短編その2

□桜色
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彼と付き合い始めて、一緒に出掛ける回数を重ねて隣を歩くのも慣れてきたけど出掛ける前はいつも同じことを繰り返す。


「こ、これで大丈夫だと思う?」

「ええ、大丈夫。可愛いわよ」

「変なところないかな!」

「もう、雪ちゃんてば心配性なんだから」

「だ、だって!」


ピンポーン


「あ!」

「ああほら、お迎えが来たわよ。早く行ってあげなさいな」

「ちょ、ちょっと待って心の準備が…」

「雪ちゃんカバン忘れてるわよ」

「あっ、」

「ふふふ」


いつも服を選ぶのに時間がかかって、直前でどこか変なところがないか見てもらってるうちに呼び出しの音が鳴ってしまう。いつもいつも、大丈夫だから自信を持ってと言われるけど不安は残ってしまう。
慌てふためく私を楽しそうに見送る笑顔を振り返ることなく小走りする。用意しておいた新しい、桜色のパンプスを履いて裏口の玄関のドアを開けると暇そうに携帯をいじる純也くんがいた。


「おはよう」

「お、おはよう。ごめんね、待たせちゃったかな…」

「鳴らしてから五分も経ってないけど」

「あ、そ、そうだよね…」

「…桜」

「え?」

「桜色のそれ。きれいだな」

「あ…ありがとう」


携帯をポケットにしまってすぐ、純也くんは挨拶を交わすと視線を下に落としていた。指を差している先を見れば卸したばかりのパンプスがあってちょっと恥ずかしくなる。
純也は、少しの変化にもすぐ気づく。髪を巻いてみたり、編み込んでみたりして分かりにくい変化もすぐに見つけてそのたびに褒めてくれる。それがとても嬉しくて、出掛けるたびにちょっとしたお洒落をすることが多くなった。

今日は新しいパンプスを履いて、髪も巻いた。学校に行くときは巻くなんてことしないから、まだまだ不慣れだ。


「この前ね、千枝と出掛けたときに見つけたの。一目惚れしちゃって」

「そうなのか」

「色がとっても綺麗だったから…気づいたら手に持ってた」

「よほど気に入ったんだな」

「うん。もうすぐ春で桜も満開になるし、季節的にもいいかなって」

「似合ってる」

「っ…」

「さーてと。行こうか」

「あ、う、うん」


そんな、さらっと言われて顔がまた熱くなる。
純也くんって絶対にタラシだと思うの。女の子と付き合ったことないって言ってるけど扱いはとても上手。時々ズレてるけれど。

掴まれた手も熱くて、汗をかいてしまいそう。どうしよう、手汗かいてるなんてバレたら恥ずかしさで死んじゃう。意識しすぎなんて思われたくないし…! でも、 繋いでいたくて結局そのままバス停まで歩いていった。

今日は少し遠くの映画館まで行く予定だった。沖奈ではやってない映画だから電車に揺られる時間が少し長い。
バスに乗って、駅前で降りて一時間に一本しか来ない電車に乗り込む。人は少なく乗ったのはほんの数人だけだった。

ほんの少しの隙間を空けて、隣に座るのもやっと慣れてきたばかり。純也くんは空いていると基本席のはしっこに座らせてくれる。人が多いときは隣が女の人になるように。一人しか座れないときは目の前に立ってくれる。

守られてるんだ、って思えるくらいに純也くんはさりげなくそういうことを気にかけてくれていた。人が多い電車では犯罪も少なくないというからそれもあるんだと思う。

隣に座ると香ってくる、少し甘い匂いにドキドキする。自分は大丈夫かな、なんて思うこともためにある。
自分よりも高い位置にある肩に、男の子なんだなって感じた。


「今日のお昼、何か食べたいのある?」

「特に希望はないけど」

「私、お肉はちょっと…」

「…行き先の近くに女性向けのカフェがあった。そこ入ってみる?」

「え? う、うん…でもいいの? 女性向けって女の子ばっかりだと思うけど…」

「天城がいるし大丈夫だろ。男一人じゃ絶対に行かないけどな」

「ちょっと勇気いるよね…」

「瀬多辺りは普通に入りそうだけどな」

「あー…確かに、瀬多くんならどこにでも一人で行けそう」

「度胸あるからな」

「スゴいよね…私も見習わなくちゃ」

「変な方向に見習うなよ?」

「だ、大丈夫。…純也くんって、嫌いな食べ物とかある?」

「嫌いな食べ物…多すぎて分からない」

「そうなの? なんでも食べられそうなイメージあるけど」

「食べられるものしか食べないからな。元々少食だし」

「カフェって結構変わったメニュー多いけど大丈夫?」

「無難なメニューあったから大丈夫」

「そっか。それならいいんだけど」


窓の外の景色は、見慣れた風景から徐々に変わっていって建物が多くなっていく。大きな駅になると同じ建物の中にお店とかデパートがたくさんあって、看板も増えていく。

修学旅行以外で町の外に出たことがない私は、車窓から見える景色に夢中だった。


《次は**、**です》

「着いた」

「うん」

「……いや、着いたよ」

「えっ? あ、ご、ごめん」


駅に着いたって言われて、上の空で返事したのがバレバレだった。慌てて立って電車から降りる。初めて降りる駅のホームはとても大きくてきょろきょろと辺りを見回してしまった。
天井には電工掲示板があって次に来る電車の時刻が表示されていて、アナウンスが電車の情報を知らせている。たくさんの人が行き交う中を純也くんは迷うことなく進み始めて、私は手を引かれるまま着いていった。

大きな手。さりげない優しさに少しずつ、確実に好きの感情が大きくなっていく。

人の声ばかりでざわつく駅構内でも、心臓の音がとてもうるさかった。




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