短編

□take your heart
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今宵、貴方の心を頂きます。

そんな内容が書かれた手紙に首を傾げた。

これは家のポストに投函されていたもので、手紙というよりはハガキといったほうが正しいだろうか。裏表をよく見てみると、文章が書かれた面とは逆の面に差出人と思われる人物の名前が書かれていてさらに首をかしげる。


「…怪盗ジョーカー?」


聞いたこともない名前だ。テレビでもそんなの聞き覚えがないし、誰かのイタズラだろうか。そうは思うが作りがかなり本格的だ。安っぽいハガキでは無く、それなりに値が張るものに書かれた予告状のようなものを手に部屋に向かう。

ポストに入っていたのはこれ一枚で、しかも内容は今宵、の文から始まっている。つまりこれは今夜ということだろうか。

思わず窓から見える外を見上げた。見えるのは真っ黒い空と、無数に輝く星たちとその中心に浮かぶ満月だ。


「…あちゃー」


ポロッとそんな言葉をこぼす。どうやら俺は、ポストを見る時間を間違えてしまったようだ。ついさっきまで出かけていたものだから、見る時間が夜になってしまったことをなぜか申し訳なくなってしまった。

そうは思っても、どうせ俺宛ではなく間違えて投函したのだろう、と勝手に結論づけた。俺の家のポストに間違えて投函してしまうなんて、可哀想なやつ。もしそうじゃなかったとしても新手のイタズラ。

その程度に考えて手紙をデスクに置いて寝る準備を始めようとしたその時、部屋の中に風が吹き込んできて動きを止めた。窓が開いていて、そこから風が入ってきたならなんとも思わなかっただろう。だけど、俺はこの部屋に戻ってきてから窓を開けていない。近くに寄った覚えもない。昼間出かける前にはきちんと戸締りをして、鍵がかかっていることも確認したのだ。

なら、どうして風が。


「随分と無防備だ」


俺じゃない、誰かの声が窓から聞こえて振り返る。
鍵を閉めていたはずの窓が大きく開き、黒いコートをなびかせているその正体は仮面をしているせいで分からなかった。だけどなんとなく察した。こいつは。


「…ノックも無しか」

「ふふ、」

「間違いじゃないのかよこれ…」

「間違いなく、私が貴方の家のポストに入れたものだ。お気に召していただけたかな?」

「お気に召したもなにも、これを見たのはついさっきなんだけどな…」

「そうか。目を通していただけたなら、分かっているな」

「は?」


視界が回る。気づいたときには天井が見えて、下には少し固いベッドにかけたシーツの感触がして自分が押し倒されたのだと理解した。何を思ってこんなことをしたのか、訳もわからず人のことを組み敷く男をじっと見つめた。


「なんのつもりだ、ジョーカー」

「おや、私の名前を覚えてくれたのか」

「カードに書いてあった。あまり聞かない名前だからたまたまだ。随分と悪趣味な名前だな」

「ジョーカーはこの姿のときだけだ」

「へぇ?」


つまり本名は別にあると、自ら自白したようなものだ。だけどそんなことは些細なことだとでも言うかのように、ジョーカーは身動きを取ったら触れてしまいそうなところまで距離を縮めてきて、仮面から見えるその目に吸い込まれそうになった。


「…俺の心を奪うとか言ってたな。つまりそういうことか」

「その通り。予告通り、貴方の心を頂戴しに来た」

「…はっ」

「なぜ笑う?」

「いや…別に? 俺の心を奪うのは骨が折れる…と言っておくべきかなと思って」


そう言ってジョーカーの頭に手を回し、その生意気な口を塞いでやれば体が強張った。まさかこんなことされるなんて思っていなかったんだろう。怪盗らしからぬ初々しい反応に満足して離れると、真っ赤に染まった耳が見えて笑ってしまう。


「…ジョーカーの名前、覚えておこう」

「な…」


右手で抜き取ったスマホに入っていた彼の本名らしき名前を表示させヒラヒラと見せつければ慌てた様子を見せる。奪い返そうと手を伸ばしたジョーカーの手は、俺の手に触れる前に間に入ってきた足によって塞がれてしまう。

風を切る音が聞こえるほどの、鋭い回し蹴りが勢いよく椅子を蹴り飛ばした。それを避けたジョーカーは、窓枠に着地して舌打ちをひとつ。

そして間に入るように、人影がひとつ立ちはだかった。愛しい背中に、目を細める。


「あぁ、あと俺、一人暮らしじゃないから」

「ッ…!」

「俺の心を奪いたいなら、この人に勝って見せろよジョーカー」

「…なるほど。面白い…!」


受けて立つと。ジョーカーは不適に笑った。再び外から風が吹き込み、黒いコートが揺れる。


「…次の満月の夜。再びお会いすることにしよう」

「二度と来るな」

「貴方に言われる筋合いはない」

「あ、これは返す」

「……確かに受け取った。では、また」


奪ったスマホを投げて返し、それを受けとるとジョーカーは軽快に窓枠を蹴って夜の世界へと消えていった。静寂が訪れ、ジョーカーが完全にいなくなったのを感じて窓の外を睨み付けるその人の腰に抱きついた。


「ありがとう、湊さん」

「…誰、あれ」

「怪盗ジョーカーだって」

「怪盗…? まぁ、そんなのどうでもいい。でも純也を狙ってきたのは気に食わないな」

「守ってくれるでしょう? 貴方なら、きっと」

「当然」


ぐっと引き寄せられたと思えば、さっきジョーカーに重ねた口を塞がれる。貪るように、まるでさっきの口づけを揉み消すかのように何度も角度を変えて息を奪われる。


「っは…」

「怪盗だろうが、君は渡さない。純也は僕のものなんだから。…わかってるよね?」

「…もちろん」


離れることは許さない。そんなことを言われているような気がして、溢れるほど注がれる愛に身震いをした。







(世界VS怪盗)
 

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