※カカイル短編※ 

□100mで恋をした
1ページ/1ページ



里にも春が やってきた。

うららかな昼下がり
太い木の枝に足を延ばして座るカカシは
半分ほど読み終えた本を膝の上で閉じ
澄み渡る青空を見上げた。

『裏山で少し体でも鍛えてくるかな…。このまま一日待機で終わりそうだし。』

そう考えていた時

『あれは…。』

50m程先から、この木の下の道を歩いて来る者がいた。

『イルカ先生だ。』

部下の恩師である、アカデミー教師の「うみのイルカ」だった。

視力聴力が優れているカカシは、イルカの姿が一目で分かった。

何やらフンフンと鼻歌を歌っている。

『相変わらずな人だねぇ。』

一応気配を消したまま、思わずクスッと笑ってしまった。

いつも元気で明るくて
子供に取っちゃあ、怖いけど優しい

カカシは そんなイメージを彼に抱いていた。

取りあえず 彼が この木の下を通り過ぎるのを待ってから
自分も移動する事にしようと決めた。

そして職業柄か、何の気なしに 歩いてくるイルカを観察していた。


アカデミーは午前中で終わったのだろうか
彼は急ぐ事もなく のんびりトボトボと歩いていたが
途中で立ち止まり、眩しげに額に手で日差しを作って空を見上げ

ピーヒョロと旋回する鳶を見てから目を瞑った。

どこからか鶯の声も聞こえてくる


イルカ先生は 空を見上げたまま まだ目を瞑っている

『何してるのかな。』

目の良いカカシには、彼の頭の上で結ばれた髪の束が
そよそよと風にそよいでいるのが見える

「 春だなぁ… 」

パチッと目を開け ひとこと言うと、再び歩き出す

『…春を“感じて”いたわけか。』

なんとまあ のどかな
でも あの人らしい

更に見続けていると今度は桜の木に近寄り、立ち止まって見上げていた。

桜は満開ではないが、可憐な花を咲かせている

「今年も綺麗に咲いたね。目の保養になるよ。ありがとう。」

イルカ先生は桜に語りかけ、ぽんぽんと木の幹を叩いていた。

「じゃあな。」

桜に別れを告げ、また歩き出す

『綺麗に咲いた桜に感謝してたってわけか。』

イルカ先生は尚も御機嫌に 此方へ歩いて近づいてくる。

さて、声をかけて挨拶をしようか どうしようか

そう考えているうちに 彼はカカシが居る木の下まで来た。

『挨拶は するべきだよね。』

そう 思った時

「 あ、土筆だ。 」

イルカ先生は またもや道端で立ち止まり、今度はしゃがみ込んでいた


どうやらカカシの木の下辺りに 土筆の群生を見つけたらしい

「おひたしにして食べられるんだよなぁ、お前ら。」

フフッと微笑み 指先で土筆の頭をチョイチョイと触っている

「…母ちゃんが作ってくれてたんだぞ。“イルカ、おひたしにするから袴取り手伝って”ってさ。」

声をかけようと思っていたカカシだったが
母親を思い出し、あんな切ない顔をしている人に声はかけられない‥と思った。

カカシは吸い寄せられるように、イルカの切ない表情(かお)を見ていた。

いつも笑っているか、怒っているか

そんな彼の顔しか知らない

何故だか彼を抱き締めたくなる衝動に駆られた。
と、その時

「さて!帰って仕事するかぁ。」

すくっと立ち上がり

「 またなっ!」

と、片手を上げて土筆に挨拶をすると再び歩き出した。


行ってしまう


イルカ先生は、カカシの木を通り過ぎ
てくてくと先へ歩いて行く。

彼の後頭部で髪の束が揺れる

『…何だろう。この気持ち。』

てくてく てくてく 彼の姿は遠ざかる

「 お !? 」

今度は急に立ち止まり

「こんな道の真ん中に居たら、踏みつぶされちゃうぞ。」

屈んで何かを手に取った。

カカシは目を凝らして摘んだ物を見る


「ほら、こっちの茂みに移動してやるから、もう道には出てくるなよ。」

そっと草むらの大きめな葉の上に乗せた其れは

『 蝸牛だ。』

少し大きめの蝸牛を放したイルカ先生は

「 じゃあな、元気でな。」

蝸牛にも挨拶をして
とうとう行ってしまった。



「 …やられた。」

カカシは、いつまでもイルカ先生の去った方向を見つめ

このイルカが歩いた約100mの間で
彼に心を奪われた事を知る







 



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