短編その2

□calma
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中学生の頃から想いを寄せている相手がいる。それに気づいたのはつい最近の話で、正直自分ですら信じられないことだったけどどう頑張っても誤魔化せない感情だった。一度気づいてしまえばもう知らなかったころには戻れない。ただただ、姿を目で追いかけるだけの生活を送っていた。

その人のどこがいいの、と聞かれたら多分すぐに答えることはできない。常にやる気なさそうな顔をしているけどどこか人の心を虜にする魅力があって、女によくモテる。だけど断るということを知らないのかそれともどうでもいいのか、一度に何人もの女性と付き合っていたことがあるという話を聞いたことがある。本人曰くいつの間にか関係を持つようになっていたと。人間として最低だと先輩は吐き捨てていた。

ただ、基本的に無頓着なだけであってやろうと思えばしっかりとやる人だ。とある部活動で一緒になったとき、その人がリーダーを務めたのだけど正直驚いた。指示は的確だし動きも機敏だし、普段とは全く違う姿に夢中だった。そこに惹かれたのかと問われたら、noと答える。多分それじゃない。


「そんな物思いに耽るなら売り上げ貢献してくれてもいいんだぞ」

「……サービスで」

「俺はバイトだから無理」


暇なのか、バイト中だというのに向かい側の椅子に座る瀬多を適当にあしらう。人の少ない時間帯だからやることもないのだろう。頼んでから一時間、まだ半分しか飲んでいないカフェオレはすでに冷たくなっている。
腹を満たしてくれたドリアの空いた皿くらい下げてもいいと思うのだけど。

通っている大学の近くにあるこの店は、表通りにあるわけではなく一本裏道にある、いわば隠れた名店のようなものだった。だけど知っている人間はあまりいない。来る客のほとんどは何度か見ているので常連がほとんどなんだろう。

そんな店でバイトとして雇われているのが高校大学が同じである瀬多だった。付き合いはそこそこ長く、ちょくちょく声をかけたり連絡をくれたりする物好きなやつ。別の大学に通う花村とは大の仲良しで毎日のようにメールしているらしい。女子かお前らは。

雰囲気はいいのに、瀬多がいるせいでゆっくりできない。気づけば頭はあの人のことばかり考えていて、憂鬱になる。それを知っているかのように、打ち切るように声をかけてくるのがこいつ。


「で、意中の相手とはどうなんだ?」

「黙れ」

「ひどいな。俺は心配してるんだぞ」

「余計なお世話だ」

「何年経つんだろうな。お前の片想い」

「…数えたくもない」


瀬多は俺の気持ちを知っている。無意識に目で追いかけていたのを見つけたらしく、目線の先を辿ればその人がいたから気づいた。
以来、こうして進捗を聞いてくるが毎度答えは同じだ。何も変わらない。
変わったのは、距離だろうか。高校は俺が諸事情で田舎の方へ通い離れてしまったわけだが大学で再会したあと、中学のときよりもよそよそしくなっていた。ただの後輩。元からそういう立ち位置だったけどもう少し近かった。何かと気にかけてくれたしよく一緒に食べに出掛けたし。

五年という年月が、大きな溝を作った。


「そういえばもうすぐ大型連休だな。予定あるのか?」

「あるように見え?」

「ない」

「だろ。特に出掛ける予定も遊ぶ予定もない」

「相変わらず寂しい奴だな…」

「ほっとけ」


哀れむようなその目を潰してやりたい。高校の時からあっちへこっちへ走り回り、広い交遊関係を持っていたがために日々忙しそうに過ごし、そんな生活に充実感を得ていた男と俺を比べるなんておかしな話だ。人見知りとは程遠いが来る者拒んで去る者追わずな俺が休日に予定が入っていることなどこいつらに誘われない限りない話なのだ。

人のために動くのが好きな瀬多と、自分のためにしか動かない俺では人からの好かれ方も異なる。周りを見ていて、誰かのために一所懸命になれる奴の元には沢山の人間が集まる。
どこか魅力的で惹き付ける何かを秘めている瀬多と、他人に対して興味を持てず冷めている俺では、まず人としての出来が違うのだ。


