※カカイル短編3※

□あなたの声は優しくて哀しくなる
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明日から長期任務で、ひと月…
いや、ふた月は里を離れる事になったカカシは
密かに心に思う愛しい人に会う為アカデミーに向かった。
今度の戦は少し困難な戦いになりそうで、カカシの命も「もしかしてもしかするかも」と言う懸念が有ったから
里での最後の夜となるかもしれない今夜
思いきって飲みに誘おうと思ったのだ。

『断られたら…それまでだけどね…。』

最近やっと受付で会話を交わせるようになったその人は
その持ち前の明るさと、可愛い笑顔が評判で「受付の花」と呼ばれており
今まさに、いそいそと足を向けている忍者アカデミーの教師でもあった。
そして何より 今カカシが受け持つ班の子供達の恩師だ。



その人は放課後のアカデミーの玄関前で一人の生徒と何やら話をしていた。
そんな二人の横を三人の少年が「せんせー!さようなら!」と駆け抜けて行く。

「おう!さようなら!気ぃつけて帰れよ!」

よく通るその声で、微笑みながら見送るその人は「男」で
うみのイルカと言う名の、他クラスの生徒達からも慕われている程の人気の教師だった。

「どうした?何か相談か?」

二人きりになったところで、イルカは少女に優しく話しかける。
聴力の良いカカシには意識しなくても二人の会話が聞こえて来そうだったのだが
敢えて意識をし、二人の会話を聞こえぬよう遮断した。

『他人の相談事を聞くなんて無粋な真似はしたくは無いからね…。』

当然初めから気配は絶っていたが、そのままブランコのぶら下がる大木の陰に身を隠し
二人の会話が終わるのを愛読書を開きながら待つことにした。

「ほんと?」

しばらくしてから聞こえた少女の嬉しそうな大声は、さすがに耳に入ってきたので
少し気になり大木の陰から盗み見る。

「みんなには内緒だぞ?それと…これ一度きりだと約束すること。」
「一度きり?」
「ああ、一度きりだ。何故ならお前も立派な忍者として育っていかねばならんからな。」
「うん。わかった。」

カカシは何事かと、ついつい二人を見続けた。
するとイルカは左手で少女の右の掌を上に向けるよう持ったかと思うと
自分の右手の人差し指と中指をピンと立て、術をかけるように口元で何かを唱え
少女の掌の上、文字を書くように人差し指を動かした。

『何かの術式?』

盗み見るつもりは無かったのだが、カカシの忍としての本能が
初めて見る「術」から目を離さずにいさせたようだ。

掌に何かを書き終わったイルカは、
今度は少女の目線になるよう
しゃがみこんで彼女の両手を掴み取った。

「こうして、何かを包み込むように膨らませて掌を合わせてごらん?」
「こう?」
「うん。いいぞ。」

イルカは少女の「何かを包み込むように膨らませた両手」を立てるようにさせると
その手の膨らみの自分側…少女の小指側に口を当てて再び何かを唱えるように唇を動かしていた。
おかしい話だが、この時カカシは手にイルカの唇が当てられている少女にさえ僅かに嫉妬していた。

「これで良し!」

不覚にもスクッと立ち上がったイルカにビクッとして
カカシは再び大木の陰に隠れる。

『今のは何だったのだろう?子供にかける術式だから危なくは無いものと思うが…。』

写輪眼でコピーでもしておけば良かったのか?

「先生ありがとう!さようなら!」
「気を付けて帰れよ!」

手を振る少女に手を振り返すイルカを見て、カカシは静かに木の陰から出てきた。

「わっ!!カカシさん!ビックリした!」
「あ〜…アハハすみません。…先生の生徒?」
「ええ。今父親が戦地に赴いていて…。て、カカシさんは何か?」

キョトンと目を大きくして此方を見るイルカに胸を高鳴らせながら思いきって言ってみる。

「え…あの、あのですね、今日…これから時間空いてますか?」
「時間ですか?えっと…二時間程なら。六時から受付入らなきゃで…。何かありましたか?」
「そうか、受付か…。」

あからさまにシュンとしてしまったカカシにイルカも少し驚きながら訂正した。

「カカシさん?あのっ!何か御用事なら誰かと交代して貰っても構わないのですが?」
「ほんと!?いいの?」
「いいですよ、でもどのような件で…?」
「う… あの…イルカ先生…俺と飲みに行ってくれないかな…って…。」
「え!俺とですか?これから?いいんですか?」

