短編その2

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「このあとって講義あるの?」

「………あってもなくてもこの体勢はいけないと思う」

「なんで?」

「野郎二人で壁ドンはヤバい。ここ大学。いつ人来てもおかしくない」

「見せつけてやれば」

「よくない」


すぐ目の前に迫る、腹立つくらい綺麗で整った顔面を手で押し退けようとするがひらりと避けられた。おかしくない? 偶然すれ違っただけなのに人気のない場所に引きずり込まれて壁ドンされるとか。

高校を卒業して進学し、通うことになった大学には湊さんがいた。まあいること知ってて選んだし、問答無用で追いかけてこいと言われたから当たり前なんだけど。学年は違うが通う学校は同じ。高校は俺の肉体的事情で稲葉市の方へ引っ越してしまい一年間、同じ校舎で勉強することは叶わなかった。
八十神高校に通っている間は必然的に遠距離恋愛となり、一年生のときは一日しかない貴重な休みにわざわざあんな田舎までやって来て……この人受験生だよな、と冷や汗かいた。本当に不安だった。意外と距離あるのに。すごく申し訳なかった。瑞希さんは呆れて何も言わなかったから、相当だよ。

そのあと湊さんは大学に進学した。俺は二年生に進級した。相変わらず休みの日には家にやって来た。そしてまた一年重ねて俺が受験生になったら同じ大学に来いと何度も言われた。希望の学科があったからよかったけどもしなかったらどうするつもりだったんだろう。意地でも引きずり込まれるような気がしてならない。

無事に大学に合格すると、じゃあ二人暮らししようと、待ってましたと言わんばかりにそんなことを提案されて……提案じゃないな。ほぼ確定の言い方だった。まだ卒業すらしてないのに先の生活がとんとんと決まっていった。ありがたいけどスムーズすぎてちょっと引いた。どんだけ待ち望んでいたのだろう……まあ貴重な一年を事情が事情とはいえ一緒に過ごせなかったから分からなくもない。俺も寂しくないと言ったら嘘になるし。

同居して、同じ大学に通って。

四六時中一緒にいると言っても過言ではないのにこの人はまだ満足できないらしい。けど言わせて。時と場を考えて。


「充電させて」

「朝もしたじゃん!」

「切れた」

「はぁー? この調子じゃ俺がいなくなったときが不安なんですけど……」

「……いなくなるの? 僕のところから」

「言葉のあや! 大学卒業したらどうすんだって言ってんの」

「……我慢できない」

「して。ていうかしろ」

「厳しい……」


肩にもたれ掛かってぐったりとし始めてしまう。壁についていた手も力なく垂れて、落ちた教材も拾う素振りすら見せず全く動かない。
疲れているのか。いつになくダルそうで、吐き出すため息も重い。


「なんかあったの」


と聞いたところで教えてくれるわけないのに。


「あった」


と思ったら素直に答えた。本当にどうしたんだ。


「明日、一緒にカフェ行こうって言った」

「うん? うん、そうだね」

「バイトのヘルプ入ってくれって言われたんだ。……一人風邪引いちゃって、どうしても出てほしいって」

「あー。それで行けなくなったと」

「うん」

「……それで落ち込んだの」

「うん」


これでそんなことって言ったら絶対に拗ねるんだろうな。ため息が止まらない頭を出来るだけ弱い力で叩いてあげると距離が詰められて、服にしがみつかれた。のをベリッと引き剥がす。


「ダメだから」

「……心が冷たい。氷みたい」

「元からだよ。講義始まっちゃう」

「僕も行こうかな……」

「あんた三年だろうが」

「バレない」

「目立つ髪なのにどこからそんな自信が湧いてくるんだ」


不思議でしかたがない。落ちたままの教材を拾い渡すが受け取ろうとしないので無理矢理押し付け教室に向かおうと歩き出せばすぐに隣に並ぶ。その横顔は不満げで頬が少し膨らんでいた。


「……夜はハンバーグがいい」

「はいはい。付け合わせは何がいいの」

「一緒に見て考える」

「八時までかな」

「待つ」

「ソースは?」

「おいしいの。今日、特売だよ」

「あー、じゃあ買いだめするかな」

「うん。……飲んじゃダメ?」

「明日休みならいいよ」

「………我慢する。純也は?」

「一人で飲んでもつまんないから飲まない」

「そう」

「あ。あれ食べたいな。みかんとかパイナップルのやつ」

「いっぱいあるんだけど」

「しゅわしゅわしてる」

「フルーツポンチ?」

「それ」

「僕も食べたいな。ナタデココも入れちゃおう」

「少し贅沢しよう。それで明日頑張って、今度カフェに行ければいいよ」

「……んー」

「はい、講義も頑張って。行ってらっしゃい」

「……う"ーん」

「……今日は同じでいいよ」

「頑張る」


他愛ない話をしていればいつの間にか教室までやって来たのに行きたくないと湊さんは渋る。最後の一押しでようやくやる気を出してくれたのだがしてやられた感がある。あまり甘やかすと、怒られてしまうのだけど。

今夜くらいはいいよなあ。明日我慢するんだから。


「純也」

「なにー」

「早く来てね」

「……はいはい」


バイトが終わったら一緒に遅めの夕飯の買い出しをして、ちょっと贅沢な食事をする。眠るときは同じベッド。まるで新婚みたいなべったり感。


「(……ある意味間違っちゃいないな)」


うん、まあ否定するところはない。結婚した覚えはまだないけど。


「……はぁ」

「なんだ桐条、悩み事か?」

「いや、まあ……そんなところ」

「まーた有里先輩に振り回されたんだろ。仲良いよなあ」

「そりゃ長年の付き合いだから」

「ふーん。そういや恋人とはうまくいってんのか? あんまり遊べてないって話してたけどよ」

「明日遊ぶ予定だったけどヘルプ頼まれてナシになった」

「うわぁ…」

「から今日は一緒に飯食って寝る」

「うわーリア充の話を真面目に聞いてしまった! くそっ、羨ましすぎるわ!」

「うるさい」


毎日やってることだよ。なんて言うわけもなく隣で一人喚く男を放置してコッソリと幸せを噛み締めた。





(どこかの世界線のふたり)

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