短編その2

□calma
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瀬多のバイトが終わるまで何も頼まず居座ってやり、バイト姿から私服姿に変わって迎えに来たら遅いと文句を言って代金を払わせてやろうと思ったけどやめた。一応、客だしケーキもコーヒーもそれなりにおいしかったから。

レジの店員がお疲れさま、と瀬多に声をかける。人気者の男はにこやかな笑顔を浮かべてお先に失礼しますとよく聞くセリフを吐いていた。

狭い階段を降りて外に出る。もう暗くなるのに街中は人で溢れ返っていて大通りに出れば眠らない街はギラギラと光っていた。


「眩しい……」

「夜に出かけるたび同じこと呟いてるぞ」

「事実だ」

「仕方がない。都会なんだから」

「そういう問題か?」


田舎ならもう真っ暗で、民家の明かりがポツポツとあるくらいなのに。
比べてこの街は夜になると逆に明るすぎるくらいで空を見上げても星がうっすらとしか見えなかった。夜空で大きな存在感を持っている月までも街の光で濁ってしまうのが嫌で。


「このあとどうする?」

「は? 帰るに決まってんだろ」

「奢ってやるって言ったら飲む?」

「あー…んー」


それは、魅力的な誘いだ。姉からの支援で大学に通えているとはいえ生活費は自分でバイトした金で賄っているため無駄な出費は抑えている。なので、ここ最近アルコールを摂取していない。飲んでも三ヶ月に一回。たまに飲むと、美味しいんだけど高いからそんなに飲めないのだが奢りなら行ってやってもいいと思う。

明日は大学、どうだったっけ。受けたい講義が何時からだったか忘れてしまって、スマホで確認しようとポケットから取り出してロック画面を開いたときだった。

視界の端に、青が見えた。


「どうした?」

「……いや、」


気のせいだと思う。青い髪なんて都会ならそこら辺にいる。きっと。青いからってあの人だと決めつけるのはいくらなんでも早とちりすぎる。

……でも確認しないと気が済まなくなった。恐る恐る、目を向けてみる。当然すぐそばにいる瀬多も首を傾げて同じ場所を見て、あ。と声を上げた。


「有里先輩だ」

「……そうっすね」

「口調がおかしいぞ」

「ほっとけ」


うーん、見たくないものを見てしまったこの気持ちをどうしたらいいんだろう。ちょっと遠い目になる。
目線の先には青い髪の人がいた。瀬多の言う通り有里先輩なのだが、女の人と一緒にいたのだ。恐らく同じ大学の女。見覚えがある。

遠目に見ても穏やかな雰囲気ではなかった。特に女の方が喚いているようで、大きな口で何かを叫んでいる。通行人はそれを見て見ぬふりして通り過ぎていた。

こんなにも人がいれば、ケンカしている人がいても珍しくはない。なのでみんな素通りしていくのが普通だ。しかし、あんな人目の多いところでよく喧嘩できるものだ。


「割って入るか?」

「は? なんで。俺には関係ない」

「そうか」


何が楽しくて好きな人と一緒にいる女の喧嘩の間に入らなければいけないのだろう。そもそも二人はどういう関係? もしそういうのだったら、なおさら入る気になれない。むしろ喧嘩別れしてしまえ、と信じられないことを思っていた。


「……お前の奢りだっけ?」

「ん?」

「ハシゴ酒してもいい」

「んー…それは俺の財布が死ぬかな。せめて二軒」

「朝まで」

「講義は?」

「午後から」

「俺も午後からだな」

「……やっぱり自分で払う。朝まで飲む」

「やけ酒は体に毒だぞ。あとスマホかわいそうな音してる」


そんなん、知るか。ミシミシと悲鳴を上げるスマホを没収され、この何と言ったらいいのかわからない感情が行き場を無くして舌打ちをした。目に毒だ。あの光景、特に女。


「どこがいいんだ?」

「安くてうまいとこ」

「ですよね。いいところ知ってる。電車乗り継ぐけど」

「行く」

「よし、じゃあ行こうか」


駅はすぐそこ。先に歩き出す瀬多についていこうとしたら、青い髪が揺れた。密着する二人の体と、確実にしているであろう光景を見てしまって、なぜだか苛立ちがスッと消えていった。代わりに心を占めるのは……なんだろう、これは。


