捧げもの

□酔っぱらい
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夜の帳が里を包み、繁華街にも人の往来が増えて来た頃
とある小さな居酒屋のカウンターに、一人で徳利を傾けるカカシの姿が有った。
片手に持った猪口をゆっくりと口元へ持ってゆくと静かに酒を飲み干し
何かを思い出すようにひっそりと笑みを浮かべて。

『あまり飲ませ過ぎないようにしないと…。』

彼の脳裏に浮かぶのは、今まさに此処で待ち合わせをしている人物。
そして徳利の酒も底をつこうという頃に
カカシの待ち人は息を切らして店に入ってきた。

「カカシさん!お待たせしました!」
「イルカ先生、走ってきたんですか?」
「ええ、だって予定よりも遅くなっちゃって…。」

失礼します、とカカシの隣の席にヨイショと腰掛けると
カウンターの中の店主に声をかけた。

「俺にも酒を一本!あ、二本ください。…カカシさん、まだ飲みますよね?ビールにしますか?」
「いえ、今日は酒にしましょう。」

あまりアレもコレもという飲み方は避けようと思っている。
一緒に飲みに来るようになったのはごく最近なのだが
イルカはいつも割と早くから酔っ払ってしまうので
酒は好きだが、その酒に弱い人間だと言う事が分かった。
ただし酔えば酔うほどに可愛く… 明るく楽しくなるので
イルカに対して恋愛感情が芽生えつつあるカカシとしては
酒量をセーブさせつつ、ほどよく酔わせる… という細かい配慮も欠かさない。
イルカと一緒に飲めるなら、イルカと同じ時間を過ごせるなら
そんな面倒にも思える事など、カカシにとってはDランクの任務以下に等しい。

「カカシさん!飲んでますか?ほら!どーぞどーぞ!」
「イルカ先生は飲ませ上手だなぁ。」

他愛無い会話と笑顔。
そうしてイルカがトイレに立つ時の足取りを見て
そろそろ千鳥足になりそうだという頃に
「イルカ先生、明日も早いしそろそろ帰りましょうか?」と声をかける。
そこでイルカは大抵「え!まだ大丈夫ですよ!」と帰りたがらずに飲み続けようとするので

「ダメダメ!ほら、酔っぱらいのイルカ先生、帰りますよ。」

そう言いながらイルカに肩を貸して家まで送ってあげるのが常だった。

今日も今日とて 「まだ酔ってませんよー。」と酔っぱらいイルカは笑顔で返す。

「ふふふ。」

この可愛い酔っぱらいが… と、愛しさも増すと言うもの。
今夜もカカシはイルカに肩を貸し、イルカの体温を感じながら
彼をアパートまで送るのだった。



そんなある日

その日は気の合った仲間との飲み会で
カカシは少し大きな居酒屋の個室で飲んでいた。

「宴会シーズンねぇ。どの部屋も賑やかだわ。」

トイレから戻って来た夕日紅が溜息を吐いて席に戻る。

「俺もトイレ。」

カカシは紅とバトンタッチの様に席を外して廊下へ出た。
確かにどの部屋からも笑い声や賑やかな話し声が漏れ聞こえてくる。

『里が平和な証拠だね…。』

トイレを済ませて廊下へ出た時
通りがかりの部屋から人が出て来てぶつかりそうになった。

「おっと。」
「あ!すみません!」

部屋から出て来たその男は、よほど楽しい会話をしていたのか
笑いながら、よく前も見ずに廊下へ飛び出してきたのである。

「イルカ先生?」
「あ… カカシさん…。」

カカシも驚いたがイルカも驚いていたようで

「先生も飲み会だったんだ?」
「あ、はい。」
「飲み過ぎ注意だよ?先生すぐに酔っちゃうんだから。」
「はい。気をつけます。」

どうやらイルカもトイレに立ったらしく「すみません。では失礼して…」と
カカシの背後へ歩いて行ってしまった。

『ああ… あの足取りなら、まだ大丈夫たな。』

イルカのプライベートな飲み会なのに、ついつい心配してしまう。

「わ!はたけ上忍!」

イルカが出てきた部屋からもう一人の中忍が出てきて
目の前に居るカカシの姿に驚く。

「…ねえ、余計な事言う様だけどイルカ先生には飲ませすぎないようにね。」
「え?イルカですか?」
「うん。あの人すぐに酔うでしょ?酒に弱いらしくって…」

すると、カカシの心配を余所に目の前の中忍がブーッと吹いて笑い出した。

「 ? 」
「あ… す、すみません!アハハ。」
「何?」

いきなり何だ?この男は…と、訝しげに見ていると

「はたけ上忍、イルカの事なら心配無いですよ!あいつザルですから!」
「ザル…?」

この男は何を言っているのか。
イルカは酒に弱くって、いつも…

「あいつが歩けないほど酔っぱらったとこなんて見た事もないくらいです!御安心を!」

ハハハと笑い「では、失敬して御不浄へ…」と行きかけた男に、カカシは呼び止め釘をさした。

「今の話…。俺との会話をイルカ先生に言わないようにね。」
「え?」
「言ったら… わかってるね?」
「あ… は、はいっ!」

慌ててトイレへ向かう男の背中を見ながら
いつも一緒に飲んでいる時のイルカの様子が頭に浮かび、何故自分の前では酔ったふりを?と
思えば思うほどに何とも言えぬ複雑な感情に苛(サイナ)まれ
カカシはフラフラと部屋へと戻っていった。



 
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