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「…ここです、運転ありがとうございました」

『どういたしまして。ま、帰りも私の運転だけど』

「…、帰りもよろしくお願いします」

『はいよ』


車から降りると、標高が高いだけあって少し寒かった。
夜になればきっと綺麗な星空が見えると思う。


『…ここ、プラネタリウムもあるんだ』


車のキーを仕舞いながら俺に続く彼女。


「よく解りましたね」

『天文台に半球体の建物があったらそう思って当然でしょ』

「…確かに」


実際プラネタリウムはある。季節に合わせた上映もするし、宇宙にまつわるエピソードを映す時もある。


「あ、もうじき開演しますよ」

『ふーん』

「…見に行きませんか」

『ふふ、行こう』


その時の彼女は、悪戯が成功した時の子供のような笑い方だった。
俺が誘ったのに案内板を見て先を進んでいく彼女を追い掛ける。


『…貸し切り、かな?』

「…みたいですね」


普通はクリスマスに合わせるだろうからか、ドームにいるのは二人っきり。


「本日は冬の星座案内ですが、お二人だけですのでリクエストがあればお応えしますよ」

「…俺はそれでいいですけど」

『もし可能なら、天球を25日に合わせて、音声を切って頂けませんか』

「?、構いませんが…」

『あと、よろしければレーザーポインタも貸して下さい』


何か解ったような職員が、笑顔で器具を渡して"動かしたくなったら声をかけて下さい"と話している。


「雨月さん、何を…?」

『いや?ただ君に、星空案内をしてあげようと思ってさ』


プラネタリウムの最後座席へ俺を促し、彼女はその隣へ立った。


『…クリスマスは一緒に過ごせないから、せめて聖夜の星空を…ね』


そして、俺が口を開く前に照明が落ち、彼女が上を向いた気配に合わせて首を向ける。


『…さて、空気の澄んだ冬の夜空。南の空に輝く三ツ星、オリオンの姿が有名でしょうか。左上の赤い星はベテルギウスといい…』


彼女の声は流れるように、俺の耳へ滑り込む。
語りはじめた彼女はどこか別人のようだった。 
いつもの淡々としている声色や口調ではなく。星の世界に引き込まれてしまうような、穏やかな声色と抑揚。

その声は、冬の大三角を示し、冬のダイアモンドをなぞり、神話の世界を辿った。












『…以上で星空案内を終了といたします。ご静聴ありがとうございました』


彼女が締め括ると、ドームの照明がゆっくり戻り、俺は思わず拍手をした。
ドームの操作をしてくれた職員の方も拍手をしている。


『…我が儘を聞いて頂きありがとうございました』

「いえいえ、こちらこそ。いいもの見させてもらいました。職員になって頂きたいくらいです」


器具を返す彼女はそんなやりとりに困ったように笑いながら応じる。


「…ありがとうございます、素敵なクリスマスでした。本当に星空好きなんですね」

『…つい懐かしくなって、やりたくなっちゃったんだ。私、高校時代は地学部でさ』


ドームの中心に据えられたプラネタリウム本体を見上げながら彼女は呟いた。

小さい時に家出をして、その時に見た星空に惹かれたこと。
それをきっかけに地学部に入り、天文気象・地質地理などに興味を広げたこと、詳細ではないけれど自分の事を話してくれた。


『…だから、私は星も気象も化石も地理も好き。それしか趣味がないから、周りとは合わないけどね』


徐に俺の隣へ座った彼女はやはりプラネタリウムを見つめているけれど、どこかもっと遠くを見ているようだった。
次の開演時間まで開放されるドームの中、職員の方もいつの間にかいなくなって二人だけ。


「――俺は星も好きだし、雨月さんに教えてもらって化石とかも好きになりました」

『…』

「だから、雨月さんが一緒なら気象も地理も、貴女が好きなものなら何でも好きになれると思うんです」


目線をこちらに向けて、続きを待つような彼女。俺は立ち上がって彼女に手を差し出した。


「…でもそれは、雨月さんが好きだからで…その、よければ俺と、付き合って下さい!」


正直、下げた頭をあげるのが怖い。断られたら帰りの車中だって気まずい。
でも、伝えたかったし、何となく断られない気がしていた。


『…私さ、付き合うとかよく解らないんだ』

「…」

『でも…君の事は好きだから、君が教えてくれるなら』


差し出していた手に、握る感触。


「っ!も、もちろんです!」


反対側の手も添えておもいっきり握り返した。


『…ちょっと、痛い』

「あっ、すみません!」

『あと顔、緩みすぎだから』


不機嫌な声色とは違い、彼女の表情は穏やかな笑みさえ浮かんでいて。

やっと


"告白はムードと場所、しっかり選んで下さいね"


と言われたのを思い出した。

(プラネタリウムなら、十分だろ)






『さて、次どうしようか。王泥喜君』

「えっと、人口衛星とかの模型もありますよ。行きませんか」

『うん、見たい』

「そ、その…手を繋いだりしても…」

『どうぞ。こんな手でよければ』

「俺は…雨月さんの手がいいんです」


それっきり。
彼女は無言になってしまったけれど、繋いだ手を強く握り返してくれた。


横目で見た彼女の頬は赤く染まっていて

それが寒さのせいじゃなければいいな

なんて思った。






(素敵なクリスマスプレゼント、ありがとうございました)

(あれ、何か渡したっけ)

(プラネタリウム…てっきりそうだと)

(ああ。だったら君もくれたよ)

(え?)

(告白。あと手も繋いでくれた)

(…嬉しいプレゼントになりましたか?)

(うん。…ありがとね)






Fin








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