どうやらイルカも喜んでくれたようで嬉しそうに顔を輝かせ「行きます!行きます!」と承諾してくれた。

「カカシさんからのお誘いならば、みんな快く交代してくれますよ!」

カカシさんからのお誘いならば… か。
それが少し引っ掛かるが、敢えて気にしないようにする。
多分アスマやガイから誘われても彼は同じ様に言うだろうし交代もして貰うのだろう。

急いで帰り支度をしてくると言うイルカに「ここで待っています。」と上忍の余裕を見せて
大木に寄りかかり愛読書を開いて彼が戻ってくるのを心待ちにした。




「長期任務…ですか。」

カカシの盃に酒を注ぎながら、イルカは少し驚いたように見えた。
カカシ的には自分と暫く会えなくなることを彼が残念に思ってくれたのかと嬉しくなる。

「うん。暫くイルカ先生の顔も見れなくなるかなぁと思いまして。…一度こうして飲んでみたかったんです。」

え?と言う顔でこちらを見るイルカに、照れも有ったので
「ほらっ、ナルト達の事も話したかったし…」と言い加えた。

「そうですか!アハハ…嬉しいです!ありがとうございます!」

それからは本当にナルト達の話ばかりで盛り上がり
イルカは大層楽しげで、カカシも彼の笑顔を身近で沢山見れたことに満足していた。
そして これが彼との最後の思い出になるのなら自分は快く死ねるとさえ思った。
そこで何故だか、ふいに今日の放課後の風景を思い出す。
少女に何か術式らしきものを施していたイルカだ。

「あの…そう言えば今日の放課後、ちょっと見てしまったんですが…。」

気になって聞かずにいれなくなった。

「先生、女の子に何か“おまじない”的な事をしていませんでしたか?」

するとビックリしたような顔でカカシを見たイルカは

「あ〜… 見られちゃいましたか。ハハ…」

と、少し気まずそうな表情で盃の酒をクイッと飲み干した。
当然カカシは彼に嫌われたくないので慌てて彼の盃に酒を注ぎながら言った。

「ごめんなさい先生、でも内容は聞いていなかったんです!何かをしている姿だけが目に入ったもので…。」

そんなカカシを察したのか、ふふふと笑いながらイルカもカカシの盃に酒を注いだ。

「いいんですよ。…そうだなぁ…カカシさんなら教えても良いかな。」
「 え? 」
「あれはね、俺の母さんの家系に伝わる小さな術なんです。」
「小さな?先生のお母さんの…?」
「はい。実は今までにも数人の生徒に使った事は有るんです。」
「…ナルトにも?」
「あー…アハハ!アイツには不思議と使った事有りませんでした!寂しくなったら俺んとこ来てたし。」

どういう術だと言うのか?

「それって、聞いてもいいのかな。どんなものか…。」
「言ったでしょう?カカシさんなら他言はしないと信じられますので。」

ニカッと笑って「あれはですね…。」と話し出した。

イルカが教えてくれた内容は、こうだ。

まず術を唱え、それを手筆で相手の掌に書き
次に掌を包み込むように膨らませて顔の前に立ててもらい
その膨らみの小指側の穴から「言葉」を吹き込む。

「言葉?」
「はい。俺が相手に言ってあげたい言葉、または相手の望む言葉とかです。」
「それで?それでどうなるの?」

子供のようにワクワクと目を輝かせるカカシに
イルカも気を良くしたのかクスッと嬉しそうに笑って、その先を教えてくれた。

「例えば、あの子は父親が戦地に赴いていて寂しくて堪らないそうなんです。」
「…そんな境遇の子は他にも居るでしょ?」
「そうですけど…彼女は本当に見るからに落ち込んでいて、お前なんて忍者に成れねぇ!とか男子にからかわれたりして…」

忍者になりたいけど父さんの身が心配で心配で…
夜も眠られない程で、毎日睡眠不足と涙で目を赤くして登校してきたのだそうだ。

「その子は父親が大好きなんですねぇ。」
「どの子も同じだとは思うのですが、気が優しすぎると言うか…弱いと言うか…。」
「それであの術式?どんな効果が?」
「あ、はいっ。あの子には夜また眠れないようなら掌を膨らませて合わせ、親指側の穴に耳を当ててごらんって。」

