≡ 連載もの・3≡

□ORGEL 5
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カカシと赤提灯で飯を食い、酒を飲んだのは二日前の事。
店で食べた厚焼き玉子と鯛茶漬けが凄く美味しくて、今度は一人きりでも食べに行ってやろうと考えているイルカだった。
カカシはと言えばキュウリと茄子の漬物が入った小鉢を突いて居ただけで
カウンターの左隣りに座ったイルカをニコニコ見ては「美味し?」と聞いていた。

『頬杖なんて付いちゃってさ。酒のせいかトロンとした目で俺を見るもんだから勘違いしそうだったよな。』

どんな女も あれは落ちるな… と納得できた。
綺麗な顔で、ましてやあんな蕩けそうな目で見られたら落ちない女は居ないだろう。
しかし問題なのはその後だった。
店から出て、一緒に歩く帰り道。「送りますよ。」と肩に腕を置かれて密着され
「楽しかったー。」と、本当に楽しそうに笑っているものだから、その笑顔の無邪気さに危うく… なんて言うか… キュンと来てしまったのだった。

『里一番のエリート忍者で、ビンゴブックにまで載ってるあの人が、あんな笑顔見せるなんて反則じゃないか。可愛すぎる。』

男性相手に こんなふうに思うなんて失礼だとは思うが、きっと彼の端正な顔がそう思わせてしまうのだろう。
やはり男も女も顔なのか… と、溜息をついた。

「よお、交代の時間だ。」
「 あ、お疲れ。 」

今日は受付も早く上がれる。帰りにラーメンでも食べて帰ろうかとカバンを肩から斜めにかける。

「イルカどうした?溜息ついてたようだけど。」

交代で席に座る男から声をかけられた。

「んー?うん。顔が良いってのは得だなぁ…なんてさ。」
「まさか自分の事だとは言わないだろうな?俺の事か?」
「ブッブー!どちらも不正解!」

アハハハ!と笑い合って受付をあとした。

『もし… 今度誘われる事があれば締めのラーメン誘ってみるかな。』

フフッと笑っていると前方より くノ一が二名、受付へと歩いてきたので慌ててニヤけた顔を引き締めた。
しかし引き締めたところでイルカの顔など気にする事も無かっただろうと思われる。
女二人でペチャクチャとお喋りに夢中のようだ。

「えー?会ってないの?」
「そうよ。二日前に私の部屋で過して…そのまま朝までいるのかと思ったら居なかったし。」
「え?寝てる間に姿消したってわけ?」
「まあね。」

耳に入って来た話を興味も無いと言った顔ですれ違ったのだが

「カカシって、そんな奴よ。いちいちそんな事に目くじら立てたら逃げられちゃうわ。せっかく射止めたっていうのに…。」

思わず歩みが止まりかけるが、なんとか止まらず緩やかに歩を進めた。

「射止めた?諦めさせた、じゃないの?」

もう一人の女がクスクス笑うと「それでもいいのよ、取りあえずね。」と
カカシの女らしき くノ一がボヤく様に吐き出した。

「とにかく今カカシの彼女は私、柊なんだから。」

チラリと遠ざかる二人を見る為に振り返る。
長い黒髪で背の高いほうが「柊」、カカシの彼女なのだろう。

『…なんだか必死だな。』

折角手に入れた「はたけカカシの彼女」と言う座を守る為に必死なのだ。きっと。

『それにしても… 綺麗な人だったよな…。』

あんな感じがお好みなのかと誰にともなく数度小さく頷く。自分には高嶺の花って感じの女だ。
それにしてもあれほどの美人でもカカシを繋ぎ止めておくのに必死なのが笑えると言うか小気味良い。
きっとヤキモチなんて焼いてワァワァ騒ぎ立てるのは逆効果だと分かっているのだろう。
内心穏やかではない時も本音を隠して理解の有る女を演じるのだろう。

『そんな恋愛 疲れるだけだろうに…』

イルカは「ふ…」と鼻で笑ったあとに、ぼんやりとカカシの事を思い浮かべた。
女が繋ぎ止めるのに必死なのに、当の本人は随分と呑気だ。女の気持ちなどこれっぽっちも分かっちゃいないだろう。

『どうせまた本気じゃないんだろうな…。』

呆れる という気持ちは無い。彼は そういう人間なのだろうから仕方が無いのだろうと思うだけ。
誰にも縛られず、自由気ままに。本気で好きになる相手なんて出来無いだろう。

