短編その2
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小さな瓶の中で揺れる、ピンク色のいかにも怪しいですというような液体を見せてきた湊さんに不可解な感情を抱いた。
「なにそれ」
「エリザベスが押し付けてきた媚薬」
「は?」
俺の耳がおかしくなったのだろうか。
聞くだけで身の毛がよだつ、嫌な単語が聞こえたような。それをまるでよく振ってからお飲みくださいと書いてあるペットボトルのように、左右に振って中身を混ぜるその行為すらおぞましく感じた。
「以前飲んでいただいた物より五倍ほど強い効力になるよう調合いたしました。…だって」
「色もエグければ効果もエグい…え? で、なんで俺にそれ見せるの?」
「貰ったから」
「…まさかそれ使ってヤる気?」
「んー…五倍だよね」
「………そうだね」
「じゃあ僕が飲もうかな」
「は? ………いや、俺が死ぬ…」
「まあ、なんとかなるよ」
なんとかなったら死ぬなんて言うものか。
しかもなに、「じゃあ」とか軽く言ってんの? この人本気で俺のことを殺す気じゃないだろうか。以前エリザベスに薬だと言って騙されて飲んだ媚薬のときすら、あまりの羞恥と痛みに探索を蹴ったというのに。
今度はその五倍? しかも湊さんが飲むの? 俺死ぬよ? 本当に、壊される自信ある。
俺の気持ちも知らずあっさりと瓶の蓋を開ける。匂いはしない。そう、エリザベスが作る媚薬は無臭だ。だから騙された。まんまと引っ掛かり、あいつの実験の餌食となったんだ。
鳥肌が立つほどには、トラウマを植え付けられた。
「……………え、ちょ…」
まさか、少しは抵抗くらい見せるだろうと様子をうかがっていたら瓶に口をつけ一気に仰いでしまった。
ゴクン、と飲み込んだ音まで聞こえる。
五倍の効力があって、しかも速効性のエリザベスの媚薬。
ああ、俺はこれから殺されるのか…と目の奥から込み上げてくる涙をグッと堪える。
このとき俺は忘れていた。
有里湊という男は、時々キチガイな行動を起こすことを。
飲み干したあとすぐに瓶が床に落ちる。カラン、とワックスで光る木板を滑る瓶を怨めしく思っていれば突然手が伸びてきて、頭をがっしりと掴まれ引き寄せられた。
「え、」
そのまま、がら空きだった口を塞がれる。
もう効き始めたのかと油断していたら、口になにかを流し込まれる感覚に驚き戸惑い、そして硬直する。
唾液なんかじゃない。それよりもずっとサラサラで、甘い味が口内に広がる。塞がれたままでは吐き出すこともできず、流し込まれた液体を飲み込んでしまった。
それでも離してもらえず、わずかに残っている媚薬もすべて飲み込むまで口を塞がれ続け甘ったるい味に眉を潜めた。
「っは…!」
「……ん。まずい」
のんきに味の感想を伝えてくる湊さんを睨み付ける。その顔はしてやったり、といったもので、だけど少し赤みを帯びていた。
「ふ…ざけんな、アンタが全部飲むって言ったのになんで俺に…!」
「本当はそのつもりだったけど…二人同時に飲んだらどうなるのか気になって」
「二次災害ッ…こんなところでキチガイ発揮すんなよ…!」
「平気だよ。丸一日に近い時間の休憩は与えられてるでしょ?」
「それは迷宮での疲れを取るための休みだろうが…ヤるための時間じゃない…」
「ふふ…ねえ、もういいよね」
「っ、」
「待ちきれないんだけど」
襟元を乱暴に掴まれたかと思えば触れればいつでもキスができるほどの距離まで縮めてきて、既に色欲の色に染まった瞳が細められる。
まるで本能のまま行為をしようとする、野獣のように。
「食いたければ食えばいい。…ただし、」
「ただし?」
「俺にも食わせて」
「っえ、」
すっかり油断をしていた湊さんの口にこっちから噛みついて、貪り尽くす。吸って、噛んで、舐めて。
確かに、媚薬は不味いけれど口内を探るのは何かそそるものがある。薬ですっかり感度が良くなっている湊さんの体は何度も小さく跳ねて、解放したときには腰が抜けて座り込みそうになるのを支えてやった。
顔を赤らめて、何が何だかわからない顔をしている。ひどく新鮮で、変に興奮した。
媚薬のせいだな、これ。
「っふ…」
「……あー、湊さん…すげえ顔してる。触っただけでも感じるとか、ダメだろ」
「そりゃ、ほとんど…飲んだ、し」
「五倍ってだけあるよ。少ししか飲んでないのに、理性吹っ飛びそう」
「………ッ」
「飲んじゃったもんは仕方がないから腹くくるよ。…俺のこと、食うんだろ?」
「…変なところで男前だよね」
「アンタの下じゃ形無しだよ」
「……女みたいだもんね」
最後の一言だけ余計だ。
腰が抜けたのもつかの間で、すぐにリードを持っていかれて壁に押し付けられる。薄く開いた唇からこぼれる吐息はすでに熱を帯びていた。
声を食われ、手が体を撫で回す。
野獣のような鋭い目に射抜かれ、これから与えられるであろう、受け止めきれないほどの愛に身震いをした。
20180711