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「……ちょっと、休憩しませんか」

『あ、そうだね。お昼の時間も過ぎたし』


彼女は、掃除に関してスパルタだった。
本当、某巨人漫画の人類最強みたいに。


「昼飯になりそうなもの…カップ麺でいいですか?」

『ありがと、全然いいよ』

「味噌か豚骨ですけど」

『味噌で!』


俺が電気ケトルで湯を沸かし始めると、彼女はテーブルを拭いてくれていた。

(まさか、午前が洗濯とカビ取りで終わるとは…)

真っ先にやったことが、カーテンの洗濯。そして風呂場と台所の漂白。
浸け置きしなきゃいけないもの、時間のかかるものからやってくれたんだけど、これが中々徹底的。
風呂場は天井から排水口まできっちり掃除され、今は防カビの薬剤を霧散しているとこ。
台所はまな板やコップは当然ながら、全ての食器と調理器具が漂白・熱湯殺菌された。
カーテンの洗濯をしたのはいいが、干せる場所が少ないので他の洗い物が洗濯機でまだ待っている状態。


『午後は暖かいうちに窓とベランダかな。余裕あれば玄関』

「部屋と台所の掃除までいかないですね…」

『明日も掃除だねー。明後日は私の部屋の大掃除だし』

「え」

『あれ、言ってなかったっけ』


粗方終わってはいるけれど、力仕事や模様替えを手伝って欲しいとのこと。
その代わり、俺の部屋の大掃除を手伝う…ということだったらしい。


「言ってないですよ。まあ、そのくらい全然構いません。どんと来いです」

『はは、頼もしい』


カップ麺をペロリと平らげて彼女は箸を置く。
そうだ、この人よく食べるんだ。


「えっと、おかわりします?」

『大丈夫。満腹になると行動したくなくなっちゃう』

「あー、それ解ります」


でも、取り敢えず今の分で足りたらしくて。残ったお湯で淹れたお茶を飲むと早々に腰を上げた。


『さて、続きやろうか?』










12月29日

(お、終わったぁ…)

