短編その2

□蒼騎士は笑わない
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沢田綱吉という男は、少し変だ。
ダメツナで有名な2年A組に所属。身長は小さくて運動神経最悪。勉強なんて目も当てられないほどひどい点数ばかりで生徒どころか教師からもバカにされているという惨めっぷり。

毎日毎日ダメツナと言われて、教師に指名されて答えられないと笑われて。何もないところで転ぶし宿題は忘れるし小型犬のチワワに追いかけられて半泣きになってるし、誰が見ても情けないと思えるような男だった。

おまけにビビりでケンカは大嫌い。なので当然痛いのも嫌だし厄介事に巻き込まれるなんてはた迷惑。とにかく平和に生きていきたい。何がなんでも普通を好む生き物。それが周りから見た沢田綱吉。

でも関わってみればその見方も少し変わる。何をやってもダメだと分かっているのにこの男は分かっていながら今まさに目の前で危機に面している子どもを助けようと必死だった。へっぴり腰で顔も真っ青。今すぐここから逃げ出したいと顔に出ているのに、自分よりも小さい子どもを守らなきゃという正義の心を裏切ることができなくて殴られて蹴られてお金を取られてボロボロなのに無理矢理笑顔を作って子どもの無事を確かめる。

自分の不注意でぶつかったのに小さな子ども相手にキレる不良は、まあ、偶然見かけた自分がシメておいた。見かけておきながら助けも呼ばずに見ていただけなんて最低な人間になりたくないし。ついでに沢田綱吉から奪った財布も奪い返してやった。半泣きで尻尾を巻いて逃げていった不良を鼻で笑ってやり、沢田綱吉の元へ戻ればトボトボと力なく家に帰るところだった。財布は家のポストに投げ入れておいた。次の日学校で山本武に財布が戻ってきたことを本当に嬉しそうに話していたのを見て、我ながらちょっとだけいいことをしたと思う。

弱くて非力。何をしてもダメで、チワワにすら勝てない奴。でも目の前で困っている人を放っておけないお人好し。自分にとびきり甘く、他人にも甘い。誰も気に留めないどこにでもいるヘタレな奴。

小学校、いや保育園の時から同じだったけど何も変わっていない。小さい頃から弱虫泣き虫意気地無し。特に仲の良い仲というわけでもなく本当に同じ保育園、小学校、中学校で、何故かずっと同じクラスだったというだけ。年に数回、チワワに襲われてるのを助けた程度なので向こうも多分認識は薄い。逆に私はなぜ年に数えられるほどチワワに襲われるのか、というのが印象的で認識はそれなりに濃いけど。

好きな女の子は笹川京子。その可愛らしさに惚れてもう年単位で片想い中。でもその年単位で一度も声をかけられないという逃げ腰っぷりに呆れる。

そんな恋にも臆病で、友だちもロクにいない沢田綱吉の交友関係に変化が訪れ始めたのは数ヵ月ほど前の話だった。

全裸で笹川京子に告白したり、全裸で持田先輩の頭髪全部抜いたり、イタリアからの帰国子女に慕われたり見たこともない牛柄の服を着た子どもと知り合いだったり、全く接点がなかったはずの三年の先輩からボクシング部にスカウトされていたり。

今までの沢田綱吉からは想像できないような出来事ばかりが起きていた。全裸なんて露出したら噂になりかねない姿で世間の場に出てきたり、明らかにあいつが嫌いな不良に慕われていたり、真逆な熱血男に目をつけられたりとどう考えても変だった。

沢田綱吉の人柄に惹かれた? いやいや、だったら小学生の頃から友だちたくさん、百人いたっておかしくない。あの最強不良の雲雀恭弥とも最近追いかけっこしてるみたいだし最近の沢田綱吉は絶対に変だしおかしい。

