PQ

□君愛
1ページ/1ページ



僕が知るよりも大きくなった彼は、想像していたよりもカッコよくなっていた。声は低くなっていたし、髪も短くなって眼帯も外していて。身長も伸びた。だけど相変わらず僕よりも小さいようで身長はコンプレックスのままのようだ。

そんな彼は僕たちの顔を見るなり笑った。目を細めて、慈愛に満ちた微笑み。あんな顔、初めて見た。


「……あのー?」


だからなのかもしれない。廊下でまた会った瞬間、突進する勢いで抱き締めてしまったのは。

戸惑いを隠せない純也は最初退かそうともしなかったが、周りから聞こえてくるヒソヒソ声にハッとして急いで離れようと胸を叩いてきた。人、人がいるから。少し顔を赤くして言った彼を大人しく離してやれば、恥ずかしそうに顔を手で隠した。


「まだ、作られた奴らでよかったけど」

「うん?」

「いきなり抱き締めてくるのは、どうかと…」

「……ごめん」

「せめて、人がいないところで」

「うん」

「って、どこ行く」

「人がいないところ」

「マジですか」


それから何も言わず、黙って歩く僕に黙って純也は手を引かれていた。どうして何の疑問も持たず、何も抵抗をせず着いてきてくれるの。

空き教室にやってきた。純也は窓に近づき、校庭にそびえる時計塔を見上げた。そして振り返り、真っ赤な瞳に僕の姿を映し出す。


「湊さん、そんな恐い顔をしてどうしたの」

「恐い顔…?」

「眉間にシワ。まるで怒ってるみたいだ」


怒っているつもりはない。恐い顔をしているつもりもない。確認するように眉間に手を当てると確かにシワが寄っていた。こんなこと今までないのに。ここまで表情に出るのは初めてで、少し戸惑った。


「なんでだろうね」

「俺に聞かれても、わからない」

「……そうだね、ごめん」


不器用な僕は何一つまともに伝えることができない。今、僕の中で渦巻いているそれがなんなのかは分かっていたけれど、どうやって伝えればいいのか分からなかった。


「俺」

「……?」

「今も湊さんの隣にいてもいいのかな」

「それは、どういうこと?」

「俺は湊さんが知る俺じゃないから。湊さんの隣にいたのは、俺じゃなくてもっと小さい俺だからさ。少し、悩んでる」


純也が言っていることがどういう意味なのか、理解できた。目の前にいる彼は僕が知らない彼だ。だから、隣にいても何の意味も成さないと。それは、違う。


「違う」

「……違う?」

「確かに成長してて驚いたけど、だからって僕の隣にいてはいけないってことにはならない。純也は純也だから。むしろ、隣にいてくれないと困るんだけど」

「……っ」

「誰にも渡さない」


嫉妬。分かりやすく言うならそうだった。あんなに綺麗な笑顔を見たことがなくて、そんな笑顔を浮かべるようになったのは、今の彼の仲間たちのおかげだからだろう。

だから、悔しかったのかもしれない。

僕じゃない誰かが、純也の支えになっていることが。


「(独占欲丸出し…カッコ悪いな)」


渡さない、と言って絡めるようにして掴んだ右手。ここで離したら終わると思って強く握ると同じように握り返された。
顔を真っ赤にして、顔をそらしているけれど僕には丸見えで。


「よかった。俺、まだ湊さんの傍にいられる」


その言葉に胸を締め付けられる。一人になるのが恐くて堪らないと、前に言っていた。隣に誰かがいてくれないと、気が狂いそうで、自我を失ってしまいそうで恐い。だから俺は居場所を求めてるんだと。


「嫌になったら、いつでも突き放してくれていいから」

「そんなこと、しない」

「やだ。やっぱり放さないで。一人は恐い」

「うん」


顔を俯かせた純也を抱き締める。
まだ繋がれたままの右手の力が強くなった。肩に顔を埋めて、純也は黙って僕にされるがままだ。きっとこの世界の僕にこんなこと知られたら、殺されちゃうかな。


「湊さん、くるしい」

「え?」


そんなに強く抱き締めているつもりはないのにそう言われて離れようとすればやだ、と駄々をこねられどうすればいいのか分からず止まる。


「嬉しくて、くるしい」

「……!」

「あのとき伝えられなかったこととか、言えずじまいだったこととか。たくさん話せる」

「……あー」

「?」

「可愛い。可愛い。」

「かっ…!?」

「結婚したい」

「けっ…こんとか、年齢的に無理だし、」

「性別じゃないの?」

「それもあるけど、いや、色々問題あるし、第一美鶴さんが…」

「美鶴先輩がダメと言っても僕は気にせず君をお嫁さんにもらうから安心して大切にする」

「よ、め、って…」

「将来は専業主夫ね」

「しかも将来のことまで決められてるだと…!」

「だから君は堂々と僕の恋人としていればいいんだよ。公認だし」

「いや!? いやいや、まだこの時期他言してないはずですけど!」

「え? ごめん…ついさっき暴露した」

「はっ!? 何てことしてくれちゃってんのあんた!顔合わせづら!」

「安心して、何を言われようが僕が守ってあげる」

「普通の女子ならトキメク一言だけど今の俺にとってはふざけんな以外なんもねぇよ」

「そう?」

「そうだよ!これで姉さんたちから謙遜されたらどうすんの!? 俺もう死活問題だよ!」

「死なせない」

「そんな真面目な顔で言われても反応困るんですけど」

「じゃあ生かせる」

「言い方の問題じゃねえよ!!」

「なんかツッコミがかなり鋭くなったね」

「嬉しくねぇ」


なんだろ、スゴくツッコミが鋭いし感情も起伏が激しいと言うか、なんか感情が豊かだ。右手は俗に言う恋人繋ぎをしているのになんだか変な場面になってきている。


「大丈夫。幸せにしてあげるから」

「無理矢理まとめたな今」

「満更でもないよね」

「……幸せにしていただけると嬉しいです。というか一緒になれれば、過去の俺も嬉しいんですけど」

「じゃあそうしよう」


一瞬、純也の顔が曇った。
悲しげな表情だったがすぐに消え、笑う。


「約束。ちゃんと、叶えてあげて下さいね」


(死なないで。)


そう、聞こえた気がして。


「………。」


握りしめた手を強く握ることしか、できなかった。





end
(結局は果たされなかった約束だった。)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