≡ 連載もの・2 ≡
□雨は静かに降る8
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ツユさんに町を案内してもらった その夜
彼女は夕食の席に姿を現さなかった
何やら疲れ気味だからと、部屋から出て来なかったそうだ。
「うみの様には、申し訳有りませんとの事でございます。」
彼女の身の回りの世話をしているらしい女性が、俺に頭を下げた。
「いえ、ゆっくりお休みくださいとお伝えください。」
歩くのは苦にならないとか言っていたが、普段あんなに沢山歩く事もないだろう
何だかんだ言っても姫様だ、疲れても仕方有るまい。
夕食を済ませて 俺とカカシさんは庭を横切り離れへ戻る
「 …ひと雨来そうな雲なのに、なかなか降りませんね。」
玄関先で俺は立ち止まり 曇天を見上げる
「 いえ、そろそろ降って来ますよ。」
スンッと小さく鼻を鳴らして空気を嗅ぎ、カカシさんが言った。
「 あ。 」
俺の額にポツリと雨が
「凄い!カカシさん!言ったそばから…。」
ワクワクして…多分俺は目を輝かせてカカシさんを見ていたと思う
そんな俺を見て、ちょっと驚いたような顔をしたカカシさんだったが
にっこりと目を弓なりにして微笑み
「偶然ですよ。…可愛いね、先生は。」
そう ひと言残し、背中を見せて玄関の中へ入って行った
…可愛いね だなんて 全然 嬉しくなんかないぞ
ポリポリと鼻傷を掻きながら、俺も部屋へ入った
雨は 俺が風呂に入っている間に激しくなり 風も強くなっていた
湯船に浸かり 外の風雨の音を黙って聞いていると
何故だか後悔の念ばかりが胸に押し寄せてくる
『このまま…本当に このまま 』
俺は結婚してしまって良いのだろうか?
一生 妻を騙して 里に好きな人を残して
そのうち 慣れてくるのだろうか?
風呂から上がり 脱衣所に出た時
「先生、新しい浴衣…」
「 !!! 」
まだバスタオルを手に取っただけの俺と浴衣を手にしたカカシさんが鉢合わせになる
カカシさんはハッとして目をそらし「 失礼 」と引き下がろうとした
「 待って!」
咄嗟に彼の手首を掴み引き止めた 引き止めたが…
「え‥と。あの その‥浴衣…ありがとうございます…。」
「…いえ、どう致しまして。」
そっぽを向いたまま、感情の無い声で返事をする彼に少し寂しくなり
益々 掴んだ手首を離したくなくなる
「 風邪引きますよ。手を離して早く浴衣を着てください。」
「カカシさんは」
胸に広がる寂しさで、俺は聞かずにいられなくなる
「何故あの日、俺に告白したんですか?俺なんかの何処が…」
そこまで言ったところで、ふと『今更聞いてどうする?』と頭に浮かぶ。 だが
「何処が…良かったのでしょうか…。」
最後まで言い切った。言ってしまって少し楽になる。
「 イルカ先生…今更それ聞いてどうするの?俺を笑い者にしたいの?」
「 え? 」
くるりとカカシさんが此方を振り向き、俺の顔を見据えた
「 俺が…どんなに貴方の幸せを願っているか…先生は分かっていない。」
「 カカ…」
俺の幸せ?俺の幸せって…
カカシさんは、掴まれていた手首を俺の手から するりと抜き取ると
「さあ、浴衣を着てください。」
持ってきた浴衣を広げ、俺を包むように体に掛けてくれた
「 嫌です。」
「 ?せんせ…」
「俺の幸せって何ですか?知らない土地で、まだ顔を合わせたばかりの娘と結婚する事ですか!?」
「 !! 」
浴衣を肩に掛けたまま彼に抱きつく と同時に外で大きな雷鳴が…
「イル…」
「俺…カカシさんが好きです…。」
また ひとつ 雷鳴が
俺を嘲(あざけ)るかの如く大きく鳴り響いた
「今更って思うでしょう?でも俺…カカシさんの事が好きになって…」
「…おやめなさい。勘違いですよ。」
「 え? 」