≡ 連載もの・3≡

□ORGEL 6
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カカシに手料理を振る舞う事になった。
と、言っても誰でも作れそうな市販のルゥを使ったカレーなのだが。

それからと言うものの、イルカは帰宅すると毎日欠かさず掃除をしていた。
今日はこの部分の整理整頓、今日は天井の煤払い…
正直 掃除は毎日なんてしたことが無い。せいぜい休みの日くらいだった。
今夜も持ち帰った仕事を済ますと部屋を見渡し不備がないか、汚く見えるところはないか目でチェックをしていた。

『…もしかしたらトイレも“貸して?”て事が有るだろう。磨いておかねばな…。』

卓袱台に両手を付いて立ち上がると、トイレへ向かいチェックする。
さほど臭いはしないが消臭剤とやらを置いたほうがいいか?便座カバーとやらも付けたほうがいいのか?
そこまで考えて、ふと我に返る。

「………何やってんだ俺…。」

ブハッ!と笑いを堪えず吹き出した。

「ははははは!バッカみてぇ!」

たかが上忍。たかが一人の男を迎えるだけなのに、何をこんなに頑張る必要があるのか?
これではまるで、初めて彼女を部屋に招待するみたいではないか。
嫌われたくなくて部屋を綺麗にして、もっと好感を持ってもらいたいみたい……

『……だよな。上忍様に嫌われるのは不味いよな。』

部屋の乱れは心の乱れの現れ、とか思われても不味い。
ましてや未来を担う忍者の卵を教える立場の自分だ。きちんとしておかなければ何を思われるか分からない。

嫌われたく… ない。

その気持ちがイルカの手を動かし、程なくトイレ掃除も終わらせ
次には近くの洗面台まで磨き出していた。

『こんな事は、これ一度。』

一度 遊びに来たら二度と来ることも無いだろう。
おかげで部屋がいつもよりピカピカだ。暫くは自分も快適に過ごせそうだ。
そう思えば年末並みの大掃除も悪く無いと思えた。


そうして式を送り合い、決めた約束の日にカカシはアカデミーの前で待っていてくれた。
「!遅くなってすみません!お待たせしました!」そう言い駆け寄ると、カカシは嬉しそうに目を細め開いていた本を閉じると「ううん、いいの。」と優しく言ってくれた。

ドキドキする

カカシの仕草や声に胸が苦しくなるほどギュッとなる。

『俺は…。』

こんな時に気が付きそうになる自分の感情に蓋をした。
この人は男。決まった相手もいる人。

「じゃあ行きますか。買い物して行く?」
「あ、いえ。材料は全て買い揃えてあります。お嫌いな食材って無かったですよね?」
「うん、大丈夫。天麩羅が入ってなければね。」

アハハ!と二人で笑いながら歩き出す。
気のせいか、いつにも増してカカシは上機嫌だ。なのでイルカも調子に乗って告白する、あの事を。

「実はここ数日、毎日部屋の掃除をしていました!年末の大掃除より念入りに!」
「え?なんで?…まさか俺が行くから?」
「はいっ!だって上忍の方が俺の部屋に来るなんて初めてですからね!」
「そう… なんだ。」

カカシの見えている方の頬が薄っすら赤く染まるのが分かった。自分の為に掃除しただなんて聞いて嬉しかったのだろうとイルカは思った。

『掃除くらいで喜んでもらえるなんて…。掃除した甲斐があったな…… ん?』

人の気配がなくなり二人きりになった時、カカシがスッと隣に歩くイルカの手を握ってきたのだ。
最初こそ唖然としたイルカだったが、思いもよらぬ事に動揺する。

「え?あ、あのっ…?」

自分から振り払うのは上忍に対して失礼なので出来ない。

「ん?んー… なんとなく。ね?」
「で、でも」

もし誰かに見られたら。そしてその事が彼女の耳に入りでもしたら

「駄目?なんとなくイルカ先生の手を握りしめたくなっただけ。迷惑だっかな…ごめんね。」
「そんな事は無いですっ。」

離れていく温もりをイルカは追い縋るように握り留めた。

「突然だから驚いちゃって… すみません。あの…俺の手なんかで良かったら。その…握ってやってください。」

耳まで赤くなるのが自分でも分かった。

「…そ。じゃあ遠慮無く。」
「はいっ。」

驚いた事にカカシは手甲を外してポケットにしまうと、素手でイルカの手を握ってきた。

『カッ カカシさんの…』

肌の温もりが直に伝わってきて、多分首まで赤くなっているのでは?と思われた。
そんなイルカを覗き見るようにしたカカシは満足そうに「ふふっ」と笑う。

心此処にあらずのまま何分歩いたか分からないが、なんとか自分の住んでいるアパートに辿りつき
イルカはカカシから やんわりと手を離して胸ポケットから鍵を出すと「こちらです。」と先に階段を上り始めた。
「この階段、初めて上る。」と、キョロリと見回すカカシに「そうですよね。」と応えながら自分の部屋の扉の前まで行くと
「汚い所ですがどうぞ。」と扉を開けて先にカカシを招き入れた。

