赤の似合う君と
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「……涙は涸れないのかもしれないな」
私の頬を伝っている涙を、指で拭いながら彼はそういった。
かれこれ30分泣いたのに、未だにぐずつく涙腺には私自身驚いている。
『っ、干からびそう…』
「紅茶を煎れようか」
『ん…ありがとう』
抱きしめていた腕を緩めて、髪を一撫でしながら彼は立ち上がる。
なんとなく寂しくなったけれど、大人しく座って待っていた。
しばらくして、ふわりといい香りが鼻を掠める。
「落ち着いたか?」
『…少しは』
その紅茶の香にさえ目頭がじんとしてしまって。
ミルクをいれる手が震える。
「貸したまえ」
カップとミルク入れを取り上げられて、彼の手で完成するミルクティーを見つめていた。
一緒に紅茶を飲んだのは一ヶ月、いや、もっと前だったのに。私がいつも飲んでいるのと同じだけのミルクが注がれていく。
じんわりと心に滑り込んできた暖かいものに、想わず微笑んだ。
「やっと笑ったな」
『ふふ、嬉しくて』
隣に誰かが。いや、彼がいるということがこんなに幸せだなんて。
離れた時間、彼の心の中に居れたことがこんなに嬉しいだなんて。
想像もつかなかった。
「…雨月」
『なに?』
おさまりかけた涙を拭って彼を見れば、また私の左手に目を向けていて。
労るようにその手を取られた。
「痛かっただろう?」
『まあ…。その時はそれどころじゃなかったけど』
「貴女に傷をつけた償いをさせて欲しいのだ」
『ちょ、償いって…大袈裟な…』
「それでも、受け取ってもらいたいのだよ」
するり。
指を何かひんやりしたものが通って。
左手の薬指に銀色が光っていた。
「私の気持ちだ。貴女に対する償いと、尊敬と、憧憬と、愛情…」
『怜…侍、』
「私と、結婚して欲しい」
私の涙腺は再び決壊した。
溢れてくる涙でうまく声がでなくて、必死に首を縦に振る。
そして、何とか呼吸を整えてから彼を真っすぐ見る。
『ふつつか者ですが、末永くよろしくお願いします』
彼は一瞬目を見開いて。
それから、優しく微笑んだ。
「こちらこそ」
なんだか緊張が解けてしまって。顔を見合わせればクスクスと笑みが零れる。
『凄く嬉しいっ…』
「…結局、貴女は嬉しくても泣くのではないか」
笑いながらも目尻から溢れた涙を、彼の指が掬う。
『泣いていいって言ったの怜侍じゃない』
「確かに言ったが、本当に干からびそうだな」
彼は微苦笑を浮かべて私を抱きしめた。
「次の休みは…貴女のご家族に挨拶がしたい」
『私も、君のご両親に挨拶に行きたいな』
お互いに、返事をしてくれる家族はいないけれど、そう言い出してくれた彼。
嗚呼、また涙が出そうだ。
後日。
私は御剣家の墓の前で。
『お義父さん、お義母さん。ふつつかな娘ですがよろしくお願いします』
彼は羽影家の墓の前で。
「お義父さん、お義母さん。娘さんを必ず幸せにします」
それぞれの言葉を口にした。
((お父さん、お母さん))
((素敵な人に出会えました))
((産んでくれてありがとう))
心の中で思ったことは、きっと同じ。
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