Special

□ぐつぐつ
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腸[はらわた] が煮える、とはよく言ったもので。
腹の底がグツグツと音を立てるのが聞こえるほど苛立っていた。

…些細なことだ、別に。


「あの子、意外とカワイイな」

「わかる、どんくさいけど一生懸命なトコ」

「にしても本当に下手だな(笑)」


体育祭の最中。学年・種目別クラスマッチに参戦したり観戦したりしている。
その一端、“彼女”が参加している女子バスケを応援にきたところ、隣から聞こえた会話。

確かに、彼女は運動音痴で基礎体力もない。
ボールをドリブルするどころかパスを受けることさえ儘ならない始末。
それでも、男子バスケ部のマネージャーをしてる経験値から、味方の邪魔にならないところへ避けたり、逆に敵のパスの邪魔になりそうなところへ走ったりと何か役に立とうとしてるのは解る。

それを「可愛い」と思って眺めているのは俺だけでよかったのに。
嘲笑も含めた軽い「カワイイ」を他人が評したのが気に入らなかった。

……どうしようもないんだ、だって。

彼女と付き合ってるのは部活のメンバーしか知らないし、その他に知らせるつもりもないから。
俺の女だとも知らずに軽口叩かれるのは、しょうがない、けれど。


「はなみゃー?そんなコワイ顔で応援されても嬉しくないと思うよー?」

「…応援するのに決まった顔でもあんのかよ。ニコニコ手を振れってか」


悶々としていたところに茶々を入れに来たのは原。
違うクラスだし、対戦チームのクラスでもない。
コイツは毎年クラス関係なく、フラフラとその時面白そうな種目を見に行くタイプだ。


「そこまで言わないけど(笑)ってか花宮の6組って外で俺のクラスと男子がサッカーもやってるでしょ。わざわざ女子バスケ見に来るってのはさぁ?」

「……チッ」


原の言う通り、サッカーも現在進行形。
でも、あっちは女子が応援に行ってるし。そういってクラスの男どもは女バスを見学に来たわけだ。
「現在所属してる部活の種目は参加不可」のルールはあるが、中学の時にバスケ部で現状違う部活の4人と。「マネージャーは例外」のルールのもと数会わせを押し付けられた男子バスケマネージャーの彼女のチーム。
前者4人は当然バスケができるけれど、彼女はからっきしだ。
『ど、ど、どうしよ…クラスマッチ、バスケになっちゃった…!』
種目決めをした日の夜、涙目で嘆いていたのは記憶に新しい。
運動音痴なのは彼女自身よく解っていて、一番チームに迷惑をかけない「卓球」「バドミントン」、もしくは人数でカバーできる「ソフトボール」を希望してたのに、どれも叶わなかったのだ。
バスケといえば、コートを延々と走り続けないといけない上に、ボールも扱わなければいけない。持久力も瞬発力も筋力もない彼女にとっては『見る競技』であって『プレイする競技』としては天敵も同じ。

その種目決めの段階で、腸[はらわた]は既にグツグツと音を立てていたんだ。
嫌だと言いきれなかった彼女のイイコちゃんぶりにも、彼女の言い分も聞かずに種目を押し付けたクラスメイトにも。


