≡ 連載もの・3≡

□ORGEL
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麗かな午後だった。
午前授業だった今日、アカデミーの生徒達も とうの昔に家に帰り
まだ陽の高い放課後の今 イルカはクラスの花壇にホースで水やりをしていた。
花壇には子供達が植えた色とりどりの花が可憐に咲き誇り
時折り柔らかな風に吹かれて花びらを揺らす。

「綺麗に咲いてくれてありがとう。」

花と会話をするように、イルカはニッコリと微笑んだ。
空を見上げれば澄んだ青空。
子供達とひとしきり賑やかに過ごすのも好きだが
こうして一人で静かな時間を過ごすのも大好きだ。

『そうだ… 母ちゃんのオルゴール…。』

今日は子供達に自分の宝物は何か?を作文に書かせた。
「家族」「ゲーム機」と書く子も居れば「爺ちゃんから貰ったクナイ」「父ちゃんの形見の額当て」と、忍の子らしい事を書いた子もいた。
イルカは自分も数ある宝物の中で、母が大事にしていた小さなオルゴールを持って来て皆に見せた。
この小さな、なんの変哲もないただの四角い木の箱のオルゴールは
優しく可愛らしい曲を奏でてくれたのだが、子供達の反応はイマイチで
数人の女の子が「可愛い」だの「綺麗な音」だの褒めてくれただけだった。
今の子はテレビから流れてくるような賑やかで華やかな曲の方がピンとくるらしい。
花の水やりを終え、蛇口の栓を締めてホースを巻き終わると
イルカは首に下げているタオルで顔の汗を拭い、校舎の壁に持たれるように芝の上に腰を下ろし
水やりで潤いキラキラと輝く花壇を前に、自分のカバンの中から母の形見のオルゴールを取り出した。

『母ちゃん… 俺が父ちゃんに叱られた後、よく膝の上で聞かせてくれたよなぁ。』

箱の横に付いている小さな取手を回して中のゼンマイを巻き、スッと斜め前に置いてみる。
イルカの小さな宝物は柔らかな草の上で柔らかな音色を奏でる。
と、そこへ

「!!!」
「!!頼む!」

突然目の前に現れた木の葉の忍び。
額当てを斜めにかけて口布をしているので右目しか見えない。
彼は瞬身で現れたがごとく、いつの間にやら目の前に立っていた。
この銀髪は… と、思い当たる忍の名が浮かぶ。

「立って!」
「え?あの…」
「お願い、俺に合わせて。」
「へ?」

何か頼まれている事は確かだ。合わせるって何を?
そう思っていると 「カカシ!」と叫ぶ声が近づいて来た。
見ると長い髪を振り乱し、ようやく追いついた!と言わんばかりにカカシに手を伸ばしてきた女が一人。

「嘘ばかり!何が恋人が出来た、よ!本命が出来たってどういう事!?」
「あらら追いついたんだ?」
「からかわないで!私は別れませんからね!」
「だから恋人が出来たんだって言ったでしょ?」
「私は何だったの?」

非常に気不味い。
イルカは ただただ目を丸くして、言い争う二人を交互に見ているだけだった。

『ハッ!もしやお願いされたのは仲裁に入れと言うことか?』

それにしても入りづらい。
気の強そうな女が正直恐ろしい。

これはあれだ。
遊びで手を出した女が思った以上に真剣になってしまって困ったと言うパターンだ。
きっと、多分、うん。 恋愛経験が乏しいイルカは自信なさげに勝手に解釈していた。

「悪いけど、お前は本命じゃなかったの。俺にはこの人だけだから。」

グイッとカカシが傍に寄せたのはイルカ。

『 へ? 』

内心驚いたのは言うまでもない。
しかし忍びたるもの如何なる状況においても周りに上手く合わせなければならない。
ましてやイルカは、その術(スベ)を教える教師。

「すみません。俺なんかがこの人の恋人で。」
「ね?わかった?」
「……嘘でしょう?やだわカカシったら。冗談でしょう?」

何が彼女に薄笑いと困惑の入り混じった表情をさせているのか。
それは彼女の視線の先にあるもの… 男である「うみのイルカ」この己の身だ。

『苦し紛れに通りがかりに見かけた俺を恋人に仕立てたって訳か。』

チラリと横にいる「カカシ」を見る。
背もイルカより数センチ高く、スラリとした身体、手足、小さめの頭部に綺麗な銀髪。
見えているのは右目だけだが、口布の上からでも顔形が良いのが解る。

