短編その2
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夜、目が覚めるとトイレに行きたい衝動に駆られる人はそれなりに数がいるだろう。今日は順平もそのうちのひとりだった。
「へっくし!」
誰かが噂しているのか、それとも単に寒気を感じたのかくしゃみが出た。残暑も終わり秋の季節に移って夜になると気温が下がることも多くなった。そろそろ薄手のシャツを出すべきかと露出した腕を軽くさすりながらトイレに急ぐ。それほど距離があるわけでもないが、ベッドに戻って心地よい睡眠に戻りたい気持ちがある。
明かりが扉の隙間からもれていて、誰かが入っていることはわかった。各階にトイレはひとつしかないため下に降りることも考えたが今すぐ漏れそうというわけでもないので大人しく待つことにする。意味もなく床を足先で叩き、出てくるまでの時間をもてあます。
誰が入っているのか。とは言っても寮にいる誰かであることは確かだ。
まだかまだかと貧乏ゆすりが始まった頃にトイレの鍵がゆっくりと解錠される音が聞こえた。半分寝ているのかは分からない。
出てきたのは純也だった。とてつもなく眠そうな、ダルそうな顔をしていてコイツも俺と同じく睡眠を妨げられた奴なのかと、入れ替わりで中に入ろうとしたのだが重いまぶたの奥で見えた見慣れないものに驚愕した。
これは夢か。幻覚か。眠すぎるのか、はたまたタルタロスの探索で疲れていたのか。
「ちょ、ちょいちょいちょい」
「……?」
純也は首もとが開いた長袖の黒いシャツを着ていた。呼び止められると眠そうな目でこちらを振り返り、人の気も知らず欠伸をして見せる。
「お前、その格好でトイレに来たのか」
「……そうですけど、」
「俺以外のやつに会ってないよな??」
意識が完全に覚醒してしまった。とりあえずなにも気づいていない純也に、確認しなければならない事項を聞いていく。
「あってない」
少し掠れた声で、舌ったらずではあるがきちんと答えている。
安心したような、だけど見てはいけないものを見てしまったような、でもこのまま放っておくのはいずれ問題になると頭を抱える。
彼の首もとを中心に広がる、鬱血の痕と歯形に引きたくなると同時に深いため息が自然とこぼれてしまった。
「鏡とか見てねえのか?」
「かがみ?」
言葉にして伝えるのもなんだか気が進まず、自分の首もとを指差す。確認しようと顎を引いて目線を下ろしてみたが場所が悪いのかちょうど見えず順平は嫌々重い口を開いた。これも今後の純也のためだと、そう言い聞かせながら。
「噛まれた痕がガッツリ見えてんだよ。…俺はともかく、他の奴らに見られたらヤバいと思うぜ」
「痕……あ〜…」
俺も見たら嫌だけどな。という気持ちは押し込める。ようやく気づいて、今さら意味もなく両手で首もとを隠し頬を赤らめる姿はほんの少しだけ女子のように思えてしまい、否定をする。コイツは男であって女ではないと。
「……その、申し訳ない、です」
「ホントだよ。見たやつの気持ちになれ」
「気づいたらついてるんですよ」
「……つか、マジで男同士でやってんのかよ」
「じゃなきゃこんな痕つかない」
「分かってっけどサ」
「……何を思っているのかは察します。普通じゃないことくらい、自覚したときから分かってますし周りから白い目で見られるのも。……この寮の人たちはおかしいんじゃないかってたまに思います」
「まあ……内心は知らねえけど普通に受け入れてるからな。それもさ、多分湊のせいだろうな」
「どうして?」
「みえみえっつーか。分かりやすすぎて逆に引いたわ。らしいっちゃらしいけど」
「」