短編その2
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色々な経緯があって沢田家に世話になることになった俺、桐条純也はめでたく居候となりました。見ず知らずの男を快く受け入れてくれるとかこの家の防犯意識が不安である。奈々さんが沢田の母親で、軽い記憶喪失だと説明をしたら軽々と居候を認めてしまった。
話を聞けばこの家本来の住人は沢田と母親と父親の三人だけなのだが、今は訳あって居候が俺を除いて五人もいて大家族状態らしい。ここは外国か。日本でもここまで心が広い人いないと思うんだが。
沢田とよく似た母親。父親は仕事で単身赴任中。ど派手な髪色の(人のことは言えないが)の女が一人に小学生…かつての天田くらいの子どもが一人と、牛に見える五歳児が一人、日本語ではない言葉で何かを喋っている女の子が一人、そしてなぜか二息歩行で歩く上にスーツを着こなすスーパーな赤ん坊が一人。どう考えても普通じゃないとツッコむ気にもなれず流すことにした。
「そういえばあなたの名前を聞いてなかったわね。なんていうの?」
「桐条です。桐条純也」
「純也くんね。高校生くらいかしら?」
「高二です一応。生徒手帳あるから」
「高校生なのね。うちはツっ君が一番お兄ちゃんだったから家にいる間はよかったらみんなのこと面倒見てあげてね」
「…面倒ですか」
にこりと純粋な笑みを向けられ、ちらっとリビングで遊びまわっている子どもを見る。
五歳児の二人…のうちの牛柄の方がどう見てもじゃじゃ馬にしか見えない。子どもの扱い方なんて知らないんだけど…小学生だった頃の天田も思考は大人びていたから純粋に子どもを相手にしたことは一度もない。
まあ…こっちはほぼ無一文な身で世話になるのだから文句は言えないだろう。とりあえず頷いておいた。
「純也さん、とりあえず俺の部屋に来てくれますか? リボーンが話を聞きたいって…」
「誰だそれ」
「さっきいた赤ん坊です。赤ん坊だけど中身全然違うから違和感すごいと思うけど…」
「赤ん坊でスーツを着ている時点で違和感がヤバいと思うんだけどな」
「で、ですよねー…」
沢田にとってはその赤ん坊はもう日常でしかないようだ。初見の俺からしたらもうホラーでしかない光景だがそれが事実なら受け入れる他ないだろう。シャドウのバステであの姿になってしまったとか考えておけば気楽かな…。
階段を上がる沢田のあとをついていく。案内された部屋は中学生らしく物がある程度散乱していて、ゲーム機やら漫画やらが落ちていた。俺の中学生の頃の部屋とは大違いだな…いや、多分これが一般的だと思う。俺の部屋が何もなさ過ぎただけで。
「散らかっててごめんなさい…適当に座ってください」
「……なんだこれ」
「あ、それランボのしっぽです」
「……。」
偶然目について拾い上げたものはとんでもない物で一瞬固まった。しかもサラッと言うのだからこの男意外と心臓に悪い。
人間に尾骨はあってもしっぽは生えていただろうか…。そういえばあの牛のような子どもが着ていた服、細長いものが腰から生えていたような。…服についてる装飾だと信じよう。躊躇いなく部屋の片隅にあったゴミ箱にインして物がない場所に腰を下ろした。
「物がたくさんあるな」
「え! ええと…掃除しないから汚くてごめんなさい」
「いや。俺が中学生の頃は逆に何もなかったから新鮮に思える」
「漫画とか持ってなかったんですか?」
「ああ。部屋にあったのは本当に生活に必要な物だけだし、中学生らしい物に興味も持てなかった」
「普段何して過ごしてたんですか」
「暇さえあれば寝るか勉強するかの二択だった」
「と、友だちと遊んだりとかは…」
「しなかったな。…中三になってからは同じ寮の先輩と出かけたりはしてたから問題はなかった」
仲のいい関係にあったのもほとんどが年上の先輩たちや年下の後輩。同い年の友だちはと言われればやたらと喚く女が一人だけ。
それ以上に友だちを求めなかった。求める必要がなかった。つーか性格的に合わない奴らばっかだから無理だった。俺に対して嫌悪感を持ってる奴らと仲良くしろとか不可能な話だろ。
「…もしかして頭良い人、ですか?」
「お前の中での頭いい人のレベルは知らないがいい方なんじゃねえの?」
「そ、そうですか…」
「……できたところで将来役に立つのかっていったら、微妙だけどなあ」
それは人それぞれだろう。進む道次第で学んだ知識が役に立つか立たないかが変わる。
中学生なんてみんな習うことは同じだ。決められた学科を受けて、毎日似たような生活を送る。
高校に入って何か変わるのかと言われたら、それもまた微妙だ。目指す道がはっきりしていれば必要な技量や知識が得られる学校に進めばいい話だがそんな人間は多くないだろう。なんとなく通って、なんとなく卒業して。というやつも少なくないと思う。
「純也さんって、将来の夢とかあるんですか」
「今のところないな。夢を見る余裕もない」
「え?」
「つい最近まで自分自身と向き合うことすら出来てなかったんだ。今を生きるので精一杯だったから未来なんて全然考えてない」
