短編その2

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*20万打企画「calma」の続編です。
いきなり始まるので先にそちらを読むことをおすすめします。











何回目の朝だろうか。覚えちゃいないが生まれてから毎日経験している代わり映えの無い時間に、また朝が来てしまった…と憂鬱になりながらアラームを切る。
寝ている間に乱れた髪がパラパラと落ちてきて、鬱陶しさにかきあげるとボヤけた視界が少しだけまともになった気がした。


「………あ"〜」


少し伸びた爪先で頭をかく。
そのまま流れるように目を擦り、あくびをひとつ。
携帯から差し込んだままの充電器を外してからプラグも抜いて、とりあえず布団から出る…までに十分くらいかかった。
何年経っても朝に強くなることはない。
強くなるって、なんだと自分にツッコミをすると虚しさに囚われてアホくせえと吐き捨てる。

今日の授業は午後から。そういう時は寝過ごすかバイトを入れるかの二択が大体で、だけど切り忘れたアラームが鳴ったおかげで目が覚めた。いつもなら舌打ちをして布団に潜り込むのに、苛立ちも眠気も無くなって起きてしまう。
いったいなんなんだ、と頭を抱える必要はなく悶々とした気持ちを抱えたまま洗面台に向かうと壁一面に貼られた鏡に自分の顔がでかでかと映し出された。


「(疲れきった顔してんなぁ…)」


腫れぼったい瞼と下がりきった口元がそれを主張している。顔を洗えばまともになるかと冷たい水にさらしてみると多少はマシになったような気がしてタオルを押し付けると暗くなった瞼の裏で、昨日の記憶が蘇ってドクドクと胸がざわつき始める。

昨日、五年ぶりに有里先輩と再会を果たした。
細かいことを気にしなければ大学に入った時点で間接的な再会をしたわけだが、目が合うことも言葉を交わすこともなく一年を過ごしたのでカウントしないししたくない。

ジゴロを発揮した先輩の交流関係を目撃して、追い打ちをかけるようにキスされるところまで見てしまって、瀬多に好きだと言われて、そしたら先輩が追いかけてきて。

あまりにも急すぎる展開に俺の思考はついていけず、駅構内のど真ん中でお互いの気持ちを知ることは出来たのに、雰囲気とか空気とかなんかごちゃごちゃしたものが耐えがたくて電車を乗り過ごすとバレバレな嘘をついて逃げてしまった。

気まずさ全開だ。なぜ逃げてしまったのか、逃げなかったとしても向き合うことが出来たのかと言われれば答えはノーだ。急すぎて、突然、通り雨のようにやって来た想いをどう扱えばいいのか、どう渡せばいいのか分からなくて背中を向けた。

好きだと言われて、好きだと答えておきながらなんだそりゃって、俺が一番思ってるさ。

当てすぎたタオルを外すと、元の疲れきった顔に戻った気がする。今すぐこんなシケた面をどうにかしたくても強張った筋肉は思いどおりに動いてくれず不気味になるだけだ。
諦めて定位置に置いてある眼帯を取って封を切り、左目を覆い隠す。これをするとただでさえ怖い印象を抱かれる目付きがさらに悪くなる気がしたけど今さらコンタクトをつける考えに至らずため息を落として鏡から離れた。



***



「おはよう」

「……おはようございます」


気まずさと、嬉しさと、居たたまれなさ。
たくさんの感情がごちゃついて整理がつかないのに声色だけは代わり映えしない。

おはようと言うには太陽が上りすぎている。
それもそうだ、昼時を過ぎた十三時はとっくに『こんにちは』の時間。二度寝するには遅すぎるけれど昼食を食べて腹が満たされた体は眠りたいと訴えてきて、逆らうのが大変だ。

まあ今しがた、偶然出会った有里先輩のおかげで吹っ飛んでいったのだけど。


「今から授業?」

「はい」

「そう」

「………あ、の」

「なに?」


あまりにも短い会話で終わってしまうのは昔と変わらない。
ここで教室に行ってしまえば気まずさからも解放されるというのに、他愛ないことでも、くだらないことでもいいから話がしたいという欲に負けてこちらから会話を続けてしまう。

