*過去拍手文2*

□秋深し隣は何をする人ぞA
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自宅の風呂を壊してしまったカカシに
与えられた仮の住まいは中忍用アパートの角部屋だった。
取りあえず他の住人と顔を合わさぬ時間帯を選んで必要な物だけ運び入れた。
顔を合わせない様にしたのは、この顔を知っている人間に会えば
「はたけ上忍が何故ここへ?」だの「きっと深い事情が有るに違いない」だの、余計な詮索をされそうだから。

『ま、人付き合いも苦手だし。興味持たれてジロジロ見られるのも嫌だし…。』

いっその事、空き部屋のままだと思われた方が良いくらいだ。

「さて、借りの住まいと言えど少しは過ごしやすくしておきますか。」

ベッドは運ぶまでもないから、布団は奥の四畳半の畳の上に敷きっぱなしにする。
日当たりの良さそうな場所に観葉植物のウッキー君を置いて
数日の間の着替えは衣装ケースに詰め込んだ。

『明日から西の森で修行でもするかな…。』

そんな事を考えながらポツンと部屋の中央に立ち
ぐるりと室内を見渡して、もう一部屋の西陽が射す寝室を眺めた。
眺めると言っても衣装ケースと布団しかないのだが。
ここ中忍の単身者専用アパートには各部屋に備え付けのものもある。
洗濯機に冷蔵庫にテレビだ。

「エアコン…無いんだ。」

上忍官舎には最初から付いていたよな…と思い出す。
もう夏も終わりと言えど、まだ暑い日も有ったりするのに
中忍諸君は窓全開で過ごしたりするのだろうか。

取りあえず
十日間も休みを貰ったからには、ノンビリ過ごす事とする。
そうして住人の誰もが任務や職場に出ていて留守であろう昼間の内に
近くの木の葉商店街へ多少の食料品を買いに足を運び
そそくさと仮住まいの部屋へ戻って来て早速コーヒーを淹れた。
今日は、暫く読書をする事にしたのだ。

ペラリと捲る紙の音と心落ち着くコーヒーの香りの中
気が付けば部屋が暗くなりかかっている事に気付く。
カカシは寝室の西向きの窓下に寄りかかって座っていたのだが
日射しで焼けた畳の上に窓枠の影が伸びていた。
もう夕方から夜に変わろうという時間なのに窓を開け放していても肌寒さすら感じなかった。
逆に過ごしやすい気温になっているのかも知れない。

『そろそろ帰って来る奴もいる頃だな…。』

パタンと本を閉じてボーッとしていると階下に誰かが帰って来たようで
耳を澄ましてみると鍵を差し込む音の後に扉を開けて閉める音が聞こえた。
カカシの部屋とは反対角の一階右から二番目の部屋…
そして暫くしてから階段を登ってくる音。
その足音からするとカカシの部屋から四つ隣の住人だ。
このアパートは上下に六部屋ずつ有り、階段は上ると真ん中辺りに上りきる形になっていた。
次に帰宅したのは階下、カカシの真下の住人。
戻るなりトイレに駆け込んだ模様。出て来るまでの時間からして、おそらく「大」の方かと思われる。

『この時間帯に帰って来る中忍諸君は、多分内勤の者が殆どだな…。』

窓を開けているので、御近所の夕餉の支度の良い香りが漂ってくる。
カカシの今夜の食事はカップ麺ひとつ。
この仮住まいで何かを作ってまで食べようとは思ってもいないから
調味料は卓上用の小さな塩くらいしか持って来ていない。

『ん…また一人お帰りだーね。』

カンカンカンと階段を上る足音  しかし

「どわぁー!俺の芋ォ!!」

ゴンゴロンと幾つかの固形物が階段を転げ落ちる音と共に叫び声も聞こえてきた。

『“俺の芋”…芋を落としたのか。』

足音は芋を拾いに階段を降りて行き、また暫くしてから
「勘弁してくれよぅ…疲れてんのにさぁ。」とヘトヘトな声と共に戻って来た。

『 ん? 』

その男の足音は、どうやら隣の部屋の住人だったらしいが…

『 …部屋に入らずコチラを伺っているのか?』

何かを感じたのか、自分の部屋の前で立ち止まっているようだ。
しかしそれも束の間。鍵穴に鍵を差し込む音とドアを開ける音がして、部屋へ入っていったようである。
カカシは何となく開け放していた窓をソっと閉めた。
隣の住人が身を乗り出してこの部屋を覗いても嫌だったから。

『てか、何故隠れる?』

そこまでして隠れる事も無いのだが
性分なのか慣れていない所なので、つい身を潜めてしまう。
案の定、隣の部屋の寝室の窓がガラリと開くのが聞こえた。
どうしようか?いっその事顔を出して、暫く隣に居ますので〜とか挨拶でもしようか?
悪い事をして此処に隠れている訳ではないのだ。よし、思い切って顔出しちゃ…

「イルカァ!」
「 !! 」

カカシの真下の住人が、どうやら窓から顔を出して声をかけているらしい。

「あれ?ヨコテ!早かったな!今日は受付じゃなかったか?」

カカシの隣の住人が、これまた大きな声で応えてる。
先程の叫び声はともかく、なかなか耳に心地好い張りのある声だ。
“イルカ”と言う名前らしい。

「受付はカツキに頼まれて交代した!俺は明日になったよ。それより、さっき階段で騒いでたのお前だろ?何やってんだよガタガタと。」
「あー…ハハハッ!ジャガ芋を紙袋いっぱいに貰ったのが少し零れ落ちちゃって。」

ジャガ芋か… 何となくお腹がすいてきた。
カカシは茶の間に移動し寝室の襖を閉めると照明を点け、薬缶でお湯を沸かし始めた。

『まるで学生寮だな。』

イルカとヨコテとか言う中忍二人の何気ない会話を思い出してクスッと笑った。
前に誰かが「内勤の奴等は気楽でいいよな。」と言うのを耳にした事が有る。
何とも気分の悪くなる言い種だ。

『敵を殺めて血を浴びるだけが忍者ではないだろうに。』

沸いた湯をカップに注ぎ、卓袱台のひとつでも有れば良いのにと思いながら壁に背を付けて座り
膝を曲げて立てた両足の間の畳の上に三分待たなければいけないカップ麺を置いた。

何もすることが無いので、再び耳を澄ましてみる。

『…隣…イルカと言う男が鼻歌を歌っているな。』

流行りの歌なのか、カカシも何処かで耳にした事のある歌だった。
歌唱力は可もなく不可もなく、と言ったところか。
水の音や鍋の蓋を開け閉めする音からすると夕飯の支度でもしているのだろう。

『真下の住人が受付に勤務。隣の男は?』

何にせよ内勤かと思われる。二人には共通の知人も居るらしいし。

「おっと…三分過ぎてるな。」

少し伸び加減の麺を啜り、数日お世話になるこの部屋の天井を見上げ溜息を吐いた。


 ドンガラガッチャーン!! 痛えーー!


何を引っくり返したのか、隣が騒がしい。

『やれやれ…』

今度は隣の住人に溜息を吐いた。









 



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