「へえ…。」

玄関のたたきに突っ立ったまま天井やら廊下の先を見ているカカシの横で
イルカは先に靴を脱ぎながら
「あまり見ないでくださいね。ボロアパートですから。」と困り顔で笑ってみせた。
イルカにそう言われたからか、部屋へ通されてからは周りも見ずに勧められた座布団へ腰を下ろしたカカシだったが…

『多分瞬時に見渡して、上忍の観察力で色々と分析しているに違いない…。』

教師だから本が多いな…とか。家具の古さは両親が残したものを大事に使い続けているからなのか…とか。

「どうぞ、粗茶ですが。」
「ありがとう。でも俺も何か手伝わせてくださいよ。野菜くらい切れますよ?」
「そう…ですか?」

普段あまり自炊をしていなさそうな人だけに、たまにこういう事をやらせてみるのも悪くないと思った。

「では、一緒に作りましょう!」

座っているカカシに手を差し出して立ち上がるのを手伝うと
「ちょっと待っててくださいね。」と、奥の寝室の箪笥からエプロンを一枚取り出して来て見せる。

「これ、前に卒業生達から早くお嫁さん貰うようにとプレゼントされた物なんです。」
「ポケットにイルカが刺繍されてるんですね、可愛い。」
「嫁さん来そうもないからカカシさんに使ってもらっちゃいますよ!ははは!」
「いいの?」
「どうぞ、どうぞ。」

シンプルな形の青いエプロンは左右に薄い水色のポケットが付いていて、右側だけに青いイルカのシルエットが刺繍されていた。
二人は早速狭い流し台の前に立ち並び、イルカが材料を出してカカシが主に切る作業を受け持った。

「カカシさん、肉の切り方大きいなぁ…。」
「え?ダメ?」
「あ、いえ!あはは!俺はもう少し小さく切って量を多くするんですよ!」
「でも結局グラム数は変わらないじゃない。」
「たくさん食べた気がするじゃないですか…。」

プッ とカカシが吹き出す

「イルカ先生って面白い。 …いいなぁ。」
「さて、あとは煮込んで… ルゥを入れるだけですね。煮えるまで軽く飲みますか?」
「いいねぇ。あー…酒でも持ってくりゃ良かった…。」
「ビール冷えてますよ!乾物くらいなら有ります。」

カカシは手渡された缶ビールを手に卓袱台へと戻る。
ふと見た箪笥の上には素朴な木枠の写真立てに両親と思われる写真。

「あ…。」

一度腰を下ろしたカカシだったが、あるモノに目が留まり再び立ち上がるとタンスの方へふらふらと近寄って行った。

「カカシさん?」

両親の写真を見に行ったのかと思われた。
が、カカシの手には修理して貰ったオルゴールが有った。

「これ。」
「はい。修理して頂いて母も喜んでいると思います。ありがとうございました。」
「これ、良い音色を奏でてくれるよね。気持ちが安らぐような。」
「母もこの曲が何なのか分からなかったようですが好きだったようです。本当に綺麗な音色ですよね。」

「直って良かった…。」 とイルカが微笑むと「うん、良かった。」とカカシも微笑み返した。

「さあ飲みましょう。テレビでも付けましょうか?」
「うん。…なんかこんなのって初めて。」

嬉しそうに「ふふっ」と笑うカカシを見ると、今日だけではなく好きな時にいつでも来てくれたらいいのにと思うと同時に
『カカシさんは彼女とはどんな過ごし方をしているんだ?』と不思議にも思ったし、気にもなった。

その夜は、イルカのカレーを「美味しい!」と、おかわりまでしてくれ
「今度は何をリクエストしようかな…。」などと真剣に考えこむカカシに
『また来るつもりなのかな…。』と、イルカの気持ちも弾んだ。

帰り際、玄関から出る前にカカシはイルカに振り向き言う

「焼き魚定食!」
「 ? え?」
「今度は普通の和食が食べたいです。焼き魚と味噌汁と…。」

女の手料理は信じられないが自分の様な無骨者の手料理なら少しは信頼できるんだ… と思うも、カカシの彼女に申し訳無さも感じた。

「貴方は本当に変わった人だ、カカシさん。」
「何故?」
「だって俺みたいのが作る料理を食べてくれるなんて…。」

何故だか可笑しくなってイルカはクスクスと笑い出す

「 !!! 」

笑っていると、突然ふわっとカカシに抱きしめられ驚いた。

「今日はありがとう、とても楽しかった。」
「え… あのっ。」
「また近いうちに… ね?」

パッと体を離してカカシがニコリと笑う

「じゃ!」
「………。」

片手を上げて玄関の外へ出て行くカカシをポカンと見ていたが、ハッと我に返り慌てて廊下へ出る。

『もう… 居ない…。』

両手でそっと自分の体を抱きしめた。
あの人はスキンシップの好きな人なのか?と頬を染めながら先程の温もりを思い出す。

『あんなだから誤解されやすいのかも知れない…。』

多分女にも同じ接し方なのだろう。あれでは女も勘違いして好きになるはずだ。

『焼き魚…』

また来るならば、暫く部屋も散らかしていられないなと苦笑した。






続く



 


 

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