*過去拍手文2*

□この痛みを癒やすもの
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深夜までの受付業務を終え
イルカは急ぎ足で家へと向かった。
小走りで急ぐ道は街路灯の灯りが足元を照らすだけで人の姿は無く
何処ぞの犬の吠える声だけが遠くから聞こえてくる、何とも寂しい時間帯であった。

「小腹へった〜。夕食用の握り飯、今度から三個持って来よう。」

タタタ…と角を曲がり、少し広い歩道へ出る。
その歩道の両脇には一定間隔で作り付けのベンチが設置されているのだが…

「 ん? 」

薄明るい街路灯の灯りの下、誰かが俯き加減に腰掛けていた。

「 …… 」

一般の里人とは違った気配。 そして血臭。
明らかに忍者だ。 しかも

『あれは…あの姿は暗部?…暗部だ。』

腕に暗部の刺青。 顔には面。 背中には刀だ。
しかし血臭がすると言う事は…
イルカは相手を刺激しないように、そうっと近付いて行った。
向こうは当然こちらの気配を感じているだろう。
しかし敵意の無い、同胞だと察知しているはず。

あと僅かな距離でイルカはハッと足を止めた。

『なんて…なんて綺麗な…銀髪?』

一瞬見惚れるところだったが、近くに居たので強く臭う血臭に我に返った。

「あの…」
「いいから、あっち行って。」
「え?いえあの…」
「聞こえなかった?構うなって言ってんの。行けよ!」
「…嫌ですっ。怪我人を放っておく訳にはいきません。同じ里の仲間じゃないですか。」
「お節介焼きか…。いいから放っといてくれ。」

見るとダランと垂らした左腕から彼の足元へチタチタと血が少しだが滴ってるではないか。

「アンタ動けないほど弱ってきているんだろ?本当に嫌なら俺の前から瞬身使ってでも居なくなれるはずなのに。」
「うるさい、お節介野郎。殺されたくなかったら早く立ち去れ!」

ムカッと来た。
イルカは久しぶりに大人に対してムカッと来た。
暗部がなんぼのもんじゃい!!と腹が立った。
しかしそれを知らずに暗部の狐面は更に言い放とうとした。

「俺の背中の刀がアンタを切る前にサッサと此処から…」
「いい加減にしろっ!!」
「 ………は? 」

イルカの生徒にもスカしてクールさを気取る生徒が何人か居る。
そして演習で怪我を負っても、可笑しい事に涙目でクールさを維持するのだ。
痛い時は痛いと言っていいんだと、イルカは教えている。
ちょっとの我慢が命取りになるかもしれないからだ。
だからそんな生徒と目の前の暗部がダブって見えて
ムカついていたのも有り、つい先生感覚で怒鳴りつけてしまった。

「黙って放置していたって血は止まりませんよ!アンタ医療忍術も使えるのか?いや使えないですよね?」

使えてたら傷口は癒えているだろうし。

「…お前さぁ、よく暗部の俺に怒鳴りつけられるよね?死にたい?」
「死にたくないしアンタも死なせたくありません!怪我、見せてください!」
「 ……アンタ…誰? 」
「うみのイルカ、中忍でアカデミー教師をしています。今は受付業務の帰りで…て、そんな事はいいですから!早く傷口見せてください!」
「先生か… クスクス…そんな感じだよね。」

何がウケたのか知らないが、取りあえず銀髪の暗部は左腕をイルカの前に差し出した。

「ありがとうございます。拝見させて頂きます。」

イルカは暗部の前に片膝を付いて、差し出された腕を見た。
上腕外側に刀傷だった。しかも割と深い。

「なるほど…少しは止血されたようですね。」
「アンタ医療忍術使えるの?」
「このくらいの傷でしたら。教師なら誰でも多少の事は出来るように訓練されてます。」

イルカは傷口に両手を翳してチャクラを流し込み治癒していた。

「いいですか?これで傷口が完璧に塞がる訳ではないので、必ず専門の方に見てもらってください。」
「はーい… イルカ先生。」

暗部に先生と呼ばれ、イルカもクスッと笑い「約束ですよ?」と言った。

「これで血は完璧に止まったし、腕の細胞も壊死する事は無いと思われます。」
「 …… 」
「あとはこれ、持ってて良かった!な、造血剤。これをお飲みください。それから…」
「黒髪… 綺麗だね。」
「え?あはは…貴方の銀髪の方が素敵ですよ?」

暗部は目の前でフラリと立ち上がると、イルカを見下ろした。
彼は数センチだけイルカより背が高いように見うけられた。

「だ、大丈夫ですか?なんなら家まで送り… あ、それは無いか。暗部ですもんね。」

ハハハ…と笑うと

「…アンタみたいな人、初めてだ。ありがとうね。」

そう言い残して狐面は白い煙と共に消えた。

「ちゃんと…帰ったのかな。」

瞬身を使えたくらいだから大丈夫と思われる。

「綺麗な黒髪…か。」

ハハッと笑い あの狐面は、きっとキザな奴なのだろうと考えた。
何にせよ、暗部との接触など殆ど皆無なので良い経験になったと一人で頷き
あの傷も早く癒える事を願った。