「純也?」


騒がしかった街の音が、消える。
見たくて見た訳じゃない。目に入ってしまったから。

女を突き飛ばしたあの人が、もう見たくないと言わんばかりに顔を逸らしたけど。

なんで、目が合うかな。


「…………ッ、」


無性に泣きたくなった。
何もなくなった頭が、心があの人を求めている。けど。

あんなの、見たくなかった。


「純也、」

「……なに、」

「……泣いてるのか?」

「泣いてる? ……俺が?」

「そう、見える」

「っは……寝言は、寝て言えよ」


鼓膜に響く自分の声が、震えていた。
ついてこない俺に気づいて戻ってきた瀬多は、悲しげな表情を浮かべている。武骨な手が頬に触れると、糸が切れたみたいに涙がこぼれ始めた。


「……純也」

「……もう、嫌だ。なんで俺、こんな……」


苦しくて痛い。この程度で泣くなんて情けないし、勝手に傷ついた気になってる自分に腹が立つ。
この想いはどうするべきなのか。人を押し退けて、後ろから追いかけてくる瀬多のことも無視して駅のホームを過ぎる頃には答えは出ていた。すんなりと出てきて、余計に泣けてくる。

全部、無かったことにすれば。

この胸の痛みも、消えるのかな。


「純也ッ!!」


張り裂けるような声に、やっと足が止まる。一瞬、ほんの一瞬だけあの人かと期待した。でも違うよ。あの人は俺を追いかけてくれやしない。

俺を、汗だくになってまで追いかけてくるのは。


「……瀬多、」


物好きな花村か、お人好しな瀬多くらいしかいないから。
階段を段飛ばしで駆け上がって来た瀬多は傍にくるなり持っていたらしいタオルを俺の顔面に押し付けた。息が詰まって呻くと同時に、強引に引き寄せられて抱き締められる。


「……なに、してんだ」

「慰め」

「いらねえよ」

「黙って慰められてろ。……そんなひどい顔で電車乗れないだろうし、ほっとけないし」

「……お人好しが、調子に乗るなよ…」


止まることを知らないらしい涙は押し付けられたタオル生地に吸い込まれていく。
この涙が止まったら全部忘れよう。有里先輩は、俺のことなんて見てないんだから。

過去も今も無かったことにして、そしたらまた明日笑えると思う。きっと、そうだって。


"純也"


「…………、」


むり、だ。

有里先輩を好きになったことを忘れるなんて。

今も記憶に深く刻まれてるのに。

忘れられない。

……忘れたくない。


「……俺、お前のこと好きだよ」

「……それらしいこと、さっきも聞いた」

「でも、勝てないな」

「………?」

「ほら、ちゃんと目に当てとかないと泣き顔見られるぞ」

「う"っ、」


なんて空気を読まないタイミングでハッキリと伝えてくるんだ、この男は。勝てないってどういう意味なんだと聞こうとしたら離しかけたタオルをまた押し付けられるし。

抱き締めていたぬくもりが離れていく。少し寂しいなんて言ったら、頭おかしくなったかと笑われそうだから心の中で留めておくことにして、とりあえず瀬多に謝ろうとタオルをズラしたら。


「…………え、?」


有里先輩が、目の前にいた。

あれ、おかしい。瀬多がいたであろう所に頬を痛々しいほど赤く染めた先輩がいる。息を切らして、肩を大きく上下させて。

……追いかけて、きた?