『…と、思うんだが… まあ、良い人が現れればいいのにな。』

自分の事は棚に上げ、木の葉茶通りへと足を向けた。

そしてそれは翌々日の事
夕方 任務帰りのカカシが受付に姿を見せた。
「ねえ先生、ここ終わったら飯食いに行かない?美味しい所見つけたんだよ。」と言うお誘いの言葉付きで。
もちろん断る理由も無かったので「いいですね。」と嬉しそうに笑ってみせた。
しかし連れて行かれたのはイルカが財布の中を心配してしまうほどの格式高い料亭だった。
思わず門戸の前で足が止まる。

「先生?」
「あ、あの…俺 こんな料亭初めてで…。」
「ここね、すごく料理が美味しくて。だからイルカ先生にも食べさせたいなぁと思ったの。実は予約済み。だから先生に断られなくて良かった。」
「でも…あの…」
「あ、今日は御馳走させて?ね?」

カカシは料亭の格子戸を開けるとイルカをリードするように優しく背中に手を当て中へと誘った。
間もなく通された部屋でイルカは正座をして固くなる。とてもじゃないけど料理が喉を通るかわからない。
「イルカ先生、足崩してよ。胡座でいいんだよ?ほら。」とカカシが座ってみせた。

「いやぁ…なんて言うか…。料理は美味いのでしょうが、どうにも尻が落ち着きません。あはは…。」
「食べたら落ち着いてきますよ。昨日はね酒も程々にしたんだけど、今日は先生と一緒だから沢山飲んでもいいかなって。」
「昨日… も、来たんですか?」
「あ、うん。ほら、付き合ってる女がね?この料亭に一度来てみたいって言ってて。俺あまり構ってやらないからさ、連れて来てやったの。」
「 ああ…。なるほど。 」

なんか少し… 何かこう… イルカは自分の気持ちの何処かが冷めていくのを感じた。

「それでね、出てきた料理のどれもが美味しくって。俺にしては珍しく何も残さず全部出されたもの食べたんですよ。」

イルカが知る限り、普段カカシは小食だ。

『あの彼女と来たのか…。』

この男を繋ぎ止めるのに必死だが冷静さを装っている、あの黒髪の女。
そう思い出すと笑いが込み上げてきたのだが、さも料理が楽しみだと言う笑顔に換えて
「いやぁ、楽しみだなぁ!カカシさんが完食するほどだなんて!」と言ってみせる。

「…良かった。そんなに喜んでくれると俺も嬉しい。」
「ははは!」
「あ、酒が来たようです。飲みましょ?」

カカシがそう言って数秒後に襖の向こうから「失礼します。」と声がかかり
仲居が酒を乗せた盆を持って入ると座卓の上へ置き「ごゆっくり。」と下がっていった。

「さ、飲みましょう先生。この酒も美味いです。」
「これも昨日飲まれたのですか?」
「これは俺が特別に頼んでおいた物。美味しいですよ。先生辛口好きでしょう?」

手甲を外して傍らへ置くと、カカシは色の白い綺麗な指で徳利を差し出した。

「さあ、今日は俺が先生を接待しますよ。おひとつどうぞ。」
「勿体無いです。でも、こんな機会無いので遠慮無く!」

ふふっと笑い合い、差しつ差されつ酒を飲みだした。
出てきた料理もカカシの言うとおり、どれも「美味い!」と思わず口に出してしまうほどで
「こんな事、癖になったらどうするんですか!」と、カカシを笑わせた。

「いいよ 癖になっても。先生なら毎日でも連れて来てあげる。」
「…はは…。」

まただ。 イルカは何故か警戒する。
この人は他の男と飲んでいても こんな顔でこんなことを言うのだろうか?
先日はカウンター席だったから顔を見なくても会話は進んだが、今日は御馳走を挟んでの向かい側…
真正面から見つめて来る彼の瞳をまともに見る事に危険さえ感じた。

『これはヘタしたら男も落とすな…。』

男も… ふと浮かんだ事なのに
イルカはほんの少し動揺し、視線をカカシから刺し身の皿へと移した。

「先生大丈夫?だいぶ顔が赤くなってきたよ。」
「!!だっ大丈夫です!あはは!もうー、どれもこれも美味しくって…。」
「うん。また来ようね?」
「でもほら、カカシさんには手料理を作ってくれる人だっているじゃないですか。」

