短編その2

□桜色
2ページ/2ページ


二時間くらいの上映時間がある映画を見終わったのはお昼を食べるのにちょうどいい時間帯だった。映画館から出てくる人波に巻き込まれそうになって、純也くんとはぐれてしまいそうだと不安になったらグッと強い力で引っ張られる。

何かと思ったら人混みから解放されて、純也くんが目の前にいた。


「あ、ありがとう……」

「ここ、沖奈より全然人が多いから気を付けて」

「すごいよね……人酔いしそう」

「このレベルで人酔いしたら遊園地とか無理だろ」

「え、あっ、例えだよっ?」

「分かってるけど」

「……そ、そろそろご飯食べに行こっか」

「うん、腹減った」


電車の中で話していたカフェは、ちょっと分かりづらい場所にあるみたいで純也くんに先導されながら道を歩いていく。

稲葉ののどかな雰囲気とは全然違って、たくさんの人が行き来してる。道は絶えず人が歩いていて、建物は大きくて畑も田んぼも全然見当たらない。
新鮮な光景ばかりだけど、どこかぎゅうぎゅう詰めにされているような窮屈さを感じた。なんだか歩いてるこっちも早足になっちゃいそうなくらい、みんな忙しそう。たまにすれ違う人とぶつかりそうになる。

純也くんは慣れた足取りで人と人の間を通っていた。中学校までは都会とまでは言わないけど近いような場所に住んでたみたいだし、人混みもへっちゃらって顔してる。
あ、でも窮屈な場所は少し苦手みたい。お祭りの時とかちょっと不機嫌な顔してたし。

見えてきた目的地のカフェは思ってたより可愛らしい外観で、彼はちょっと躊躇いを感じているみたいだった。無理して入らなくてもいいよって言ったら、入るって唇を尖らせて。垣間見る幼さに、また胸がときめいた。



***


楽しい時間ってどうして過ぎるのが早いんだろう。
カフェのご飯はとても美味しくて、食後のデザートも初めて見る盛り付けに輝いて見えた。それを向かい側の席にいた純也は和やかな表情で、デザートを撮ったあとどさくさ紛れに撮ろうとしたら阻止されてしまった。

時計の針が進んでるんじゃないかってくらい、あっという間に帰る時間。外は日が傾き始めてて、街を歩く人はやっぱりどこか忙しそうだ。
稲場市方面の電車の切符を買って、改札口を通る。ホームにはそれなり人がいて、同じ電車に乗るんだろうけどきっと終点につく前にほとんどいなくなっちゃうんだろうな。

前の駅から走ってきた電車が到着すると、中からたくさんの人が降りてくる。少し待ってから乗り込むと席はほとんど埋まっていた。ドア付近の手すりに誘導されて、純也くんは少し不安定なつり革を掴む。

電車が発車すると大きく揺れて、油断していた私の体はバランスを崩しそうになったけど分かっていたのか純也くんの腕が支えてくれたから踏ん張れた。


「ご、ごめんね」

「何となく分かってた」

「……ありがとう」

「久々に都会に来ると、疲れるな」

「すごい人だったね」

「避けて歩くのが面倒」

「前に住んでたところはそんなに人多くなかった?」

「んー……多いとも少ないとも言えず、かな。稲葉市みたいに極端な田舎というわけでもないし発展的というわけでもない。まあ、それなりに?」

「そうなんだ……」

「自然じゃあそこには勝てないけどな」

「ふふ、そうだね。ド田舎だもんね」

「ド田舎って。否定しないけど」

「……そのうちでいいから純也くんが前に住んでたところ行ってみたいな」

「え?」

「あ、ごめんね。嫌ならいいの。ただ行ってみたいと思っただけだから」

「……別に構わないけど、楽しいとこなんてないよ。橋から見える海は綺麗だと思うけどそれ以外の見所は…ある…?」

「私に聞かれても……ちょっとわからないかな」


必死に頭を捻って見所を思い出そうとしているその姿が、なんだか面白い。
自分がずっと住んでる場所のいいところって意外とわからないものだよね。そこにある景色とか、人とか、慣れてると当たり前って思うけど外の人から見たら新鮮だったり、不思議だったりするのかも。


「まあ、機会があれば連れていってあげます」

「うん。楽しみにしてるね」


またひとつ、楽しみが増えちゃった。
電車に揺られながら話すのも、遠出をするときの楽しみ。こうやって座れず立ってると、電車の揺れを理由にちょっとだけ近づけちゃうし座れたら隣にいるし。


「……俺の顔に何かついてる?」

「ううん、何も」


好きだなって思ってたの。なんて、恥ずかしくて言えないけど。
空いた席に座って、こっそり握られた手に熱が上がっていく。胸が、心臓がうるさい。

隣に座る彼を盗み見ると、目が合った。そっと笑みを浮かべてしまったら今度は顔まで熱くなる。

ああ、大好きだなって実感して乙女心満載な自分に恥ずかしくなって、でも恋ってそんなものだと強く強く、大きな手を握り返した。






(女の子の恋)


















大分。遅く、なりまして。
申し訳ございませんでした。雪子を相手におデートさせていただきましたが、甘くなりましたでしょうか。雪子がだいぶ夢主にゾッコンになっちゃってるんですけど。でもそんな雪子が好き。女の子相手だとさりげない気遣いが上手な夢主くんです。男相手だとそんなのすっぽり消えてしまいますが。
久々の雪子お相手のお話は楽しかったけど、女の子の心って難しい。男の子の心も難しいのですが!
改めましてリクエストありがとうございました。さいさまのお気に召しますように。
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