Gift

□群青
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幼い頃から、私にはちょっとした才能があった。
才能とも障害とも言えるそれ。
簡単に言えば、人の感情に敏感ということ。
視線や声色、仕草や表情、何とは無しに伝わってきてしまう。
相手が、隠している感情とか。気づかない振りをしている気持ちにすら。


(…だから、気になってしまった)


ジンという男は、自らに執着しない。
初めて会った時には、組織の為に生きていた。
自分の為に生きていなかったから、沢山の人を殺せたし、沢山の物を壊せたのかもしれない。
私には、それがとても痛ましかった。


「いらない」

『でも、』

「やるならさっさとしろ」


彼は、自分の腕を撃ち抜いてまで任務を遂行しようとする。
私は、その傷を縫合する医療部員で、組織お抱えのドクター。
他人を信用しない彼は、縫合に使う麻酔を頑なに使わせてくれなくて。歯を食い縛って処理が終わるのを待っていた。


『終わりました。暫くは毎日きてくださいね』

「来ねぇよ。仕事がある、暇じゃねぇんだ」

『…駄目です。その腕で仕事をするつもりなら、入院させますよ』


立ち上がろうとする彼を、衝動的に抱き留めた。
彼は咄嗟に、銃口を私の腹部に当てるが気にしない。


『こんな怪我をして、1日も休めないんですか。貴方が優秀なのは存じてます、代わりは居ないかもしれません。でも!医者だって、死んだ人を生き返らせることはできないんです。どうか、もっと自分を大切にしてください』


お腹を撃ち抜かれてもおかしくなかったけど。
彼は暫く沈黙して。


「…変わった女だ」


そう呟いただけ。私を引き剥がしもせず、ただ身を委ねていた。
翌日から、毎日消毒にもちゃんと来た。





それから、幾何か過ぎて。
両肩に防弾チョッキの上からの被弾と、左頬に弾丸が掠めた火傷をして彼は帰ってきた。


『…チョッキの上で良かったです。でも、内出血も酷いし、鎖骨も折れてますね。当分、安静にしてください』


火傷に塗り薬、鎖骨固定、痛み止の湿布に内服薬。
一通り終えて、彼の傷をまじまじと見てしまう。
白人だからか、内出血した赤や青の痣が良く映えて、痛々しい。肩も、胸も、脇腹も、全部。


『いいですか、安静ですよ。ちゃんと寝て、ちゃんと食べるんです。仕事なんて、させません』

「…お前はなんなんだ」

『お医者さんです。貴方の主治医、貴方を大切に想う人間の1人』


そっと、傷に響かないように彼を抱き締めた。
…沢山疲れてるのに、顔に出さないし、自覚もしてない。心の疲れに気づかない振りをしてるの、私には解ってしまう。


『……少し休んでいってください。そんな疲れた顔で帰せません』

「…おかしな女だ」


…自覚させてしまったかもしれない。
彼が、そっと背中に腕を回した。







話は変わるけど、私が組織の医者をしているのは、蒸発した親が借金のカタに売ったせい。
医師免許を持つ娘、に高値がついたのだとは思ったけど、まさか戸籍ごと売られてるとは思わなかった。
因みに借金先は今の組織ではなく、別の組。別の組から今の組織に売り渡されたから、多分借金自体はなくなってる。


「…借金がなくなっても、自由にはならねぇぞ。戸籍もないんじゃ病院勤務もできねぇし、組織から逃げようもんなら裏切り者として始末される」

『ええ。逃げる気はありません』

「ハッ、懸命だな。医者になったこと後悔してるか?」

『いいえ。医者になるのは幼い頃からの夢だったので。普遍的ですが、人の役に立ちたい、傷ついた人を助けたい…それは変わっていませんから』


それを聞いた彼…ジンは鼻で笑った。


「皮肉だな。てめぇが治してるのは、今までもこれからも、人の命を奪う奴だ」


そういって。


『ええ、解っています。わかって、いますけど。……私は此処にいます。貴方を、置いてはいけません』

「……」

『人を殺すことは赦されません。でもそれは、貴方が死んでもいい理由とは違います。貴方を警察に引き渡そうものなら、死を選ぶでしょう?上手くいっても、極刑でしょうし…なら、私は貴方が生きられる方法を選びたいのです』


今の心境を、思ったまま、ゆっくり紡いでいく。


『貴方が、貴方を大切にできないなら。私が貴方を大切にします。貴方が、貴方の為に生きられないなら、私が貴方の為に生きたいです』


左頬に焼き付いた傷が、痛々しい。
あれが、眼じゃなくてよかった、頭じゃなくてよかった、と。見るたびに思う。


「…おかしな女だ。 全く、なんなんだ」


そんな私を、今度は彼から抱き締める。
私は彼の背中に腕を回して、長い髪に指を絡めて撫でた。


『言ったでしょう、私はお医者さんです。』


多分、この日に私と彼の関係が変わった。








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