「………。」
あ、ヤバい。と思った。
気まずそうに視線をあちこちへと向ける沢田に辛気臭い話を聞かせてしまったと後悔する。会ったばかりの、しかもまだ中学生の子ども相手になんつー話をしているんだ俺は。
「悪い。変な話した」
「あ…いや、俺こそ何も言えなくて」
「…でも、最近は先を考えることも増えたんだ。だから大丈夫」
「…ツラかったですか?」
「……!」
「…あ。いや、ごめんなさい! 俺何も知らないのにそんなこと…!」
「……ふは。お前変わってんな。お人好しって言われねえ?」
「え!? い、われ…た、かな」
ツラかった? とかまさか中学生に聞かれるとは思ってもいなくて驚かされた。
こいつ本当に中学生かと疑う。年の割には人の話を、気持ちを理解して寄り添おうとしている。
こいつの周り、きっと友だちが多いんだろうなと…なんとなく思った。
「……そ、そういえばリボーンの奴来ないですね! どこに行ったんだろ…話聞きたいって言ったのあいつなのに」
「俺ならここにいるぞ」
「え?」
「コッチよ!」
「フゲッ!!」
「……こわ。」
呼んでおきながら姿を見せなかった赤ん坊。声のした方を見た沢田の後頭部目がけて蹴りをかまし、それをモロに喰らった沢田はベッドから落下した。幼児の蹴りにしてはかなり痛そうな音がしたんだが…痛がっているわりには軽症だ。頑丈だなこいつ。
ストンと軽快な動きでテーブルの上に降り立った赤ん坊。スーツ姿が変に決まっていてちょっと引く。胸元には黄色い…なんだあれ、おしゃぶり?
「ちゃおっす。俺はリボーン。ツナのかてきょーしてるぞ」
「かてきょー?」
「家庭教師だ。ツナは俺の生徒だからな」
「…普通逆だろ」
「俺は最強のヒットマンだからな。ツナなんて一捻りで倒せるぞ」
「……はぁ」
とりあえずな反応はしておいた。ツッコみ所が多すぎて、つか何から気にしたらいいのかもう分からなくなってきたところでついさっきバステで赤ん坊になった奴と認識したことを思い出しなんとか混乱を避ける。
可愛らしい…多分可愛らしい見た目をして実力は桁外れのようだ。逆らわない方が吉だと本能が告げている。
「お前、名前はなんていうんだ?」
「桐条純也」
「ツナから大まかな話は聞いたぞ。この世界の人間じゃねえってな」
「俺の故郷も今住んでる場所もなかったからそう断定した」
「生徒手帳持ってるんだろ? ちょっと見せてみろ」
俺の手の半分にも満たない小さな手が差し出され、言われた通りポケットから生徒手帳を出して赤ん坊に渡した。パラパラとページをめくり、手帳に記載されている学校名や名前などを確認するとすぐに返してくれた。
……漢字読めるのかよ。スーパーベビーかこいつ。
「お前の故郷はどこだ?」
「辰巳ポートアイランド。海に面した人工島だ」
「…聞いたことねえな。別の世界から来たって話も嘘じゃなさそうだ」
「信じるのか? こんな信憑性もない話」
「この世界には別の軸の世界も存在してるんだ。それを知ってれば理解出来ないこともねえ」
「別の軸?」
「もしも、の世界だぞ。パラレルワールドって言えばわかるか?」
「ああ…なるほど。理解」
確か横に広がる無限の可能性の世界だったっけ。祖父江がそんなことをぼんやりと話していたな…ほとんど聞いていなかったけど。
今の状況で言うなら、この世界では俺と沢田は出会ったけどもしかしたら俺と沢田があそこで出会わなかった世界があったかもしれないという、その場の選択で未来が変わるようなものだ。
「んで、お前なんでこの世界に来たんだ?」
「俺が一番聞きたい疑問だぞ赤ん坊」
「それもそうか。んじゃこの世界に来る前に何があったんだ?」
「化け物に食われた」
「え!?」
「以上。」
「説明が雑ー!!」
「それ以外に表現方法がないんで」
これは事実だ。シャドウ。人の心から生まれた存在。とか説明して理解できるとは思えない。それが自称最強のヒットマンであろうが変わらない。なら化け物と説明するのが一番理解してもらえる。
「んじゃ死んだのか」
「死んでたら俺生きてないよなあ」
「謎だらけだな」
「同感だ」
「ま、悪いことさえしなけりゃ俺もお前をどうしようとは思わねえ。帰る方法が見つかるまで世話になっとけ」
「…お前が家主じゃないよな?」
「細かいことは気にすんな」
いや気にする。どんだけ我が物顔なんだよこの赤ん坊は。
「お前頭いいんだったらツナに勉強教えてやってくれ。コイツは勉強から運動からダメダメだからな」
「なっ、いいからそんなこと言わなくて!」
「世話になってるし…まあ、気が向いたらで」
会話が途切れたところで、下から沢田の母親がお菓子が出来たから降りてこいと声がかかる。お前も来い、と(なぜか)赤ん坊に言われて腰をあげる。
焼けたばかりであたたかいクッキーと飲み物を頂き、大きなテレビ画面を見ながら今後自分がどうすべきか考えた。
まずは、誰もいないのを見計らってテレビに手を突っ込むところからだな。
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