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純也の笑顔が、だんだんとぎこちないものになっていくのがよく分かる。最初は何ともないように、普通に笑っていたけれど先に進めば進むほど笑わなくなった。笑ったとしても、本当に作り笑い。あと、地図を書くのに夢中なのかわざと夢中なふりをしているのかは分からないけれど、会話に混ざることが無くなった。
「純也ー肉食べたい」
「…なんで俺に言うんだよ」
「お腹空いて動けない」
「連れてけってか?というかここ肉なんてないし」
この文化祭に、肉を販売してるお店はなくてお肉不足。わざと駄々をこねると困ったように眉を潜めて、だけど優しいあんたはあたしの腕を優しく掴んで立たせてくれた。
「たこ焼きか焼きそば。アイスもある」
「おごってくれんの?」
「誰がそんなこと言った。連れていってやるだけだ。自分で買え」
冷たい目。でもその奥にあるのはあたしたちへの思いやり。顔に出していなくても湊くんたちのことが気になって仕方がないくせに、自分から1歩引いて逃げてる。受け入れてくれなくてもいいとか、そんなこと思ってるんだろうな。
「たこ焼き!」
「お前の食欲と玲の食欲、どっちが勝つんだろうな」
「えっ…そりゃあ、玲ちゃん…でしょ」
「肉になったら里中の方が勝つだろうな」
「はぁ!?」
「好きだろ、肉。お前の肉食べてるときの姿は幸せそうで好きだ」
「へっ?」
「俺もあれくらい食べられたら、良かったんだけどな」
あ。と純也の言葉の意味を理解した。一度は栄養失調で倒れた純也は、あまり食べることがない。食べられないことないけれど、食欲がわかなくて食べる気になれない。食べることが好きなあたしには、簡単にそれを理解することができなくて悩んだ。そりゃあ、授業中の質問に答えられないくらい。
「美味しいでしょ、肉」
「脂っこい物は食べない」
「アイスは?」
「パス。甘ったるい」
「たこ焼きとか」
「…胃が重くなる」
弱々しく言った。首を横に振って、食べることを拒否した純也は少し困っているみたいで、これはもしかして、弱いところを見せてくれているのかななんて勝手に思った。
強がりなあたしの友達。ちっとも弱気なところを見せてくれない。それはみんな、あたしたちを困らせてしまうからって理由。自分のことなんて後回し。最悪自分のことを放り出してしまう。
自分を大事にできないのって、自分を守ることができないことだよね。それって、苦しいよ。自分のことまで敵にしちゃったら、倒れちゃうよ。
せめて、あんたが大好きな人たちとだけでも、笑ってよ。
「里中、どっか痛いのか」
「え?」
「腕、強く掴みすぎたか。ごめん」
「別に平気だけど…突然どうしたの?」
「泣きそうな顔をしてた」
「…あたしが?」
無言でうなずく。
「そりゃ…あんたが、笑わないから」
「俺?」
「ちゃんと話しなよ。ちゃんと向き合いなよ。逃げないでぶつかったら?」
「何の話」
「美鶴さんたちのことだよ! あんただって分かってるでしょ!」
赤い目が大きく見開いた。構わず言葉を続ける。
「本当は辛いくせに、なんで我慢しちゃうの。なんで仕方がないって受け入れちゃうの。俺だって、騒ぎなよ。寂しいじゃん。大切な人たちなのに他人みたいに接してさ、苦しいくせに強がんな!」
「…だけど」
「っバカ!」
また拒絶しようとした純也の頬を叩いた。手のひらがじんじんして痛いけど構わなかった。叩かれたことに呆然として、頬に手を当ててあたしを見るその目は揺れていた。
「我慢しないでよ。ガキみたいに我が儘言いなよ。あたしは絶対に笑わない。あんたがなにを言おうと、笑わない」
「…里中」
「だから、言いなよ」
少しの沈黙。そして、純也は一度伏せた顔を上げた。その瞳には光があって、真っ赤に腫らした頬を気にしないであたしに笑った。作り笑いなんかじゃない、微笑だけどそれでいい。
「里中。頬痛い」
「…ご、ごめんさすがに強く叩きすぎた…」
「でも。ありがとう」
「お安いご用!」
「とりあえず保健室行ってから…」
「…えーっと、そんなに痛い?」
「痛い。怒ってないけど、ちょっと我慢できない。でも謝らなくていい。お前は間違ってないから」
なんだか今は、こいつと一緒にいるのが楽しく感じられて。保健室まで一緒に行くことにした。
end
背中を押したのは戦車。