短編その2

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翌日。沢田の父親は現在仕事で家を空けているため、主のいない部屋を借りて寝ることができた。案の定シャドウと戦ったりしていて疲弊した体は睡眠を求めて昼間まで爆睡。休みの日でよかったがさすがに寝すぎたようで赤ん坊からの異様な殺気と圧力で反射的に目が覚めた。こいつ絶対子どもじゃないだろ。

遅い昼食をもらい、着るものはサイズがないため昨日と同じくいつもの着慣れた学ランを着用。下着は…しょうがない。どうしようか迷っていれば沢田の母親…奈々さんがこれで買いなさいとお金を渡してくれた。そこで頭によぎったのが生活に必要な金だ。居候とはいえただただ世話になるわけにもいかない。バイトを探すか…めんどくさいがこれも経験だ。似たような内容のバイトがあればいいのだが。


「一人で大丈夫ですか?」

「問題ない」


必要な物を買い足す上で近くに商店街があると沢田は言ってくれたのだが、俺は商店街ではなくデパート的な大きなところはないのかと聞いた。すると隣町の黒曜にあるというのでそこに足を運ぶことにする。
理由は簡単だ。テレビに手を突っ込むためである。深夜にリビングに降りて確認をしようと思ったら妙な視線を感じたし人様の家のテレビに手を突っ込む光景など見られたら発狂されること間違いなし。仕方がなくジュネス同様大型デパートにある家電売り場まで行って確認するのが一番妥当だという結果になった。地味に遠いが文句は言えない。

沢田は初めての土地だし案内をすると言ってくれたのだが連れて行くと行動しにくくなるし実験も出来なくなるから丁重にお断りをした。ついでにバイト先もないか探したいし。
身分証明もない人間を雇ってくれる店などあるのだろうか…。


「……。」

「何か悩みでもあんのか?」

「ん?」

「さっきから難しい顔してるぞ」

「ああ…。まあ、悩みごとは山ほどあるけど」


奈々さんが用意してくれた昼食のパスタをフォークに巻いて食べていれば、向かい側で居候のビアンキさんに食べさせてもらっている赤ん坊が声をかけてきた。シュールな光景だがあえて気にしないことにする。色々とややこしくなりそうだから。

赤ん坊に相談したところで解決するとは思えないが、とりあえず言ってみろというから話すことにした。


「バイトがしたいんだ」

「バイト?」

「何もかも世話になるわけにはいかないから小遣い稼ぎでもしようかと」

「ふむ」

「だけどこの世界に俺の戸籍はない。身分証が存在しないから、バイト先を見つけてもそんな奴を雇ってくれる店があるかどうか…っていう悩みなんだけど」

「なるほどな。確かに、こっちじゃ身分証明が必要になるからな」

「(……こっち?)」

「俺に任せとけ。身分証くらいならどうにかしてやるぞ」

「…どうにかなるものなのか?」

「心配すんな。ただ流石に今日中は無理だから明日まで待ってもらうぞ」

「何とかしてくれるならありがたい」


正直何とかなるとは思わないが、赤ん坊の顔を見る限り嘘じゃなさそうだったから任せてみることにした。他人の戸籍を買うとかそんなことしなきゃいいが。…それは闇取引での話か。あったとしても。


「沢田は遊びに出たのか」

「みたいだぞ。ツナについてもらわなくてよかったのか?」

「一人のほうが気楽でね」

「そうか。お前、ヒバリみてえだな」

「ヒバリ?」

「ツナと同じ学校のやつだ。一度会ってみるといいぞ」

「…面倒な予感がするから遠慮しよう。無駄な体力は使いたくない」

「残念だな」


残念そうな顔をまったくしていない。むしろ、何かを企んでいるような笑みを浮かべていて気分が悪い。基本会って間もない人間にこういう気持ちは抱かないのに…この赤ん坊、俺という人間のことを観察しているような感じだ。探られている。

それに会ってみたいとか口走ったら、ただじゃすまない気がしたのだ。そのヒバリがどういうやつかは知らないが嫌な予感しかしない。


「…あなた、家が高貴だったりする?」

「え?」

「食べ方が上品だわ」

「…。まあ。」

「そう。」


突然ビアンキさんにそんな質問をされて手が止まる。…やっぱり見る人が見ると分かるのだろうか。いつだったか忘れたか丁寧な食べ方をしていると言われたことがある。
幼いころから堅苦しい場所で、礼儀作法やマナーを頭に食べてきたからだろう。どうしても自然と癖が出てしまう。


「分かりますか」

「ええ。あなた、とても綺麗な食べ方をするわ」

「…必要最低限のマナーは身につけろと言われてきたから、その通りになってるんでしょうね。自覚はないけど」

「でも上品な自分があまり好きじゃないみたい」

「……。」


丸わかりじゃねえか俺の馬鹿野郎。と心の中で自分を罵倒する。会って間もない人間に見抜かれるとかどんな間抜けだよ…つか何で分かるのだろう。この家にいる人たちはみんな人を見抜くのが得意なのか?

