PQ
□時間の壁
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「桐条純也。……よろしく」
僕たちの知らない時間を過ごした君が目の前にいるとわかったとき、僕は…僕たちは何を思っただろう。
*時間の壁
僕たちがよく知る純也は髪が長くて、もっと声が高くて眼帯もしていて暗い印象が強い。月光館学園の制服に身を包みペルソナを召喚している姿は目に焼き付いている。
異世界で出会った彼はまったく印象が変わっていた。眼帯はしていないし髪も短くて声も低い。高校2年生だという彼は月光館学園の制服…ではなく八十神高校の制服を着ていた。考え方も前向きで、よく笑うようになっていた。
あんな純也を僕は知らない。いや、僕たちは知らない。
そんな彼を目の前にして一番戸惑いを隠せなかったのは美鶴先輩たち3年生組だった。純也とは僕たちよりも長い付き合いのはずだ。突然出会った彼がこんなにも変わっていたら驚いても不思議じゃない。僕だって、あっちのリーダーがメンバーを紹介したときに発した名前を聞いても納得することなんてできなかった。驚き戸惑う僕たちを見て純也はもう一度自分で自己紹介をして、それでなんとなく受け入れることができたようなものだった。
でも、そんなこと思っているが実際は受け入れられていなかった。
信じられなかったんだ。
どうして髪が短くて、眼帯がなくて。
ーーーどうして八十神高校の制服を着ているのか。
自己紹介も終わりひとときを文化祭で楽しもうと言うことになり、皆が散り散りになるなか彼だけは1人でどこかへ行ってしまった。後を追いかけたけれど曲がり角で見失ってしまって捜すことはできなかった。
そのあとはリーダーである瀬多くんやその仲間と共に文化祭を満喫した。皆が集まって笑う輪の中に彼の姿はどこにも見当たらなかった。
それに気づいている美鶴先輩たちも気になるようであちこちを見渡しているがどこにも姿はない。
「……純也が気になります?」
「い、いや…そういうわけではないが」
「純也ならさっきたこ焼き屋の前にいたよ? 一緒に回ろうって声かけたけどあんま大勢ではしゃぐの好きじゃないからって断られた」
「純也くん、私たちのこと苦手なのかな」
「違うよ玲ちゃん。千枝が言ったことは純也くんなりの照れ隠しだから」
「照れてるの?」
「ふふ、恥ずかしいだけだから気にしないであげて。探索の時はちゃんと来てくれるはずだから。瀬多くん、ちゃんと伝えたよね?」
「ここに来る途中見かけたから声はかけておいた。探索をサボるなんてあいつは絶対にしないから大丈夫だと思うけど」
「そっかー」
口をモゴモゴとさせながら玲ちゃんが安心した表情を見せた。ホットドッグを食べ終えたかと思えば今度はたこ焼きを取り出してきて、平然とした顔で食べ始める。なんであんなに油っこいものを連続で食べられるのか不思議でしょうがなかった。玲ちゃんの胃袋、ブラックホールか何かかな。
「あ、純也先輩来たよ!」
「ホントだ!純也くーん!」
久慈川さんが手を振っている方を見ればビニール袋を持った彼が眠そうな顔をしてこちらに歩いてきていた。腰にはしっかりと巻かれたガンベルト。ガンベルトに入っているのはよく見慣れた召喚器。……でも、まだ実感が湧かない。
「もー、どこにいたの? ずっと探してたんだからね!」
「屋台巡りしてた」
「嘘だー屋台巡りしてたら絶対に会ってるもん!」
「久慈川のタイミングが悪いんだろ」
「あー人のせいにした!先輩ってばそんなこと言っちゃうの!」
「怒るなよ」
「怒ってないもん! せっかくの文化祭なんだから一緒に回ろうと思ってたのに…」
「誤解を招くような言い方をするな」
「先輩のバカ!」
「玲、頼まれてたやつ」
「わーありがとう純也くん!」
「うぅ…先輩てば意地悪…」
「お前の本命は総司だろうが」
「ほんっとにデリカシーがない!」
攻めてくる久慈川さんを相手にしながら持っていた袋を玲ちゃんに渡した。なんていう手慣れさ。頬を膨らませて距離を積めてきた久慈川さんの頭を軽く叩き、彼はやんわりと彼女を離した。
「先輩のけちー!」
「はいはい」
「りせちゃんは誰が好きなの?」
「こいつ」
「俺か」
「うわ、反応薄い」
「あれだけ猛アピールされたら気づかない方がおかしいだろ」
「確かに」
「でも案外純也の方が本命だったりするかもな!」
「ないわ」
「即答!?」
「あはははは!」
「雪子…緊張感なくなるわ…」
笑顔がこぼれる輪の中に彼がいる。呆れているようで、楽しそうな笑みを浮かべていてまるで遠い存在のように感じてしまった。
「それじゃあ、行きますか」
「流石にずっと話してるわけにもいかないしね。ちゃっちゃと番人捜し出して倒しちゃお!」
「そう言って突っ込んで怪我をするのが里中の落ちだからな」
「なんだってぇ!?」
「じゃあメンバーは俺、湊、里中、岳羽さん、純也で」
「よっしゃー!張り切っていこ!」
「……了解した」
里中さんが嬉しそうに笑い純也に頑張ろうねと肩を叩く。
僕はメンバーに選ばれたことに問題はなかったけれど、ゆかりは少し気まずそうで名前を呼ばれると本当に小さな声でえ、と呟いていた。
……僕も、こう言ってはいけないのかもしれないけれど参加したくなかったな。
「…………。」
そんな僕たちの様子を、彼がじっと見つめていたことに気づくことはできなかった。
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