「はぁー…」

「ため息か? 珍しい」

「お前のそのイケメン度合いがムカつく」

「褒めてるのか怒ってるのかごちゃごちゃだぞ」

「タルトとコーヒー」

「……。」

「なんだよ。売上貢献しろって言ったのは店員のお前だろ」

「そうだったな。種類は?」

「いちごでもフルーツでもいい」

「おまかせなんてメニュー無いんだけどな」


そう言いながらも注文を受けて機械に打ち込み立ち上がる。注文を裏方のキッチンの方へ伝えようとすれば途中客に呼び止められてまた注文を受ける。人当たりのいい笑みを浮かべて接客をし続けられるその気力は見習おうと思う。作り笑いなんて下手くそだし人に見せられるようなものでもない。

俺もあいつみたいに愛想のいい態度を取ることが出来ていたら、あの人も俺のことを見てくれただろうか。


「乙女かっ」


一人で寂しくツッコんでしまう。いやいや、いくら好きだからってそんなこと考えるなんて拗らせすぎにも程がある。大体そういうキャラじゃないし、中学の頃に比べたらかなり捻くれたけど人付き合いもそこそこ……いや、あんまり変わらないか。
頼んだコーヒーとタルトが来るまで何かをする気も起きず、買い替えたばかりのスマホをテーブルの上に置いてぼんやりと店内を見ていた。こんなことしてる暇があるなら家に帰って勉強でもすべきだろうか。なんとなく蹴ってしまったバイトで全部埋めてしまおうか。ぽっかりと空いている長い休みの予定。家でダラダラするのもなんだか嫌になってしまって、かといって勉強する気にもなれず誰かを誘って遊ぼうとも思えなかった。

暇だと言ってしまった手前、花村辺りから遊ぼうぜと電話がかかってきそうな予感がした。いいよと頷くのが嫌で、バイトを入れてしまおうとスマホに手を伸ばした。

が、触れる寸前で震え始めたスマホに思わず手を引っ込んだ。メールかと思えば液晶画面がついていて、長々と振動し続けている。光の反射で誰からの電話かも分からず手に取って確認したとき目を疑い落としそうになった。

この番号に、この人から電話がかかってくるなんて中学の頃以来のことだった。たまに来るのはメールくらいで、徐々にその回数も減っていきいつの間にか連絡を取ることすら無くなっていたものだから驚くなという方が難しいと思う。出るべきか否か。出なきゃいけないはずなのに、親指がそれを躊躇った。正常だった脈も今はうるさくて胸元が大きく動いていて煩わしかった。


「……は《遅い。》…すみません」


結構長い時間、着信していたと思う。だけど電話は切れることなく震えていて、そこに本人がいるわけでもないのに圧を感じ観念して親指で左から右へスライドした。恐る恐る冷たい機械を耳に当ててれば言葉を最後まで紡ぐことをさせてくれず一発目から怒られた。ひどい。俺の気持ちも知らずに。なんて言えるわけもなく反射的に謝る。

今すぐ切ってもいいだろうか。明日待ち伏せされてシメられる気しかしないからやらないけど思うだけなら許してくれるかな。


「お久しぶりです」

《うん。久しぶり》

「……あの、今日は何か…?」

《特に何もないけど。なんとなく、電話してみようかなって》

「はぁ」

《大学も同じだし、別に変でもないでしょ?》

「え?」

《あれ、気づいてなかった?》


いやそういうわけじゃないけど。あんな青い髪の人先輩くらいしかいないし、オープンキャンパスの時点で気づいたほどだ。気づかないわけがない。
……先輩も気づいていたなら、どうして声をかけてくれなかったんだろう。と大したことでもないことを気にし始めてしまう。


《入学式の日、すぐに見つけたよ》

「そうですか」

《少し痩せたのかな。元気ない?》

「………、」


それは紛れもなくアンタのせいだと口走ることもできなくて、声が震えないよう気張りながら気のせいだと返した。一年間ではあったけど、リーダーを勤めていただけある。見てないようで見てる。今はそれが嫌だった。