そして それは半月も経った頃
受付が帰還した輩で混みあう中

「次の方!」

イルカが次の報告書を待ちつつ、手元の書類を見ていると
目の前にスッと鍵爪が伸びてきた

「 ん? 」

気が付けば混んでいて煩かった室内が静まり返っていて…
顔を上げると何時ぞやの狐面の暗部が目の前に立っているではないか。

「あ… えーと…貴方は…」

暗部がこの受付へ報告書を出す事は間違っても無い。

「よく見てよ、ほら。腕の内側、プロテクターで守られていない内側をクナイで切られた。」
「え?あ…はあ。」
「“はあ”じゃなくてさ、手当してよ。この前みたく。」
「いえ、あの…ここは受付でして…。同じ階の東棟に医務室が有りますが…。」

この暗部は一体何なのだ?
イルカは呆気に取られていた。
あの時は夜中だし、命の危険さえ有ったかも…だったから。

「俺はアンタに治療してもらいたいんだけど?」
「おい、イルカ。ここは良いから、この方を医務室に案内してやってくれ。」

隣に座っていた先輩中忍が声をかけてきた。
それでなくても混雑している受付。
場違いな暗部に居座られても迷惑なだけだった。
イルカも承知して暗部を医務室へと連れて行き黙って傷の手当をする事にした。

「いつぞやの傷…縫って貰ったんですね?良かった。」

チラリと上腕の傷跡を見る。

「心配してくれるんだ?」
「一応。…それより今日はどうしたんですか?受付へ来るより真っすぐ病院へ行かれた方が…。」
「アンタの手当が手際良かったから気に入ったの。駄目?」
「嬉しいお言葉ですが受付は駄目でしょう。」

包帯を巻いてやり「はい!おしまい!」と、ペチッと包帯の上を叩いた。

「イッ…テェ!アンタ乱暴!」
「あはは!そのくらいで弱音吐くような忍じゃないでしょう!暗部は!」

イルカの快活さに、狐面の暗部も一拍置いてから「ふふっ」と笑った。


そしてその後もイルカの前に狐面は現れた。
現れる度に「指を切った」だの「耳にクナイの刃が掠った」だの
何処かしらの痛みを訴えた。
暗部のくせに怪我が多いなんて、きっと部隊の中でも腕の悪い忍者なのかもしれないと
失礼ながらイルカは考えたりもした。

しかし狐面は、ひと月半ほど姿を見せなくなった。
里外任務に就いたのか
それとも本当に腕が悪い奴で、とうとう敵に…

イルカはギュッと拳を握りしめて胸の苦しさを紛らした。
そんなはずはない。木の葉の忍びは…暗部は強いはずだ。
あんな飄々とした風情でも、腕の立つ奴に違いないのだ。

しかし…

『馬鹿だな… 俺も…。』

忍に死は付きもの
いつ何が有っても可笑しくないのだ。
ましてや顔も見た事の無い名前すら知らない相手。
里外だったらいいな…と願いつつ、校舎裏の花壇へ足を運んだ。
壁際には中輪のつるバラをフェンスに誘引して咲かせている。
その目の前の白い薔薇を見ていると狐面の銀髪を思い出し
イルカは寂しさを感じていた。

その時 イルカの背後から顔の横に腕が伸びてきて
壁際の白薔薇の一つを指でピンと軽く弾いた。

「…治して欲しいんだけど。」
「また…ですか。」

振り向かなくとも誰なのか解るだけに
イルカはニヤける顔を下に向けて言葉を返した。

「今度は何処を怪我されました?」

静かに振り向くと、やはりそこには狐面。

「怪我じゃないと思う。」
「頭痛?腹痛?それとも…」
「アンタの事を考えると胸が痛い。」
「え?…それはどう言う…」
「薬を…ちょーだい。」

すると目の前で暗部は初めて面を外して素顔を晒した。

「 !! 」

その整った顔にハッとして、不覚にも顔が赤くなるのさえ感じていたら
いつの間にやら顔と顔の距離が縮まっているのに気付き
彼の両手で顔を優しく挟み込まれ、唇を重ねていた。


「てっ!イッテェーー!!」

暗部の美しい顔にイルカのパンチが決まる。

「何しやがる!変態暗部!!」
「グーで殴ること事ないでしょーよ!」
「うるせぇ!ペッペッ!!」

イルカは袖口で唇を拭った。

「ヒドイ!!ショック!!ペッペッて人のキスを…」
「怪我してないなら来るな!てか、もう怪我しても来るな!」
「無理。アンタの顔見なきゃ胸のギューッとした痛みが取れないって解ったからね。」
「知りませんよ、そんな事。」

イルカはカカシから離れて歩き出す。

「あのね?今キスしたら少しは楽になった。」
「そりゃ良かったですね。」
「イルカ先生は?どうだった?」
「最悪です。」
「ヒッドーイ!!」

スタスタと前に進むイルカの顔が笑い顔だったのは
残念ながら彼の後ろを歩く暗部には見えていなかった。








 



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