短編
□日常のとあるメモリー
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テレビで流れるバラエティーを見ていながら笑い声ひとつ聞こえないこの部屋は端から見れば不気味だろう。
ストーブの上に乗せたヤカンはもうすぐお湯が沸きそうなのかガタガタと揺れ始めている。眠くなるほどに心地いい温度の部屋に設置されたこたつがさらに眠気を誘ってくる。
既に食べ終えて空っぽになったみかんの皮はいくつあるだろう。見たままで数えてみれば、三つほどあるだろうか。かごに入ったものすべてが無くなりそうだ。「あー」と下から聞こえてきたおねだりの声に、手に持っていた最後の一房を突っ込む。餌付けのような光景。最近ではごくごく当たり前になってきた。
こたつに入って暖を取る俺の足の間には、半纏まで着て寛いでいる湊さんがいた。普通は逆なんじゃないか、と思うが今さらだろう。細かいことは気にしないことにして、最後のみかんを手に取り親指を皮に突き刺しわこわこと剥いていく。
「テレビ面白い?」
「まぁまぁ」
「ふーん」
「みかんは?」
「欲しい」
「はい」
ぺりぺりと小さく分解したみかんを大きく開かれた口に放り込む。自分の口にも入れて、咀嚼をしながら近くに置いておいた酒が入ったコップを煽った。
「あ、ずるい」
「湊さんは日本酒でしょ? チューハイじゃ物足りないよ」
「持ってきて」
「やだめんどくせえ」
「じゃあチューハイでいいからちょうだい」
「一気はダメだからな」
「分かってるよ…」
どの口が言うんだか。さっきまで日本酒をごくごくと美味しそうに飲んでいたくせして、まだ飲み足りないというのか。真っ赤な顔でおねだりしてくる湊さんに勝てるわけもなくチューハイを与える。
「はぁー重い。湊さん、重いよ」
「我慢してよ」
「火傷しない?」
「しないよ。消してあるし、カーペットだし」
「風邪引くなよ」
「その時は看病してくれるでしょ?」
「どうだかねぇ」
だんだんと落ちていく身体を引きずり上げて、元の体勢に戻す。これが結構しんどい。酒に飲まれて脱力している湊さんの体はひどく重い。横に落としてやりたい気分だ。
「…あ。爪黄色くなった」
「みかん?」
「剥いてたからな」
「そう」
思っていたよりは面白いバラエティーに目を移す。次から次へと人が映るが、それが誰なのか紹介を見逃してしまったお陰で誰一人わからない。大物くらいは、わかるけれど。
「純也ー…」
「なんですかー」
「眠い…」
「寝るなら部屋に行って」
「ここで寝る…」
「風邪引くから」
「ここがいい…」
人の言葉を無視してすやすやと夢の世界へ旅立つ寸前の湊さんをなんとか起こそうとするが、そう簡単にうまくいかない。聞こえてきた静かな寝息にため息しか出なくて、あっという間に夢の世界へと旅立ってしまった湊さんの髪に指を通した。
「まったく…気、緩みすぎじゃねえの」
それでも起こしはしない。安らかな寝顔を起こすのはもったいないと、そのまま寝かせることにした。自分が寝るときに部屋に連れて行けばいいだろう。まだまだ残っているみかんを食べて、チューハイと一緒に流し込む。
「っぐ…」
突然腹を襲った締め付けられるような感覚に変な声が出る。人のことを抱き枕と勘違いしているのか、見た目に反して力の強い腕が腰に巻き付いていた。離そうとしてもびくともしない。雷でも落としてやろ…ダメだ。耐性あるんだった。自分がダメージを受けるだけなので諦める。
「湊さん離して」
「んん〜」
「はぁ…そんなに強く抱きつかなくても、どこにも行かないから」
聞こえているのか、いないのかは分からないが若干力が弱まったような気がした。
「…おやすみなさい、湊さん」
やわらかな蒼い髪にキスを落とす。
そうすれば腕の力は完全に抜けて、床にポトリと落ちた。戻すことなくそのまま放置して、テレビへと視線を戻す。
どうしよう、トイレ行きてえ。
完全に動けない状況をどうやって打破しようか。下らないことを、考えた。
(冬のこたつは眠気を誘う)
湊の装備ペルソナ : オルフェウス改