短編その2

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ベッドの上でするのもいいけど、床でやるのも楽しそうだよね。

おぞましい言葉が聞こえてきてちょっと耳を疑った。あまりにも突然で、しかも内容がアレだったので飲んでいたオレンジジュースが気道に入って噎せてそっと距離を置いた。気づいた湊さんは首を傾げ、見た目とは裏腹に強い力で引きずり戻された。

再び離れようとしたら、ガッチリ後ろから抱き抱えられてしまって動けなくなる。力の差が腹立たしい。


「…なんで離れるの?」

「……不穏なことを呟くから」

「え?」

「床って、」

「……あ。…ごめん、口に出た」

「思うだけにして」

「そのつもりだったんだけど、油断した」

「……床やだ、痛いし堅い」

「カーペット敷けば多少は痛みも緩和されるかと」

「誰がそれ洗うんだよ…」

「僕が洗えばいいよね」

「そういう問題じゃ…服に手を入れるな」

「気分が乗った」

「俺は乗ってません」


ズボンにインしていた服の裾を出して隙間から少し冷えた手が侵入してくる。ほぼ毎日武器を握っているせいで出来た手のひらのマメが掠れてくすぐったい。無視してジュースを飲むが、湊さんは臆することなく撫で回してくる。


「ねぇ。」


ぬるっと生温かい舌が首筋を這う。甘えるような、だけど色気を纏った声が俺の心を誘導していく。惑わされないよう冷静を保つためにテーブルを爪先で引っ掻くけれど意味を成さず、だんだんと体は熱を帯びていく。


「純也」

「ッ…」

「構ってよ」

「いつも人のことほったらかしにしてんのは、そっちでしょうが…ッ…」

「うん。知ってる」

「構えは、俺のセリフでしょ…」

「…そうだね。構い倒してあげなきゃ」


ぐ、と押し当てられた熱にさらに体が火照る。猫の機嫌を取るかのように喉元を撫でられて、その間も首を噛んだり舐めたりしてくる。
変な感じだった。いつもはお互いに向き合って触れていたから。今日は後ろから、見えないところから愛撫をされている。

次に何をされるのか分からないことに、恐怖と興奮を覚えた。


「は、ぁ…」

「純也」

「ぅ、」


愛でるように撫でられ、胸をいじられ、体をまさぐる手は下に降りていってズボンのボタンを外しファスナーに手がかかる。この先が嫌だった。羞恥に耐える俺を見るのが好きらしく、焦らすようにゆっくり下ろしていくのだ。ぷつ、と音がするたび手を止める。
さっさと脱がしてほしい。手を伸ばし自らファスナーに手を掛けようとすると空いたもう片方の手に拐われて指先から舐められる。


「息、上がってきた」

「、言わなくていい」

「期待してる?」

「………して、ない」

「純也、こっち見て」

「やだ」

「ね。お願いだから」

「っ〜それ、ずるい!」

「え? どれ?」

「あ、う」


痛みが走るくらい強く首もとに噛みつかれて、吸われて、舐められる。今のやり取りの間にファスナーは全部下ろされていて、指先が軽く下着を押し上げるソレを撫でるだけで体は嫌でも反応をしてしまって湊さんは満足そうに笑う。

一度離れていった体温に寂しさを覚えると同時に床に押し倒された。頭がぶつからないよう、後頭部に手を添えて。
強引なくせにそういう気遣いは忘れない。そんな余裕たっぷりなところが苦手で、だけど嬉しかったりした。夢中になりすぎると忘れるけど。

触れるだけの、軽いキス。次は噛みつくような乱暴なキスをされて、口内まで貪られる。邪魔だというように眼帯を外されて視界が広くなったけど勝手に出てきた涙が邪魔をして結局何も見えない。前髪を掻き上げられ、愛でるような手つきに胸が締め付けられて求めるように湊さんの首にしがみついた。

酸欠になる寸前で解放される頃には呼吸が乱れていて、高まった熱は冷める兆しもなく、むしろじわじわと上がっているように思える。


「は……あつい、ね」

「ん……」

「乗り気になった?」

「ッ、」

「顔真っ赤」

「っるさい…な、もう、」

「もう、なに? まだ始まったばっかだよ」

「ぁ、」


小刻みに震えてる足に触れられるだけで声が漏れる。伸びた爪先が下腹部を突っついて下へ下へと降りていく。
ぞわぞわと背中に走る嫌な感じ。それすらも熱に変換されて、身震いが止まらない。

その反応を楽しんでいるのか、小さく笑う声が聞こえる。期待に、下着で押さえられているソコが痛くなるような錯覚すら覚えて意味もなく床を引っ掻いた。


「……ベッドも床も変わらないね」

「ん、ふ…」

「床、蹴っちゃダメだよ?」

「っ、はっ…」


絶対に無理。結局いつもと変わらない。変わるのは、背中に当たる硬さくらい。
面白くもなんともない。だけど今さらやめられるほど理性は残ってないし体は、心はもう湊さんを求めてる。

うっすらと笑みを浮かべた、熱のこもった目を見てしまったらもう逃げられない。


「……気絶、しないでね」

「みな、」

「僕だけを見て。僕だけを愛して」

「っふ……」

「純也」


そんな泣きそうな声で囁かないで。
行為をするとき、いつも伝えられるその言葉。不安に満ちたその声に、自分はまだ伝えきれていないのだと実感させられる。

湊さんだけだよ。想いを寄せるのも、こうやって寄り添うのも、醜いところを見せられるのも全部。

全部、この人にだけ。


「俺の全部、染めて、いいから」

「っ、」

「湊さんも、俺で、」


染まって。言葉は、息ごと飲み込まれた。




(貪欲)

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