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本当に偶然だった。
考えたいことがあったから、近くにあった空き教室に入っただけなのに。

開かれた窓から入った風がカーテンを靡かせ、それは窓側に座って眠る彼の頭を撫でていた。机に突っ伏して眠っている赤い髪もさらさらと揺れている。吸い寄せられるように、起こさないように静かに近づいた。

机の上には、書きかけの地図と芯が出しっぱなしのボールペンが投げ出されていて、書いている途中で寝てしまったことが安易に予想できた。


「(あ、れ…?)」


少しだけ。本当に少しだけ髪に触れようとしたとき、閉じた目が見えた。整った白い肌には目立つ、腫れている目。睫毛には、少し水が残っていた。


「(泣いてたの…かな)」


枕がわりにしている服の袖が、濡れている。
誰にも見られないようにするために、もしかして、嘘をついてここにいるのだろうか。
迷宮を出るなり彼は地図が書き途中だから書いてくると言って姿を消した。あとを追いかけようとしても、人混みに紛れてすぐに見失ってしまった。

君は相変わらず逃げるのが上手だね。

いや。


「逃げているのは、僕の方だね…純也」


真っ赤な髪に指を通し、かきあげて目元に軽くキスをした。睫毛に残る涙をぬぐってやると、さすがに意識は浮上する。


「………?」


震えるまぶたが開き、赤い目が現れる。鈍い動きで顔を少しだけ上げると僕の顔をまじまじと見つめた。


「おはよう…純也」

「……あ、りさと…せんぱい…?」

「…うん」


寝惚けたその表情が、重なる。
ずっと押さえ込んでいたものが弾けたように、躊躇いもなく触れた。ボーッとしている彼の額に自分の額を当てると、まるで猫のようにすり寄ってきてずるずると滑り、肩に顔が埋まると止まった。


「…オハヨウ…?」

「おはよう」

「…ん、え…あれ?」


状況を把握できていないようで、徐々にハッキリしてくる意識は混乱しているようだった。
勢いよく離れると(とても残念)、彼は自分の顔を何度も触る。特に髪の毛と目元を。そして今度は僕のことを恐る恐るといった様子で見た。
そして、何故か顔を真っ赤にして気まずそうに目をそらした。


「……、…いや、その」

「…どうしたの?」

「こ、来なくて…!」

「顔赤いよ?」

「き、気のせいだ!」

「…ほんとに?」

「っ」


残念ながら、椅子ごと後ろに下がったがもう壁だ。逃げられない。唇が触れてしまいそうなほどの距離まで近づくと、息を飲んだ。


「唇、少し荒れてる」

「ち、ちかい」

「……純也」

「近いよ…」

「イヤ?」

「……嫌じゃ、ない」

「そう」

「………!」


お互いの息がかかるほどだった距離が、ゼロになる。今の今まで、距離をおいていた自分を殴りたくなった。こんなに泣いてしまうほど放っておくなんて、バカだった。

触れるだけにして、結構長い時間が経ってから離れた。


「は、ぁ」

「…純也」

「―――っこ、の!」

「いたっ!?」

「酸欠になる!」

「えっ、そっち?」


他に何がある!と涙目でぐいぐいと僕の髪の毛を引っ張る。離せと言うほど痛くはないんだけど、子供か君は。…いや、僕もか。そうだ、今この時間では同い年か。


「……でも」

「ん?」

「…あ、ありがとう…ございます」

「何が?」

「…信じてくれたこと」

「いや。それは…僕が、悪かった」

「……湊さん」

「?」

「もう1回だけ、してくれたら許すから」

「…いいよ」


なにもせず過ぎてしまった時間を取り戻すように、僕たちは口づけをした。






end
(再会のくちづけ)

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