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青い部屋の住人、エリザベスが活動の拠点としている保健室は彼女の手によって好き勝手に模様替えをされ保健室と呼べるのか危うい状態になっている。そこにやって来るのは探索を終えたペルソナ使いや用事がある弟のテオドアや姉のマーガレット。そしてポエム好きなマリー。

そして、休憩時間になるとやって来る客人。


「おや、いらっしゃいませ」


また来ましたね。とエリザベスは心の中で思う。つい最近その客人は休憩時間になると頻繁に保健室を訪れてはエリザベスと一時を過ごしていた。エリザベスが好きだから、とそういうことではなく本人も無意識にここへ赴いているものだから、そんな頻繁に来ていると気づいていないだろう。あえてエリザベスは知らせずに、客人を受け入れていた。


「本日もこちらでよろしいですか?……純也様」


にこりと笑ってそう尋ねると客人…純也は無言で頷いた。エリザベスは空いている椅子に座るよう勧めると、慣れた手付きで戸棚からティーセットを取りだしてテーブルに置いてポットからお湯を注ぐ。


「いつものでよろしいですか?」

「……あぁ」

「ふふ、お疲れのようですね」

「………」


陽気なエリザベスに対して無言で返す純也は彼女の言う通り疲れきった顔をしていた。先程他のペルソナ使いたちとここに来て休んでいったので探索の疲れが残っているわけではない。他に原因があることを、エリザベスは知っている。


「まだ有里様たちと話せていないのですね」

「……なんの話だ」

「そうこわい顔をなさらず。シワが出来てしまいますよ」

「今さらだろ…」

「その様子だとうまくいっていないのですね」

「……どう接しろって言うんだ」

「それはあなた様次第かと」

「………」


純也はついに我慢していたため息をついた。あなた様次第、とは言われたもののどうすればいいのかまったく分からないのだ。近づく方法がわからない。話しかけたとしても逃げられるのが落ちだろう。額に手を当てて俯いてしまった客人にエリザベスはくすくすと笑う。綺麗なオレンジ色の紅茶を差し出し、脇にティースプーンとシュガーを置いた。


「一先ず、こちらを飲んで落ち着かれてはいかがでしょう」

「………。」

「焦っても空回りするだけですよ? そんなの、私の知る純也様らしくないのではありませんか?」


何もかも見通されているような気がして、自分が情けなくなる。純也は顔を上げてゆっくりとした手付きでシュガーを紅茶に入れてスプーンでかき混ぜる。一口飲めば荒れていた心が静んでいくように思えてほっと息をつく。


「……うまいな」

「最初は中々、お口に合う味にならず苦戦していたと言うのにやればできるものですね」

「最初は味がなかったからな」

「それは今の成果に免じて忘れるよう願います」

「……なんだそれは」


エリザベスの言葉に思わず笑みをこぼし、肩を震わせて笑う。青い部屋の住人はそういうことを気にしないと思っていたので、驚かされたのだ。そんな彼の様子にエリザベスは一瞬目を見開いてわずかに感情を表した。純也に見られることなくすぐに感情を引っ込ませて優雅に笑う。


「あぁ、そうしよう」

「ありがとうございます」


その後、会話は無かったが二人の顔は穏やかだった。基本休憩時間は長い時間取られる。長い時間探索を行うと体に疲労が溜まるのはもちろん、ペルソナを召喚するのに支障が出てくる。いくら保健室で回復できるとはいえ、気持ちの問題もある。戦いばかりしていては気が滅入ってしまうだろう。それを考慮して、休憩時間は長い。

その長い時間を使い、純也はエリザベスのもとを訪れている。その事を知っているものがいるのか彼女はふと疑問に思った。


「純也様」

「何でしょう」

「こちらにいらしていることは、誰かにお伝えしているのですか?」

「…………一応」

「間が気になるのですが。どなたに?」

「…天城」

「おや、てっきり瀬多様に伝えているのかと思えば天城様でしたか」

「口堅いから」

「まぁ…確かにそうですね。瀬多様や花村様は口を滑られそうですし」

「いや、そういう訳じゃない。あの二人、み………、あの人たちと一緒にいる割合が一番多いんだ」


み。言いかけた言葉がいったいなんなのか、エリザベスにとっては容易に分かることだった。口では強気でいるものの実際は恐がっている。知らない自分を彼らに見せたくないからだ。そうしてしまえばきっと、昔の小さな彼と見比べてしまうだろうから。


「(こちらは依頼にでも致しましょう)」


残りの紅茶を飲み干し、立ち上がったエリザベスを純也が見上げる。その目には、少しの不安が混じっていた。

エリザベスにとって大事なことは客人である湊の旅路を見守ることだ。だが純也に出会ってからと言うものの、気になって仕方がない。しっかりしているようで押せば簡単に倒れてしまいそうなほど細い体に、強そうに見えてボロボロに弱っている精神。

誰にも心の内を見せない、頑固な意思。隠したがる真実。


「(そして…恐れ)」


エリザベスが知らない旅の終わりを、目の前にいる彼は知っているのだろう。それを話すことは絶対にしないだろうし自身から聞き出すことはあり得ない。心の内に潜む闇は、じわじわと、ゆっくりと確実に純也を黒く染めている。

その闇は、エリザベスの客人、有里湊と、その仲間、荒垣真次郎を見た瞬間に大きくなったのだが。


「さぁ、そろそろお時間ですよ」

「……早いな」

「楽しい時間はすぐに過ぎ去るものです。感じ方によって時の流れる感覚が違う…不思議なことですね」

「……そうだな」


きっと、今の彼は時間が過ぎるのが遅すぎると感じているのだろう。立ち上がると腰に着けたガンベルトに装着されている召喚器が揺れる。


「ご馳走さま」

「お粗末様でした。またお越しくださいませ」


食器はエリザベスが洗うと申し出、仲間たちの元へ帰っていく純也を見送る。その背中は大きく、しかし今にも崩れ落ちてしまいそうだ。
エリザベスはわからない感情を胸に、ティーセットを片付け始める。


「(どうか、笑えますように)」


出来れば、お客人方々と共に。






end
(青い住人の願い)

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