短編その2

□白に融ける
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巌戸台では例年あまり雪が降らない。降っても滅多に積もることはないし次の日に太陽が顔を見せれば雪は儚く溶けていく。残るのは土と泥で混ざり汚くなった固まりや水だけ。

だけど今年は何が起きたのか、雪が積もった。それもかなりの量が降ったおかげで公共機関に影響が出るほどのもの。ニュースでも何年ぶりの大雪だとか騒いでいてテレビ画面は雪景色でいっぱいだった。


「雪は嫌い?」

「……その質問に疑問を感じますが」

「どうして?」

「好き? ではなく最初に嫌いって聞くから」

「雪が降ったら、なんか不機嫌そうなんだもん」

「…特に不機嫌なつもりもなかったけど」


そんなに不機嫌な顔をしていたのだろうか。とりあえず眉間に手をやってみたが特に皺が寄っている感じもない。雰囲気…かな。雪に対して好きも嫌いも感じたことはない。大人はほとんどの人が口を揃えて嫌だと言うけれどそれは路面が滑るから危ないとか電車が動かないとかそういうことばかりで、なんだか不思議だった。

雪は悪くないのにね。だた降っただけで。


「湊さんは雪をどう思うの」

「…白いなあって」

「……そりゃあ白いからね」

「雪の日はいつも家の中にいたんだ。窓からずっと眺めてた」

「外で遊ばなかったの? 雪合戦とか、雪だるまとか」

「したことないよ。寒いし、冷たいし…それは一人では出来ないことばっかだし」

「雪だるま程度なら一人でも作れる。ただ虚しいけど」

「作ったことあるんだ?」

「暇つぶしに作った程度。結局踏み潰したけどね」

「なんで?」

「あまりにも不格好で、恥ずかしくなって。子どもじみたことするような子どもでもなかったし…人に見せるようなものじゃないから」

「……。」

「想像するのはやめてください。そしてニヤけるんじゃない恐い」

「失礼だなあ」


クスクスと口元を緩めて笑う。その整いすぎた顔面にマグカップでも投げてやろうかと一瞬思ったがどうせ避けられるのは目に見えてるからやめておく。まだ中には飲みかけのココアが残っているしもったいない。その上汚したら自分で後始末をしなければいけないのだ。めんどくさい。

今も窓の外では雪が降り続けている。この分だとモノレールは動かないだろうし学校には徒歩で行くはめになるのだろうか。授業が始まる時間も少し遅れるかもしれない。
雪は不便だ。不安ばかりを世間にもたらす。
なんて、人のこと言えないじゃないか、と心の中で自分を笑った。


「ねえ、せっかくだし外行こうよ」

「行ってらっしゃい」

「冷たい。雪のようだ」

「…要は雪遊びがしたいんだろ。高校生にもなって思うことかよ」

「まだ遊び盛りの時期」

「受験生でしょうが」

「今季逃したら遊ぶどころじゃないし。ね、いいでしょ」


腰に抱き着いてきてまるで駄々をこねる子どものようだった。引きはがそうとしても力は湊さんのほうが圧倒的に強い。だが外は寒いし着替えるのが何よりめんどくさいのだ。だけどどれだけ行かないと言っても湊さんは引く気配がない。

こうなるといつも先に折れるのは俺の方なんだけど。


「…少しだけね」

「…! 着替えてくる」

「中途半端だけはやめろよ」

「分かってる」


嘘つけマフラーか手袋辺りを忘れるくせに。軽い足取りで部屋を出ていく湊さんの後姿を見届けて重い腰を上げる。雪遊びなんて俺自身久々すぎて最後にやったのがいつかなんて覚えていない。

雪玉を投げても返ってくることはないし雪だるまを作っても顔も無ければ帽子に見立てたバケツだって乗せられない。いつからだったか雪の日は外に出ることも無くなったな。


「……いろいろ足りねえ」

「え?」

「え? じゃないマフラーと手袋忘れてる。コート着てても首元冷えるしいつものブーツとか雪なめすぎだろアンタ」

「…ダメ?」

「また風邪引いてベッドと仲良くしたいなら別にいいよ。俺は看病してやんないけど」

「……やだ」

「だったら防寒はちゃんとする」

「…分かってたじゃん」

「何かしら忘れることは分かってたよ。カイロ持ってて」

「ん。」


見てるこっちが寒くなるような服装で出てきたので、自分のとは別に持ってきていたマフラーを首に巻く。身長は湊さんのほうが若干高いせいで腕が疲れる…それを見かねたのか、急に膝を曲げて高かった身長が低くなった。巻き途中のマフラーを手にしたまま少し驚いていると早くしてと急かされる。

もう、自分で巻け。


「中腰はつらいね」

「自分でなったんだろ」

「ひどいな。巻きやすいようにしゃがんであげたのに」

「頼んだ覚えはないっ」

「ぐえ」


ぎゅっと強めに縛ったら何とも言えない声を上げた。ちょっとした腹いせだ。
いつも上から見下ろされているせいで、下から見上げてくる目を見ることはない。不覚にも顔が熱くなった。

ずるい。ずるいよ。そんな優しい目、俺に向けないでくれよ。恥ずかしくてたまらなくなるから。


「絞め殺されるかと思った」

「俺の腕力じゃ締められない」

「だろうね」

「それに…」

「?」

「…何でもない。早く行こうよ」

「気になる。教えて?」

「教えない」

「純也」

「……絶対教えねえ!」

「えー…」


不満そうな湊さんを置いて階段を下りる。
言ったら調子に乗るから言ってあげない。それにらしくない。

寮の扉を引いて開ける。思っていたよりも雪は積もっていて、外は真っ白に染まっていた。



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