多方面から人が通う大学内は、人の行き来が激しい。スクランブルだったりセンター街のような密度はなくても必ずどこかに人目はあって微妙な距離間を持ったまま立ち尽くす俺は邪魔なような、目障りのような。

なにか話さないと。でも、なにを。
いやある。真っ先に言わなきゃいけないこと。
指先を意味もなく絡めたりほどいたりを繰り返して、じわじわとかき始めた汗がベタついて気持ち悪い。

謝らなきゃ。会えたんだから、いやメールとか電話で、ダメだ、これは直接伝えないと。


純也って肝心なこと伝えようとすると、喉に魚の骨が刺さった時みたいな不快な顔するよな。


いつぞや、分かりにくい例えで教えてくれた花村の声が脳内再生されてそんな顔を見られたくないと待ってと意味を込めて手を上げて、顔を背けて深呼吸を繰り返す。
持ち物から見てこのあとも講義があるだろうにじっと待っていてくれる。優しいな、こういうところが女子の気を引くんだろう。
ときめくな俺、チョロいにもほどがある。キモい。
自虐しつつ冷静さを取り戻すことに全力を尽くす。


「………その、」

「うん」

「昨日は…すいませんでした」

「いいよ。気にしてない」

「き……まあ、うん。それなら、よかった」


容赦なく頭をハンマーで殴られた気分。
シャワーを浴びるのも億劫で、なんとか着替えて、泣き寝入りするように布団に潜り込んで眠った俺の気持ちを打ち砕く返しにキリキリと胸じゃなくて胃が痛み始める。
やっぱり昨日の対応がよろしくなかったか。与えられた想いに応えておきながら逃げ出した俺に愛想が尽きたか。
それならそれで、諦めもつくかな。きっと数年は引きずるはめになるんだろうけど構わない。

昨日のあれは夢だった。そう、夢。多分。


「……ごめん、嘘」

「え?」

「気にしてないなんて嘘だよ。本当は、気にしすぎて朝ご飯も食べられなかった」

「……俺、」

「ここだと人目があるから…ねえ、夕方辺り予定ある?」

「すみません、バイトが…」

「じゃあ待ってるから。何時に終わるの?」

「いや、待たせるわけにはいかないので。明日ならバイトも休みだし」

「待つよ。待つから、教えて」

「でも…」

「お願い、待たせて」


申し訳ないからと断るのに、なぜか一歩も引かず、最後にはお願いする形で言われてしまって困惑する。
今日じゃなきゃダメなの。
いや、俺としては複雑なようで嬉しかったりするけど。
強引な押しに負けて、終わる時間と近くにあるカフェを教えるとそこで待ってると言う。なんなら迎えにいくとまで言い出してそんな長い距離でもなければ子どもでもないと遠慮した。
必ず寄るからと口約束をすればちょっとだけ嬉しそうで、調子を狂わされる。


「……あ。まずい、そろそろ時間だ」


もう何年使ってるんだろう。
記憶が正しければ五年前も着けていた青いベルトの時計を見るなり焦りを見せる先輩につられて携帯の時刻を確認すると講義が始まるまで五分切っていることを知らされた。


「やべ、俺も遅れる」

「……よる! 待ってるから」

「あ、は、はい」


影時間以外では聞いたこともない大きな声で、忘れないように再度言われて頷く。
バタバタと足音を立てて階段を一段飛ばしで上っていく。これで転けたら大惨事だと気を付けながら、ひたすら足を動かした。

夜。

ちょっとだけ、不安だ。



***



「へー、やっと有里先輩と話せたのか。しかも駅構内のど真ん中で告白までされて、両思いだったってことだろ? よかったな」

「……んー」

「なんだよ、浮かない顔して」


俺と花村、二人しかいないロッカールームで駄弁る。
大学は違うのにバイト先が同じってどういうことだ。経営学部のある大学に進学した花村は瀬多と揃って高校のときからの付き合いで俺にとって数少ないともだちの一人だ。