翌日も朝早く来て大掃除をした。
2日がかりで行った分、今までになく綺麗だ。自分の部屋じゃないくらい。

また明日、と帰っていく彼女を見送って思い出したのは、出しそびれたウサギのスポンジ。


「…明日、持っていこう」


彼女はどんな反応をするだろうかと、ちょっと想像してにやけてしまう。
きっと、喜んでくれるはず。





12月30日

簡単な荷物を持って彼女の部屋へ訪れる。
大体終わってるというだけあってどこもかしこもピカピカだ。


『ありがとホースケ、いやぁ換気扇が外せなくて…冷蔵庫の裏とかさ』

「大丈夫です!まかせてください」


大きめの換気扇は、確かに外す人と受けとる側がいないと大変だろう。そのまま掃除するには洗剤が垂れて汚いし。


「そうだ、これ…雨月さんに」

『ん、スポンジ?ありがと、早速使わせて…ぅ』

「?」


そこで、例のスポンジをヒヨコのスポンジと一緒に渡した。
受け取った彼女は封を開けて暫し困っている。


『これを、油まみれにする勇気はないなぁ』


そして、シンクの脇にそれらを並べた。


『可愛いね。……好きだけどさ、勿体なくて…なんかごめん』

「いえ、なんかむしろ、嬉しいです」

『なによー』


今日は掃除する箇所が少ないせいか、ゆっくり掃除ができて。
相変わらずのカップ麺ランチもゆっくりできた。
最後に、移動させたものを元に戻して終わり。


『ありがとね、ホースケ。来年もどうぞよろしく…よいお年を』


夕方の玄関で彼女はそうやって俺を送り出そうとする。

俺は思わず


「明日、一緒に年越さないんですか?」


と言ってしまった。
俺の早とちりだったのか、俺だけがそう思ってたのかとか、言い切ってから色々思ったけど。
彼女はにんまり笑って俺に飛び付いた。


『その言葉、待ってました!』


なんだよ、俺に言わせたかったのか。
してやられた。そう思ったけど、もう、可愛いからどうでもいい。本当可愛い。


「俺が来ます?雨月さんが来ます?それとも二年参り?」

『んー…うちにおいでよ、うちのがこたつ広いから。あ、でも牛丼の食べ納め行きたい』

「お言葉に甘えて。じゃあ、お昼は牛丼にしてそのまま蕎麦も買いにいきましょう。お餅と、お節も気持ち」

『賛成ー。じゃあ、お昼頃迎えにいくよ』


大掃除の疲れが嘘のように暖かい気持ちだった。自然に笑顔が零れて止まらない。

いやぁ、部屋に戻ったら爆睡だったんだけど。








12月31日


彼女が迎えに来てくれて、行き付けの牛丼屋で昼食。
それから、大型スーパーへ。

彼女たっての希望で生蕎麦。それから値引きシールの貼られたお節と刺身、お餅。飲み物やお菓子をカゴに入れてレジの長蛇の列に並ぶ。


『いやぁ…年末なんて久しいけど、こんなに賑わうんだね』

「そうですね、俺も外出久々なんでびっくりです」


やっと買い込んだ食材を手に帰路についたのは夕方。
大晦日の特番をゆっくり見たいからと早めの夕飯になった。


『ホースケ、暖かいのと冷たいのどっちがいい?』

「えっと、冷たいので」

『了ー、せいろ蕎麦ね』


ちゃきちゃきと調理する彼女に驚いて、こたつで背筋を伸ばして正座していた。


『ぷ……っくく、ホースケ、借りてきた猫みたいだよ…ぶふっ』

「あ、その、雨月さんが料理するとこ初めて見たので」

『あー…いつもラーメンか牛丼だもんね』


料理、嫌いじゃないんだけどめんどくさくて。
と、苦笑いしながら彼女は蕎麦を運んできた。
器はお店で見るような竹すのこのついた蕎麦皿で、汁をいれる器も綺麗な模様が入っている。それから、蕎麦湯を入れる徳利と、そばつゆを入れる漆喰の容器。


「…こだわり過ぎて面倒なんじゃ?」

『うーん、この料理はこの皿…って思ってるから、皿がないと料理できないの。うちには食器少ないしさ。こだわりというか融通がきかないのかな』

「じゃあ、来年は一緒に食べたい料理と、それに合う食器探しにいきましょう」


歳を越す前に、彼女のことを一つ知れてよかった。
そう思って彼女に笑いかければ、彼女もはにかむ。


『そうだね、よろしくお願い』

「はい、こちらこそ」


蕎麦を啜って、蕎麦湯で締めて。
お笑いを見ながら蜜柑を摘まむ。

和やかだなぁ、暖かいなぁ。


『…ホースケ、眠い?』

「へ?」

『ぼーっとしてる』


23時55分、彼女は俺の頬をつつきながら目を覗き込んでくる。


「いえ。ただ、誰かと歳を越せるのは幸せだと思って…一人よりずっといいですね」

『ふふ、そうだよね。一人よりずっといいよ。ホースケがいてくれてよかった』

「雨月さん、居てくれてありがとう。俺と居てくれて、ありがとうございます」

『ホースケ、どうしちゃったの?…っ!』


そんな彼女を抱き締めて、今年一年を、俺の生きてきた時を思う。
色んなことがあったし、色んなものを失って、色んなものを得て。色々迷って色々決断して。
まだ不安定なものを抱えながらでも、俺は折れずにここに在る。

王泥喜法介は、大丈夫。


「貴女と出会えた今年が終わっても、貴女と過ごす来年が待ち遠しいくらい……大好きです」


カチリ、と。全ての針が天を指した。


「今年も、よろしくお願いします」


腕の中の温かい体が呻き声を上げて、ぎゅうっとしがみつく。


『……うぅ、よろしくお願いします……それから……ぐぅっ…私だって大好きよ!馬鹿ホースケ!!』


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