「瀬、多は」

「………。」

「……なんで、追いかけてきたんですか」

「……泣いてたから」

「先輩には、関係ないことです。……あの女の人のところに、戻った方がいいんじゃないですか」

「僕が、泣かせたから」


長い間焦がれていた先輩の声。でも今は聞きたくなかった。
こんな汚い泣き顔も見られたくなかったし、来てほしくなかった。

ただただ、苦しい。


「ごめん、」

「謝られる理由が、わかりませんよ…」


むしろ俺の方なんだ。勝手に好きになって、勝手に傷付いてる。先輩には関係ない。すべて俺一人の問題で先輩には関係ない話なんだ。長年連絡もほとんど取れなかったとはいえ、後輩が泣いてたら心配してきてくれるだろう。この人は優しいから。優しすぎて、腹立つこともあるけど。追いかけてきた理由はきっと、そう。


「……変なところ見せました。ごめんなさい。俺のことは、ほっといてください」

「……やだ」

「帰ってください」

「帰らない」

「……じゃあ、俺が帰ります。それじゃ、」

「待って」

「ッ!」


もう有里先輩の前にいたくない。これ以上醜いところをさらけ出したくもない。ホームに向かおうと歩き出そうとした俺の手を、先輩の手が掴んで離してくれなかった。


「離して、」

「やだ」

「離してください……!」

「ダメ」

「ッなんでよ……俺の気持ち何も知らないくせに、優しくしないでくれよっ、もうやだ、こんな痛いのも、全部……!」


全部、


「全部忘れられたらッ……」


忘れたくない、のに。


「……さっきのやつだけど」

「………。」

「無理矢理されたんだ。僕、恋人いないはずなのに」

「だから、なに」

「吐き気がした。香水臭いし。そんな気もないのに」

「………、」

「何より、するなら絶対にこの子だけだって心に決めた子がいるのに、」


心に決めた子。なんだ、やっぱり有里先輩には好きな人がいたんだ。最初から望みも、何もなかった。
だったらなおさら、忘れなきゃ。


「……だったらその子のために守っておいてくださいよ。なに簡単に奪われてるんですか、防御甘すぎ」

「……油断、した」

「リーダーが情けないですね。……周りに女子が多いみたいだし本当は、もっとしてるんじゃないんですか?」

「してない。しない。前からずっと、一人だけだよ。したいって思ったの」

「耳が痛い。そんな話、俺に聞かせてどうするんですか」

「……僕は肝心なところで臆病だから、自分の気持ちを伝えないままだったんだ」

「っだから、」

「その子は高校生になると同時に田舎に引っ越しちゃって、ずっと連絡出来ずにいた。心の中にあった想いは消えないまま、大学に進学した。もう会えないかと思ってたらその子も同じ大学に来て。入学式の日に、すぐに見つけたんだ」

「………、」

「でも、声をかける勇気が出なかった。……今日になってやっと、電話を掛けられたんだけど」


むしろ、傷つけちゃったね。と。

なんだそれ。なんだよ今の。

驚きすぎて涙が引っ込んで、なかなか離してくれない手を払い落とそうと意地になっていた体も力が抜ける。

全部、言ったことすべてが俺に当てはまる。


「……有里先輩、もしかして、ずっと」

「……一目惚れ、だったんだ」

「ッ……なんだよ。それだったら、あの時、伝えてくれたら俺っ…俺だって、先輩のことずっと…!」

「ごめん」


夢かと思った。止まったはずの涙がまた流れ始める。

一呼吸置いて、先輩は真っ直ぐ見つめてきて、そして。


「会ったときからずっと…今も、好きだよ」


今までずっと苦しかった心が楽になるような。止まらない涙を先輩の指先が拭うけれどキリがない。


「遅い…遅いよッ…」

「……ごめんね」

「有里先輩…俺も、先輩のこと、」


その言葉に、有里先輩は柔らかな笑みを浮かべた。








(変わらぬ恋)







長らくお待たせいたしましたぁあ。
番長がかなり不憫なことになりましたが。あ、はいすみません。希望があれば後日談も一応頭にあるので申し上げてくれれば書こうと思います。待ってます。ここの有里先輩はヘタレなので長編とは違い想いを伝えないまま夢主が稲葉市へ転校してしまった設定です。でも変わらず一途。女関連の話に関してはまぎらわしいと後日平手打ちをされるのです。我が家のキタローは女関連が原作に忠実なので。仲間は除きますけど。
改めましてリクエストありがとうございました。蜜柑さまのお気にめしますように。
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