やたらと沢田綱吉に関して存じているな、と言われてもおかしくないほど何だか変な沢田綱吉に遭遇することが多い今日この頃。笹川京子や他校の女子まで巻き込んでの騒動が最近多いようだけど巻き込まれるという判断基準(判断したのは私だが)となるボーダーラインはなぜかギリギリ越えずにいられて、無事に平和な毎日を過ごせている。平和を望んでいるのに全く真逆な毎日を強いられている彼には申し訳ないんだけど呑気にチューブに入ったアイスを吸っている私はそのうち呪い殺されそうな気がしなくもない。

沢田綱吉、否、沢田くんのことを大雑把に説明したところで今度は私の話でもしようか。え? いらない? じゃあ割愛しておくことにしよう。バッサリと。

では最近の並盛中についてリポートでもしてみよう。えー見た感じいつもと変わらぬ平々凡々すぎてつまらない校内ですが実は最近ちょっとした事件が起きています。世間的には公になっていないが、無差別なのか何か法則が決まっているのか並盛中の生徒が襲われて歯を抜き取られるという珍事件が発生中。最初は中二病の痛い不良から始まり並盛一帯を支配する風紀委員会の人間に剣道部の持田先輩と、まあ力が強いような人ばかり狙われています。

そして今日はついに無敗のボクサー笹川了平先輩がボコられた挙げ句歯を五本抜かれて病院送りになり、並盛中全体に次は誰が狙われるのか分からないと不穏な空気が漂っています。たくさんの人が欠席したりお見舞いに行ったりで授業中の教室の席はすっからかん。お見舞いなら学校が終わってから行けばいいし恐くて学校を休むなんてうちの風紀委員長が許すわけもないのですが本人は首謀者をぶっころ…咬み殺しに行ったっきり帰ってこないしそのせいで残った風紀委員も狼狽えているため咎めるものは教師くらいしかいません。最強最恐風紀委員長と風紀委員以上に恐いものがないこの学校の生徒は教師の言葉に耳など貸さず己の身を案じる方を優先します。そりゃそうだ。

そう、かなり他人事のように話す私は臆することなく学校へ来ています。偉くない? あまりの人の少なさに自習してろと言い渡されてしまったけど。暇だー退屈だー。あまりにも危険だからって今日が半休になってよかったー。

そんなこんなで学校が終わり、通り魔に気を付けるようにという教師の言葉を右から左へ聞き流してさっさと下校をする。このあとはどうしようかな。家で大人しくしていることとか言われたしたまには家に帰ってごろ寝でもしようかな。

中学二年生って一番暇な時期だし、部活に打ち込むにも所属してないから熱血するものもない。あ、一応帰宅部には所属してるか。これ聞かれたら風紀委員長に殴られそうだから絶対言わないけど。去年の誕生日に買ってもらった音楽プレイヤーを再生して音楽でも聴こうとイヤホンを耳につけたとし、ずるずると変な音が聞こえて再生ボタンを押そうとした親指が触れるだけで止まった。

人が歩く音。こつこつ、出はなくずるずると、引きずるような音。音楽を聴いている風に見える今の私の格好なら、まあ怪しまれることもないだろうとたまたまを装って音楽プレイヤーから目を離し前を見たら顔面から血を流してる男がフラフラと危ない足取りですれ違うところだった。目が虚ろだった。ありゃきっと意識もーろーとしてて気力だけでどこかに帰ってる。

戻らなければいけないの一心で動いてるんだろう。ちょっと蹴ってやれば倒れそうなくらいフラフラな男に意地悪してやるような奴でもないから後ろ姿を少しの間見送って何事もなかったかのように歩き出す。が、恐らくあの男が歩いてきたらしい道には点々と血でついた汚れがついていて平和な町並みが明らかに異常になっていた。


『……ちょーやば。』


ちなみにこれが、今日初めての発言だったりする。そんなことどうでもいいか。経緯割愛。

割りと近くから救急車の音も聞こえるし、また犠牲者が出たのかもしれない。クワバラクワバラ、心にもないことを呟きやっと再生ボタンに添えた親指に力を込めた。




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