《連休、暇?》

「え?」

《暇な日があるならどこか遊びに行こうって、誘ってるんだけど》


願ってもないことだった。まさか先輩の方から誘ってくれるなんて、ちょっと夢でも見てるんじゃないかと思って軽く頬をつねったけど何も変わらなかった。むしろ伸びた爪が食い込んで痛いだけで現実だと再認識する。
行きたい。行きたい、けど。


「連休はバイトが入ってるんで…すみません」

《……そっか。残念》


咄嗟に断ってしまった俺はどうしようもないバカだと思った。嘘だ、さっき瀬多に何の予定も無いと教えて花村につれ回されるのが予想できてバイトを入れようとしていたんだから。

バカだ。本当にバカ。嬉しかったなら素直に暇だと言えばよかったのに、空いてしまった溝に恐くなってそんな嘘をついた。死にたい。涙が出てきた。


《また今度の機会に》

「あ……はい」

《……じゃあね》


プツリと通話が終わる。機械から流れる無機質な音が心を抉ってきて、スマホを持つ手が力なくテーブルの上に落ちた。脱力。悪い意味で。このろくでなしと自分のことを下卑しているとタイミングを見計らっていたかのように瀬多が頼んでいたタルトとコーヒーを持ってやって来た。


「バイト詰めって、忙しそうだな?」

「うるさい黙れ……」

「酷いな。ほら、イチゴタルトとコーヒー。ミルクと砂糖はご自由に」

「食欲失せた。食べていい」

「恋患いは食欲すら奪うのか…」

「からかうならどっか行け。もう俺に構うなアホ」

「からかってないぞ?」

「うるせえタラシ」

「ちょっと待て聞き捨てならない」

「あーもう、ほっといてくれよ……」

「……嫌だって言ったら?」

「余計なお世話、だ…っ」


あまりの気の落ちように俯いていた顔を上げる。突き放しても構ってくるのは瀬多のいいようで悪いところだった。俺はあんまり好きじゃない。イラッとして睨み付けようとしたらすぐそこに瀬多の顔があった。

ふざけてもいない。からかってもいない。真剣な表情でそこにいる。


「俺だったら」

「………は、」

「俺なら、そんな顔させないのに」

「……お前、何ふざけたこと言ってんの」

「本気だよ、これでも」

「ッ、」


灰色の瞳に、飲み込まれそうになる。
交わる視線に堪えきれなくなって顔を背けた。
そのまま仕事に戻ってくれればよかったのに、あろうことかこの人タラシはスマホを持ったままの手に触れてきたのだ。


「瀬多、」

「……もう少しでバイトが終わるんだ。たまには一緒に帰らないか?」

「……別に、構わないけど」

「そうか。よかった」


そっと微笑みを残して、瀬多は手を離し店員を呼ぶ客の元へと行ってしまった。
何の意味があって、手に触れた? あまりにも優しい手つきに不覚にも体の熱が少しだけ上がった。

違う、瀬多は、そうじゃない。

俺はあの人が好きで。でもあの人は多分、周りに女子がたくさんいるから好きな人くらいいるはずだ。

何より、湊さんは男だ。そして残念ながら俺も男。絶対に叶わない恋だ。現実を見るたび胸が刺されるような痛みに襲われる。

でも瀬多は。あいつはそれを知ってもなお俺の傍にいてくれる。


「(……ちがう)」


こんな、泣きつくような形でなんて。
先輩を想う俺の気持ちが、まるで軽いもののように思えてしまう。そんなことはない。心が弱ってるせいで、瀬多を拠り所にしようとしてしまっているだけだ。

だから甘いんだよ。弱いんだよ。

卑屈なところは昔から変わらない。
マイナスへと落ち始めた思考を何とかしようと、冷めたカフェオレではなく手元に置かれていたコーヒーをブラックのまま流し込んだ。

当然、噎せるほど苦かった。




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