舞台裏

□先輩2
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新規生入隊式の次の日、イリヤによる初めての授業が行われた。

朝8時、時間通りグラウンドに集まった新規生をイリヤが見渡す。
点呼をとると
「よし、全員揃ってるな。」
イリヤは頷き
「今日は初めてなんで、皆がどれくらい体力あるか、体力測定をしたいと思ってる。
 まずは軽く走ってもらうかな。
 準備運動程度に、30分くらいで良いか。
 目安はグラウンド20周な。」

新規生一同の顔が固まる。
ミリツィアの広大な敷地内にあるグラウンドはかなり広く、30分で20周しなければならないとなると準備運動程度では済まされない。
「テスト、って訳じゃ無いから、何周いけたかは自己申告で良いぜ。
 軽くストレッチでもして、体ほぐしとけよ。
 5分後にスタートだ。」
イリヤはそう言うと、自分もストレッチを始める。

「あれ、先輩も走るんですか?」
特に並び順は決まってないため、ボリスの隣の位置をキープしているコプチェフが声をかけた。
「30分も突っ立ってお前ら走るの見てたって、しょうがないだろ。
 体、鈍っちまうよ。」
ニヤリと笑ってイリヤが言う。

5分後、イリヤの
「スタート!!」
と言う合図と共に、新規生一同がグラウンドを走り始めた。
最初の5周目くらいまでは全員足並みが揃っていたが、体力の無い者が徐々に遅れ始めて、並びがバラけてくる。
コプチェフとボリスは何とか先頭集団の中で頑張っていた。
そんな2人に
「大会上位入賞者さん達、10時にはミーシャが合流するから、おまえ等の射撃の腕、見せてもらうぜ。」
イリヤが声をかける。
ほとんど息を乱さず、軽い感じで走っていた。
「はい。」
答えるコプチェフとボリスの息は乱れ始めている。

「チッ、お坊ちゃんは、何をトロトロ走ってんだか。」
遥か前方に、先頭集団から遅れている下位集団が見えてきた。
その中に、ニコライの姿もある。
「ちょっと、喝入れに行ってくるわ。」
イリヤはそう言うとスピードを上げ、下位集団に追い付いて何事か話しかけている。
コプチェフとボリスは、呆然とそれを見送った。

「うっ、もう15分過ぎてる…」
何とか8周目を走り始めたコプチェフが、グラウンドの隅に設置されている時計を確認して呻いた。
「20周は無理かも…」
ボリスが息を切らして続けると
「何だお前ら、もうちっといけんだろ。」
後ろからイリヤに声をかけられた。
『追いつかれたー!!』
コプチェフとボリスは戦慄する。
「最近の若いモンは体力ねーなー。」
イリヤは息も切らさず2人の脇に並び、やがて追い抜いていった。

すでに先頭集団も下位集団も無く、新規生の並びはバラバラに乱れてグラウンドを走っている状態である。
その中を、イリヤは喝を入れながら走り抜けて行った。
コプチェフとボリスも、さらに何度か声をかけられる。
新規生達は、イリヤに追い立てられる想いに捕らわれ、追い付かれるたびに戦慄していた。

もはやイリヤが何周走っているのか、誰にもわからなかった。

走り始めて30分後、イリヤの
「んじゃ、この辺までにしとくか。」
と言う適当な掛け声で、新規生達はやっと追い立てられる恐怖から逃れられた。
皆、その場でしゃがみこみ、ハァハァと息を切らせている。
イリヤから逃げることに気をとられ、自分が何周走れたのか正確に覚えている者はいなかった。

イリヤはグッタリしている新規生を見渡し
「5分休憩したら、次は腕立てな。」
息も乱さず、ケロッとした声で伝える。

イリヤの幼い姿を舐めていた新規生は、一人もいなくなった。
最初の授業で『イリヤ』の名前は、新規生の間で畏怖の対象になったのである。
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