「しつこいね、お前も。」

女に冷たく言い放つこの声も、甘く囁くように耳に残る響きだ。

『この人は写輪眼のカカシさんだ。』

噂には聞いていた。
左目に写輪眼を所有し、里の誉れと言われている「はたけカカシ」は
忍びとしての腕は立つが、女の扱いは最低だと。
この外見と銀髪は間違い無いだろうと思われる。
確かにこの状況を見る限り、決して女性の扱いは紳士とは言えないようだ。
しかし カカシの気持ちも分かる気がする。イルカもこの手の感じの女は苦手だ。

「しつこくされても相手の心は離れるばかりですよ?ましてや今カカシさんは俺の恋人… 諦めてください。」

全くの本意とは言いがたいが、取り敢えず協力してやる事とする。
逆にカカシの方が「え?」と言う顔でイルカを見たくらいだ。

「……あんたみたいな“男”がカカシの?」

品定めをするかの様にイルカをジロジロと見た女は「ふっ」と鼻で笑うと
「カカシも冗談が好きね。信じないわ、そんな事。」そう言いながら今度は蔑んだ目でイルカを見た。

「いい加減にしてよ。俺はお前と付き合ってるつもりなんて無かったよ。」
「冷たいのね…。」
「泣いても無駄。お前そんな女じゃないだろう?それに俺の他にも男何人か居たそうじゃない。」
「ふん。貴方に言われたくは無いわ。」

気が付くと、カカシの手がイルカの肩に置かれていて
抱き寄せられるような格好になっていた。

『やれやれ。どっちもどっちって感じだな。』

モテる男にモテる女。 イルカには知り得ない世界だ。

「いいわ、今日のところは引き下がってあげる。でも、その男に飽きたらいつでも待っているから来てねカカシ。」
「そりゃどーも。」

女は漸く諦めがついたのか、その場でドロンと消えていった。

「……えーと……」

いつまでも置かれている肩の上のカカシの手を見てイルカが戸惑う

「!!おっと、こいつは失礼。助かりました。えー… イルカ…先生?」
「え?俺の事を知って…」
「タオル。」
「??」

カカシが指差すイルカの首のタオルを見れば、下の方に「イルカ」と名前が書かれてあり

「ここ、アカデミーでしょ?だから先生かなーと。」
「あーあなるほど!ハハハ!」
「ふふふ。」

二人でクスクスと笑い合ってる時、ふと下を見ると母の形見のオルゴールがカカシの足元で横になって転がっているのが見えた。

「!!母さんの…。」

急いで拾い上げ手の上に乗せて土埃を吹き払う

「あ、ごめんなさい。俺が踏んづけちゃったのかな?」

よくよく見ると、ゼンマイを巻く為の取っ手が取れている。
それにケースの蓋の蝶番も片方外れてしまい本体にも小さな破損箇所が見えた。

「クランク(取っ手)取れちゃってますね…。あ、これですね。」

カカシが申し訳無さそうに足元から取っ手の部分だけを拾い上げた。

「すみません、謝ります。なんでしたら新しい物を…」
「いえ、いいんです。俺にとっては これ以上高価なものなど有りませんから…。」
「何か大事なもの?」
「母の形見なんです。でも粉々になった訳じゃないし、形の有る物はいつか壊れるんです。お気になさらずに。」

努めて明るく笑ったイルカは、首のタオルでそっとオルゴールを包むとカバンにしまおうとした。

「待ってくださいイルカ先生。それ、お借り出来ますか?俺の知ってる奴で修理出来そうな男が居るんで預からせて頂けませんか?」
「修理…」

その手があったかと、イルカも目を丸くしてカカシを見つめた。

「時間は掛かるかもしれませんが、直ったらお届けしますよ。」
「お届け… ですか?」
「ええ、アカデミーに。」
「わざわざそんな…」
「気にしないで、壊したのは俺なんだし“恋人”の大切な物だからね。」

カカシがいたずらっぽくニヤリと笑いウィンクを寄越した。

「では、恋人のカカシさんにお願いしますか。」

二人は またもやクスクスと笑い合う。
そして不思議とこうして笑い合うだけで心地良ささえ感じていた二人だった。
銀髪の上忍は、イルカからタオルも借りてオルゴールを外れた部品と共に包み
大事そうに胸元で持ち「ではまた。」と去って行った。

ああそうか。 オルゴールが直ったら また会えるのだ、と
ちょっと楽しみが増えた気がした。










 


 

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