「…だからさぁ、その顔は応援してないんだってば」

「そうだな。応援はしてない」

「うわ、開き直った」

「応援されても出せるのは実力だけだろ。アイツはそもそも出すだけの実力もない」

「その通りだけど、カノジョに対して辛辣じゃね?」

「静かにしろ。俺は今、どうやってアイツをこの群衆の視界から隠すか考えんのに忙しいんだよ」


原は、膨らませていたガムを割って「うわぁ」と声を漏らす。未だに隣の奴らは彼女の覚束ないバスケを笑っては「カワイイ」とか言っている。クッソ、今すぐ蹴り飛ばしたい。

その矢先だ。
彼女が下手ながらに相手のパスを遮ろうと飛び出して、易く躱されたあと、盛大に転んだのは。


「っ!!」


散々転ばせてきたから解る。あれは本当に事故。
けれど、彼女の足は。


「…花宮?おーい。…聞こえてないな、あれ」


踞ったままの彼女のもとへ、まっすぐむかっていって。
ざわざわと集まるチームメンバーの中、立ち上がれずにいる彼女が驚いたようにこちらを見た。


「…挫いたんでしょ?大丈夫?」


外行きの仮面をギリギリ着けて、彼女に合わせて屈んだあと、返事も聞かず肩を抱える。


『え、あ、はなみや、くん?』

「ああ、立つのも辛そうだね?抱えるよ」

『ひ…っ!?』


周りにも有無を言わさず、引き寄せた彼女を支えて、そのまま抱き上げた。


「保健室までだから、我慢してね」


どよめくクラスメイトを無視して足早に体育館を出る。
彼女の方も顔を赤くして口をハクハクさせていた。


『まこ……花宮くん、大丈夫、ね、歩けるからっ』

「歩けても歩くな。大人しくしてろ」

『だって、はずかし…っ、ねえ』

「うるせえ。繕う余裕がないんだ、黙ってろ」


保健室までの道のりを歩きながら、ふと、保健室前が怪我人と付き添いでごった返しているのが見えた。
殆ど付き添いだろうことは予想がついたけれど、あの中へ彼女を連れてく気にもならず、彼女の足をこのままにするわけにもいかず、踵を返す。


『……どこいくの?』

「部室」


アイシングも湿布もまだ残ってるはず。
両手が塞がってるから雑に蹴り開けた部室で、彼女をそっとベンチに降ろした。
扉を閉めて、鍵をかけて。氷と湿布と医療テープを持って彼女の元へ戻る。


「痛むのは足首だけか」

『うん…右の、外側の方』


ゆっくり靴と靴下を脱がせて、足首と踝を撫でる。
ピクッと、痛みを耐えるように体を震わせた仕草が可愛いくもあり、苛立ちもした。
そもそも、バスケをしなければ怪我なんてしなかったのに。

その後は無言で、湿布とテーピングを施し氷嚢を添える。
……口を開いたら、腹の底で煮えてる何かが飛び出てしまいそうで。


『…ごめんね、迷惑かけて』


怒ってる、と感じたのだろう。
彼女は小さな声で、申し訳なさそうに呟いた。
違う。迷惑ではない。
この後クラスで何て言われるかは面倒だが、別にそれはそれだ。彼女を外野の視線から奪えただけで割りと満足はしてる。

そう思ったら、腹の底からしていたグツグツという音は小さくなっていった。


「…別に。大したことなくて良かった」


結果的には、彼女の苦手な競技から離れさせることができて。群衆の目から拐うことができて。
怪我をしたのは、正直、是とはし難いけれど。悲しみや切なさとは別に、純粋に痛みで歪んだ彼女の顔が見れたのは存外良かった。自分の性根が曲がってるのは今更だが、こんなことで再認識するとは。

胸中で自嘲しながら、熱の引けてきた足に再び靴下と靴を戻す。


「立てそうか」

『…。うん、大丈夫そう。ありがとね、真くん』


右足に負荷が掛からないよう、バランスをとって立ち上がった彼女に手を貸して。
ゆっくりなら歩けそうだと笑う彼女に、ちょっと悪戯。


「なんだ、家まで抱えてってもよかったのに」

『そ、れは、はずかしいから、ダメ…』

「じゃあ、もう少し」


貸した手を、引き戻す。
カクンと膝の折れた彼女の背中を支えて、抱き締めた。


『…!ま、こと君?』

「だから、繕う余裕がないんだ。黙っててくれ」


足に体重が掛からないよう、目一杯抱き寄せて、息を吸う。


(……結局、只の独占欲なんだよな)

(どうせ教室に戻らなきゃいけない)

(関係が恋人だとか幼なじみだとか明かすつもりはないから)

(今だけ。もう少しだけ)


言葉にならない蟠りをあやすように、彼女が抱き締め返してくれた。


(…独り占めさせてくれ)



**いつの間にか、腸の煮える音は静まっていた**



fin


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