カカシには彼女が居るという事を自分に言い聞かせるようにイルカは言った。

「いいなぁ!俺もそういう人欲しいですよ!ははは!」

努めて明るくそう言ったのに、カカシは何故かキョトンとした上に「手料理?食べないよ。」と沈んだ声で返してきた。
イルカは咄嗟に自分が拙い事を言ってしまったのではと口を結ぶ。
もしかしたら料理が苦手な女だったのかもしれない。くノ一には よくある事だ。

「あ…えへへっ、料理されない方も居ますよねっ。」
「そう?大抵の女は朝飯食べて行けとか夕飯作って待っているとか言うんだけどさ。俺は断るの。」
「え?あ… そうなんだ…。」
「だって何入れられてるか分かんないじゃない。」
「そんな事言っていたら何処でも同じですよ?」
「大丈夫。何か仕込まれていたら匂いや味で感じ取れるから。」

なるほどねぇ… と感心するも、付き合ってるのに手料理くらい…と思ってしまう。

「俺だったら喜んで食べるんですけどねぇ。ま、喜んで食べるし俺も料理好きなんで作ってあげたいし!」

ニカッと笑って「カレーなんて自信あります!友達も皆ウマイッ!て言ってくれるんですよ!」と付け加えて言った。

「良いですねえ、俺にも御馳走してくださいよ先生。」
「え?あの… 他人の手料理は食べないのでは…。」
「イルカ先生なら大丈夫、信じてるから。」

付き合う女の手料理は食べないくせにイルカのは食べると言う…
なんだろう?喜んでいいのだろうか… 喜んでしまえば自分の中の留めていた気持ちが決壊し溢れてきそうで怖かった。

『俺は何を怖れている?』

カカシに対しての、今以上の「好意」

「ねぇ、善は急げですよ!近い内に食べさせて?」
「え? あ…ああ…そ、そうですね。」
「?都合悪い?」
「いえ!あはは…急な事でどうしようかと…。だって俺んち汚いから。」

照れ隠しに満面の笑顔で破顔すれば「いいね…先生の笑顔大好き。」とカカシが嬉しそうに見つめてくるので気が付けば「あの…近い内に…。」と返事をしていた。

その日は それからイルカの頭の中には『部屋を片付けておかねば。掃除しなければ。』という事ばかりが頭の中を駆け巡り
食事の味も酒の味も記憶に残るほどでは無くなった。
食事を終えた二人は外に出ると「都合の付く日を明日にでも式で教え合いましょう。」と交わした。

「先生、送るよ。」
「大丈夫ですよ。そんなに飲んではいないですから!」
「ううん。送りたいの。」
「…はあ…では。」

俺への扱いも女並みか。 頭の中で そうボヤくも、じわりと嬉しさも込み上げてくる。

『俺は… 何を期待して…』

「送りたい」なんて台詞、カカシの常套句なのかもしれない。それとも自然とやっている事なのか? 男にも?

「楽しみだなぁ、イルカ先生のカレー。」
「あまり期待はしないでくださいね
、普段ろくな物を食ってないような仲間が誉めてくれるだけですから。」
「御飯を御馳走する友達って沢山いるの?」
「まあ数人…でしょうか。ガキの時からの友達とか、同僚とか…。」
「楽しそうだね、そういうの。」

切れ長の目が細く美しく弧を描き、気のせいかイルカの肩に置かれた手に少し力が篭ったように思えた。

「では、明日。シフト表をもう一度確認してから式を送らせて頂きます。」
「うん。待ってる。」
「…これから彼女の所へ?」

半分からかう様に、そして半分なぜか確認する様にイルカの口から出た問いかけに、カカシは溜め息混じりに答えてくれた。

「まさか。一緒に暮らしている訳ではないからね。今夜は自分のベッドで一人で寝るよ。」
「そうですか。」

すると、言い終わったカカシがスッとイルカに近付き両手をポケットに入れたまま顔だけをイルカの肩口に寄せた。

「今日は楽しかった、おやすみなさい。」

耳元で囁く様にそう言うと、再びスッと離れて「式、忘れないでね。」と一言残し瞬身で消えて行った。

なんなのだあれは なんなのだあの人は

外灯の下、一人残されたイルカの胸は苦しい程に高鳴り続けた。








 


 

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