 


「はい、作ります。
作りますから、どうか――」



ふっとあたりが暗くなった。
月が雲に隠れたのだ。
ミツバの仄かに光っていた白い肌が不意に見えなくなった。



「友達、作りますから…!
 だから、どうか、いつまでもお元気でいてください!
 俺を置いていなかいでください!」



自分と同じ、色素の薄い肌、髪の色が
さらに色を失って、濃厚な闇の中に溶けていく。



「姉上……!」



総悟はもうすでに消えかかった姉の手をつかもうとした。
しかし、自分の手は姉を引き止めるどころか
触ることすら適わなかった。



命よりも大事な姉のために
振り回した腕が虚空の中を空振りする。
それでも、総悟は小さな子どもが無いものねだりをするように
声を張り上げるしかなかった。
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