そうすると、イルカが吹き込んだ言葉が… 声が聞こえてくるそうだ。

「え!先生の声が聞こえるの?」

俄然カカシは興味を持った。これが持たずにいられる訳がない。
離れた場所でイルカの声が聞けるのだ。

「安心しておやすみって言う事を言いました。俺の声なんで、あの子に効くかはわかりませんが。」
「効くよ、きっと。」
「そうでしょうか?だったらいいな。」

照れ臭そうに酒を飲み「この和え物、美味いですね!」と小鉢をつついていた。


楽しい時間は過ぎるのも早く 本当ならば朝まで彼を離したくないところだが…
今は「送ります」と言ったカカシがイルカのアパート前に立っている。

「では、無事の御帰還を願って…行ってらっしゃいカカシさん。」
「 うん。 」
「御武運を。」
「…ね、お願いしていい?」
「 え? 」

カカシは自分の右手から、するりと手甲を取ると
スッと掌を見せてイルカの前に差し出した。

「俺にもお願い。…無事に帰って来れるよう、また先生と飲めるよう…言葉をください。」
「カカシ…さんにですか?」

一瞬驚きはしたものの、イルカは直ぐに柔らかい表情を見せて「いいですよ。」と言ってくれた。

「どんな時に聞きたいですか?どんな言葉を?」
「どんな時に?いつでも聞ける訳じゃないの?」
「一度きりですよ、一度聞いたら終わり。掌の術式も消えます。」

そうなんだ…と、ガッカリしながらカカシは彼からの言葉を考えた。
イルカは そんな彼を見て申し訳なく思ったのか
「二度聞けるようにしましょうか?」と提案してくれた。

「二度?二度も出来るの?」
「右と左が有りますからね。カカシさんは手甲で片方を隠せるし… 特別ですよ?」

パァッと顔を輝かせたカカシは「俺の声でいいんですか?」と心配するイルカをよそに
益々言葉選びに悩み唸りだした。

「カカシさん、無理なさらずに。」

苦笑するイルカに「だって…。」と、そこまで言ってまた悩み出すカカシ。
だってあなたの声、あなたからの言葉を独り占めできるのだもの。
それも一度聞いたら消える言葉。同じ事を二度聞くのも勿体無いし…。

「あの…」
「決まりましたか?」
「“里に戻ったらまた一緒に飲みましょう”って言ってください。」
「え?いいんですか?なんだか俺が得な内容に聞こえるなぁ。」

ハハハ!と軽快に笑うと「もうひとつは何ですか?」と、聞いてきた。

「もうひとつはですね…その…もしもの時に、最後に先生の声を…あ!里を思い出すって事で先生の声ですよ!え〜と…」
「もしもの時って何ですか…。やめてくださいよ、そんな事…」
「…でも先生?今日の女の子の親もそうで有るように…先生も俺も忍です。いつ何が有るか分からないのは承知でしょ?」
「…そりゃあ…そうですが…」

俯き加減のイルカに勘違いをしてしまいそうだと自嘲しながら
そっと腕を伸ばすとイルカの両肩に手を置いて、彼の顔を覗き込むように見て言った。

「“最後の言葉”は先生にお任せします。“バカヤロー”でも“死ぬなー”でも何でも良いです。」
「…わかりました。」
「でもそれって死ぬ間際まで聞かないし、元気に帰ってきた時にはどうしましょう?」
「聞かずに術式を消させてください。それがルールです。」
「…りょーかい。」

カカシは左手の手甲も外して両手を出した。
死を匂わすような話をしたせいか、浮かぬ表情のままイルカが術をかけだす。
不思議なことに直ぐ側で、膨らませた手を隔てただけの距離なのに
イルカが吹き込んだ言葉、声は何一つとして耳には届かなかった。

イルカは どんな言葉を術に込めたのか。
手甲を身に付けながら、言葉を貰えた喜びを噛み締め

「では…御武運を。二度目の術式は消す事が出来るよう祈っています。」と言うイルカの言葉を餞(ハナムケ)の言葉と受けとめ
彼が部屋の中へ入るのを確認してから、カカシは自宅へと帰った。


 
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