悶々とした気持ちを抱えるのもしんどく、まるで図ったようにシフトも休憩のタイミングも同じであることを米一粒程度感謝しながら昨日のことを話してみれば思った通りの祝福が返ってきた。

が、ロッカーに頭を押し付ける俺になにかを察した奴は十秒飯のキャップを開けながら聞いてくる。


「晴れて恋人同士…ってわけでもなさそうだな」

「……昨日のあれで、俺たちは本当にそういう関係になったのか曖昧で分からないんだ。
逃げ出した俺が悪い。でも、急すぎる展開についていけなくて…だって五年も連絡すらしなかったんだぞ? それなのに、ろくに話もしないで付き合うなんて…」

「ちょっとなあ。心が置き去りにされそうっつーか…早すぎね? 付き合うまでの過程全部吹っ飛ばすどころか、五年も離れてたら変わったこともあんだしきちーだろ。もう少し知る時間がねえと、ついていけないと思うぜ」

「……そう、だよな。今日話したときだって、気を遣いすぎて疲れたし…言葉選びとか、なんか…」

「まずはお互い知るところから始めた方がいいんじゃね?」

「知るって…」

「先輩って休みの日なにしてる?」

「え、」

「好きな食べ物は? よく聞く音楽は? 癖は? どういう服を好むんだ?」

「………し、しらない」

「ほらな。だから、恋人云々よりも前にやらなきゃいけねえこと山ほどあんだろ。恋人どころか友だち未満じゃね?」


シャドウの攻撃を直に食らったようなダメージを受ける。花村の言うことは正しくて、ぐうの音も出ないけど少しだけ気にくわない。
好きだよ、好きなのになにも知らないのは事実。
恋人なのに友だち未満なんて、それは付き合っている意味あるのだろうか。一目惚れして付き合い始めたようなものだ。そういうのは大体、脆くて別れやすくて印象がある。


「ちゃんと話し合ってみろよ。付き合ってるかもしんねーけど、別に今から知ったって遅くはねーし」

「……うん」

「フラれた総司が不憫だし」

「……俺は、瀬多は花村のことが好きだと思ってた」

「なんで俺っ?」

「だってお前ら、お互いのこと好きすぎて距離間がおかしかっただろ」

「好きすぎて!? お前から見た俺らってそんな感じだったのか!?」

「まあ…お前らなりのスキンシップだと思って流してたんだけどさ。そういうわけじゃなかったのか…悪い、俺が勘違いしてた」

「や、勘違い、っつーか」

「でも花村は瀬多のこと好きだろ?」

「ばっ…!?」

「それも俺の勘違いだったか?」

「……んなこと、ねーよぉ…」


ガクンと花村の頭が項垂れる。
高校の頃から、あの事件をきっかけに仲を深めた俺たちは男同士ということもあってつるむことが多かった。駄菓子屋のアイスにかじりついたりジュネスの屋上で駄弁ったり、時々喧嘩をしたりと四六時中とまではいかないが一緒にいた。三人でテレビの中に入って特訓だって重ねた。影時間での経験もあった俺が指導側に回って二人に戦いかたを叩き込んだのもいい思い出だ。ちょっと泣いてたけど。

時を重ねると同時に仲を深め、事件も重なっていくうちに俺は、瀬多を見る花村の目が少し変わったことに気づいた。それは二人揃って頬にデカい湿布を貼ってきた頃のことで、花村がずっと瀬多のことを目で追いかけているから好きなんだなと思った。
そして瀬多も同じように、無意識に花村の姿を捜しているからてっきり両思いだと思っていたのだ。

なのに昨日、瀬多は俺を好きだと言ってきた。

ふざけた様子もなく、真剣で。
あのときは俺も余裕がなかったから言えなかったけれど、お前は花村が好きなんじゃないのかと心の片隅で思っていた部分もあった。

本音を言うなら、とっくに付き合っているものかと。

………。


「……俺、瀬多とも話すよ」

「……おー」

「だからお前、その気持ち捨てんなよ」

「……捨てられっかよ、こんなん…」

「だよなぁ」


俺と一緒だな。

そう言うと、花村は一緒にすんなと半泣きになりながら吐き捨てた。




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