Special

□ことこと
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料理の音が好きだ。

まな板と包丁の、ざくざく、とんとん。
焼き物のジュージュー、揚げ物のパチパチ。
オノマトペにし難い水の流れる音やガスの燃える音も、電子レンジや炊飯器の電子音も。

彼女がキッチンに立つと聞こえてくるそれらは、美味しい料理が並ぶまでの序曲。
彼女が、自分の為に奏でてくれるそれが、俺は内心とても好きだった。

中でも好きなのは


『もう少し待ってね、あとちょっと煮込みたいんだ』


スープの煮える音。

コトコト、と表すそれは小さく沸騰する気泡なのか、蒸気に当てられて動く鍋蓋なのか。
判別はつかないけれど、妙に落ち着く音だった。


「急かしに来たわけじゃねえよ」

『そう?ふふ、味見する?』

「ん」


カウンター越しに彼女の料理姿を見るのも好きだった。
鍋から湯気が立つのを見るのも、スープや出汁の匂いを嗅ぐのもいい。

差し出される小皿に口を寄せて。
予想通りの美味しさに感心する。


『どう?』

「うまい」


この鍋の中身は多分ポトフ。大きなカットのベーコンがゴロゴロ入っている。野菜も負けじとゴロゴロ入ってるが。


『良かった。あとは、スペインオムレツと米粉パン』


ああ、カチャカチャ鳴っていたのは泡立て器が卵を混ぜる音か。
彼女のスペインオムレツは、しっとり焼かれた卵の中にホクホクのジャガイモとジューシーなミニトマト、鮮やかなホウレン草がぎっしり入っていて、切り分けるとトロトロとチーズが溢れてくる。
米粉パンだって、ホームベーカリーで焼き上げた出来立てモッチモチ。軽くトーストしてカリカリサクサクの耳を齧るのもいい。


(彼女の料理は、音が、オノマトペが沢山ある)

(俺にとってASMRみたいなものかもしれない)

(小気味よい音、落ち着く音だ)


「お前のスペインオムレツはどっちかっつーと、閉じきれない卵とじだよな」

『え、具、多すぎる…?』

「いや好きだけど。スペインオムレツはこういうもんだと思ってたから、テレビで芋とベーコンだけのやつが映った時は別物かと思った」

『具材は何でもいいからね、この料理。人によっても時期によっても結構違いが出るんじゃないかな。私は、これが彩り綺麗だから作りがちだけど』


彼女はフライパンを器用にひっくり返し、厚みのある円盤形のオムレツを皿に移した。
それを再びフライパンへ戻して裏面を焼いている。

コトコトと煮えている鍋にはブロッコリーが追加された。


「ポトフも具材は何でもいいのか?」

『うん。大きめの根菜とキャベツとウインナーが主流だけどね。うちはベーコンが多いかな?根菜も芋と人参だけじゃなくて蓮根入れるし、ブロッコリーも割りと入れる。でも、あんまり和の野菜入れすぎると おでん に寄っちゃうかな』

「あー…そんな感じだな。おでんも英訳する時は“Oden”ってそのままか、説明するなら“Japanese Potofu”だし」

『へー。最近はおでんにもウインナーとかトマトとかロールキャベツ入ってるもんね。スープと煮物の中間?イイトコどりした食べ物って感じ』


コトコト。ふつふつ。
柔らかに煮える鍋の水面と、クルクルと手際よく調理を進める彼女を眺める。

彼女の作る料理は、全て俺のためだという自負が言わずともあるからこそ。
あの鍋が、ゆっくり熱を加えられて、じっくりと手間暇をかけられているところに。同じように愛されていると、心のどこかで陶酔しているのかもしれない。


(こういうのが、きっと)

(当たり前の幸せ…ってやつなんだろうなぁ)


決して当たり前ではないけれど。
いつまでも そこにあればいい と思う。


『真君、こういう料理好きだよね』


それを知ってか知らずか、彼女は楽しげに笑った。


『シチューとかポトフとか、煮物も鍋物も。味がよく染みてて優しい味の煮込み料理』


俺も同じように笑い返す。


「ああ。好きだ、とても」


その笑みに含むものを感じたのか、彼女は円い瞳を瞬いて、声を和らげる。


『良かった。好きでいてもらえて嬉しい』






**じっくりコトコト愛し愛され**


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