これ以上いると自分というものを見透かされそうな気がして残りのスパゲッティを一気に腹に収める。よかった普通の量を食べられるまで回復していて。ご馳走様でした。と手を合わせて食器をシンクに置き財布と携帯、生徒手帳をしっかりと持って玄関に向かう。

そろそろ買い替えようと思う学校指定の靴を履けばビアンキさんがやって来る。何かと思って見れば静かに笑った。


「行ってらっしゃい。気を付けるのよ」

「! ……。行って、きます」


一瞬、その姿が美鶴さんと重なって目をそらす。
胸元に隠しっぱなしの召喚器とガンベルトが滑り落ちそうになるのを抑えて、少し早足で沢田家を出た。


「珍しいな。見送りするなんて」

「…似てるのよ、あの子」

「ん?」

「私と似てるわ。…少しだけね」

「…そうか」













































































携帯電話は未だにただの箱として存在し、だけど電話やメールが出来ないだけなので中のデータは残っている。もう何年も同じ待ち受け画面を一瞥し、沢田に教えられた道を頭の中で繰り返し再生しながら隣町のデパートを目指す。
のどかな住宅街。巌戸台や稲葉とはまた違う風景を何となく眺めては忘れる。巌戸台は海に面していたから広々とした感じで、稲葉は畑に囲まれたまさにド田舎といった場所だったから不思議な気持ちだった。

都会には遠く、田舎とも言えない建ち並び。どんな人が住んでいるのかなんて興味は全く湧かない。

そんなことよりも自分はいつ元の世界に戻れるのか、どうしてシャドウに食われただけでこっちに来てしまったのかということばかり考える。せめて連絡でも取れればいいのに肝心の携帯は圏外。テレビに通ることができれば何か変わるんじゃないか、という曖昧な期待に体を動かす。

並盛を抜け、黒曜と名のついた店の名前が目立ってきたので隣町についたのだと認識する。そしたら目的のデパートまでは遠くはない。迷子にならず、案外普通に来られるものだ。


「………ん?」


なんか、ポケットに入っている物が震えている。そんな自動で動くものなんてあったかと取り出してみれば携帯が着信で振動していた。電話かと思ったが確認しにみればメールのようだ。

差出人は花村陽介。殴りたい。

思わず立ち止まる。何でメールが届いたんだ? 普通圏外の携帯に電波は届かないから送っても送信は失敗するはずなのに。

だが電波状況をよく見てみれば、さっきまで圏外と表示されていたのにいつの間にかアンテナが表示されている。なんだこれ。ついに故障したかと不安に駆られる。

それでも、一縷の望みにかけたいとでも思ったのか発信履歴を開いていた。
数回のコールの末。留守電になるかと思った頃に音が途切れた。


「あ、花む《純也! お前! 今、どこにいんだ!!》…ッうるさい」

《うるせーじゃねえよシャドウに食われるわ何回かけても電話繋がんねえわでこっちはパニクってたんだからな!!》

「俺は最早圏外だった」

《圏外ぃい? だから繋がんなかったのか。つかよ》

「なんだよ」

《無事か?》


昨日聞いたばかりの声。心配しているのがよくわかり、文句を言いながらもちゃんと安否を聞いてくる辺り花村らしい。


「まあ…五体満足?」

《そういう無事かを聞いてるんじゃねえよ!》

「特に怪我もねえよ」

《…ならいいけどよ。あのさ、俺ら今テレビの中にいんだよ》

「………は?」

《お前が食われたあと散々テレビの中捜して、いなかったから一回外に出たんだよ。んで電話かけたら繋がらなくて、もう一回捜そうって中に戻ってきたんだ。そしたらお前から電話がかかってきて》

「電波出てないのに?」

《軽くホラーだよ…って、おい、ちょ待てお前らイデッ!》

《せんぱぁい! 生きてる!? 今どこにいるのー!?》

《クマ寂しんボーイクマよー!》

《おっも"い!!》

《先輩今どこっスか! 迎えに行くんで!》

《シャドウに食べられて記憶飛んでるとかないー?》

《千枝、不吉なこと言わないで》

「………。」


次から次へと、電話口から騒がしい声が聞こえてくる。俺は聖徳太子になった覚えがないから聞き分けるのは無理。なので聞こえなかったものはスルーすることにした。途中花村の苦しむ声が聞こえたから後ろからクマか久慈川に押し潰されてるんだろう。


《花村、変わってくれ》

《う"…、おう…お前ら早く降りろ! 重い!》

《俺だ。収集つかなくて悪い》

「いつものことだろ…」

《繰り返しになる。今どこにいるんだ?》

「あー、ここが外で日本であるのは確かだ」

《外にいるのか?》

「うん、まあ。だけど俺らがいる世界とはまた違う世界らしい。"アレ"に食われて異世界に飛ばされたみたいだ」

《異世界?》

「こっちに吐き出されてから色々確認はした。俺が今いるのは日本で、まず時間軸が違う。あと辰巳ポートアイランドが地図に載ってなかった」

《つまり辰巳ポートアイランドが存在していない世界か。ということは稲葉市も…》

「あったとしてもお前らと合流できるとは思えないな。まず時間が違うし」


そうか…と電話越しに瀬多は暗い声を漏らす。昨日の夜、夕飯をご馳走になる際沢田の家にあったカレンダーの西暦に愕然とした。
俺のいた世界よりも少し前の西暦だったのだ。何事、と思わず呟いたのを沢田に聞かれてさりげなく誤魔化したが動揺しっぱなし。年代が違うってどういうことだおい。この世界じゃ絶対に戻れないこと確定じゃねえか分かってたけど。

電話をしている間も足は動いていて、既に黒曜の大型デパートに入っていた。休日であるせいか人が多くぶつかりそうになる。寸前で避けながら目的地を探し求め、案内板で確認してエスカレーターに乗る。


《…参ったな。助ける方法が思い付かない》

「あの時のやつを見つければいい話だ。それと…まだ試してないことはある」

《試してないこと?》

「今、飛ばされた先の近くにあるデパートにいる。もう少しで家電売り場だ」

《……ああ。なるほど》


嫌でも理解するだろう。
俺が今何をするためにここまで来たのか。ことあるたびに何度も潜った。恐怖に、使命感に駆り立てられ、人の視線に敏感になりながら数え切れないほど通ってきた出入り口。

俺たちにしか通れない場所。


「通れたら、万々歳だけどな…」


期待を抱いて。人が捌けたのを見計らってそっと手を伸ばした。





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