∴季節物・誕生日∴

□2018年 イル誕
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五月にしてはとても熱い夜。
イルカは窓を少し開けたまま今日生徒達に書かせた作文に目を通していた。
将来どのような忍者になりたいのか。そして木ノ葉の里がどのような里になれば良いか皆の夢も書いてもらったものだ。
「低学年にしては皆しっかりした意見を書いていて感心するな。」
親バカのように自分のクラスの生徒達を褒めたたえ、一人でニヤニヤしていたその時。コンコンコンッと控えめなノック音がイルカの部屋の玄関扉から響いた。
『ん?誰だ⋯。嫌な気配ではなさそうだが⋯。』
イルカは少し警戒してから、のそりと立ち上がると足音を立てずに玄関へと向かった。
「⋯どなたですか?」
「あ⋯あの、はたけカカシ⋯です。」
「!カカシさんっ?」
はたけカカシとはほんの半年前からの付き合いで⋯と言っても偶に飲みに行くくらいの仲なのだが。
静かに扉を開けると確かにカカシがそこに立っていた。こんな時間に用事でも有るのかと思いよく見たら、薄汚れた忍服に背嚢を背負っている姿だったので任務帰りと見受けられ思わず「あの、お疲れでしょうから取り敢えず中へどうぞ。」と声をかけたのだが
「え?いいんですか?」とカカシが驚いた目を見せたのも無理はない。部屋へ上げるなんて初めての事だったからだ。
「すみません⋯お邪魔します。」
おずおずと玄関扉の内側へ入って来た迄は良かったが何故かカカシは立ち止まり固まった。
「どうしましたカカシさん?遠慮するような場所ではないのでどうぞ。汚いですけどね!」
「いえ、あの⋯俺が任務帰りで汚くて⋯。用事はすぐ終わるし、ここでいいです。」
「⋯⋯。」
申し訳なさそうに俯くカカシを見ていたイルカは、まるで困り果てているアカデミー生を見ている気分になり、ついつい自分の生徒にするように快活に話しかけた。
「何言ってんですか!汚いの気にするようならシャワーでも使ってください!綺麗になる頃には簡単な飯も用意しておいてあげますよ!」
とニカッと笑顔を見せて手を差し伸べた。
「シャ⋯シャワーまで?先生の家で?」
「あ⋯すみません。調子に乗りすぎました。」
「いえ!あの⋯その⋯ご飯も作ってくれるの?」
その時カカシの腹がグゥと鳴り、二人目を合わせてクスッと笑いあった。
「上がってくださいカカシさん。足汚くても構いませんよ、雑巾で拭きゃいいんだから。気にせずどうぞ。」
「先生優しい⋯。」
「ははは!次に飲む時が怖いですよ〜?」
「はい。美味しいものご馳走します。」
イルカの砕けた話し方にカカシもニッコリ微笑んで遠慮なく上がる事が出来た。
カカシがシャワーを浴びているあいだ、イルカは今夜の残りの味噌汁を温め直し惣菜の残りも小綺麗な皿に盛り付けて卓袱台の上に用意した。
そうしてひとつ残ってた缶ビールも惜しげも無く出す事に決めた。
久しぶりの来客で、しかも最近仲良くなり始めたカカシだったせいかイルカは楽しさを隠しきれずに鼻歌混じりで部屋と台所を行き来してる。
「先生?なんか楽しそうですね?」
「あ、早いですね!どうぞ座ってください。こんなものしかないけれど。白米も食べますよね?いま持ってきます!」
まるで至れり尽くせりでカカシを持て成すイルカの頭の中からは、カカシがなぜこんなに時間来たのかと言う疑問はすっかり消えていた。
「惣菜は買ってきたものですが味噌汁は俺が作ったものなので不味かったら残していいです遠慮なく!」
「先生の手作り?美味しいよ?すごく美味しい。」
「そうですか?えへへ。」
「それにビールまですみません。先生は飲まないの?」
「俺はもう飲んだし、要らないです。」
いつもは居酒屋の席でしか二人で過ごす事などないのに、こうして自分の部屋でカカシと二人で話が出来るのが楽しくて仕方がないイルカは自分が用意した御飯を美味しそうに食べてくれているカカシを満面の笑みで見続けた。
「えーと⋯あの、先生は仕事中だったのでは?」
食べ終わって空になった茶碗などを重ねて「ごちそうさまでした。」と言いながら卓袱台横の畳の上に置いてある作文用紙の束を見てカカシが問いかけた。
「仕事って言うか⋯生徒達の作文に目を通していたのです。」
「へえ。作文か⋯。」
「あ、お茶でも淹れますね!お待ちください。」
「え、あの⋯」
イルカはいそいそと茶碗を下げに台所へと向かい、何やらヤカンに水を入れる音、そしてガスコンロに火をつける音がして⋯
『イルカ先生⋯嬉しいんだけど⋯まいったなぁ⋯。』
横に置いてある自分のポーチにソッと手を置きカカシは小さくため息をついた。実はこのポーチの中から出したい物が有る。けれども出すタイミングが掴めず困った。
「お茶、どうぞ。」
「ありがとうございます⋯。あの⋯。」
カカシがもじもじと困ったような顔を見せたのでイルカはハッと気がついた。
「あ!つい楽しくて⋯引き止めちゃってますよね俺?すみません!カカシさんの都合も考えずに⋯!」
「いえっ!ち、違うんです!あのっ実はその、こ、これ⋯。」
カカシがポーチから掌に乗るくらいの小袋を取り出し、イルカの目の前に差し出した。
「え?なんですかこれ。」
「今日は織物で有名な里まで行って来たんですけど⋯。えーと、ささやかながらイルカ先生へ髪紐を⋯」
「お土産ですか?!わあ!」
「いえ、あの⋯先生の誕生日祝いにと思いまして⋯。」
「え?」
「誕生日の今日、二十五日に間に合うようにと急いで帰ってきたんです。本当はこんな汚いなりだから玄関先で渡して帰る予定だったのに、俺の方が持て成されちゃって!すみません!」
「えーとあのぉ⋯俺の誕生日は二十六日です⋯よ?」
「 へ? 」
「いえ、前日だからさほど変わりはないですが⋯。」
そう。今日はまだ二十五日で⋯。と、その時、壁の柱時計がボーンボーンと鳴り出した。
「あ、二十六日になった。二十六日になりましたよカカシさん!」
「俺⋯ 勘違いして⋯しっ失礼しました!誕生日を間違えるなんて!」
「ははは!お気になさらずに!それより何よりお土産⋯じゃなくて、プレゼント!ありがとうございます!」
「先生⋯。」
少しホッとした様な顔になったカカシは仕切り直しと言うように、姿勢を正してビシッと正座すると深々と頭を下げた。
「イルカ先生お誕生日おめでとうございます。」
「ありがとうございます!でもあのっ、そんな深々と頭を下げなくてもいいんですよー。」
「あの⋯お茶飲んだら帰りますんで⋯。ご迷惑でしょうし。」
顔を下げたまま寂しそうに言うカカシには、イルカ自身ももう少し一緒にいて欲しくって。
「今日は土曜日です。アカデミーは休みですし、カカシさんは?」
「俺は今日明日と非番です⋯。」
「じゃあ飲んじゃいましょうか!今ここで!」
「え?」
イルカはスクッと立ち上がると「実はビールは無いけど頂き物の酒が有るのです。」と悪戯っ子のような顔を見せて背後の茶箪笥の下の開き戸の中から洋酒の瓶を取り出した。
「随分と洒落た物が有るんですね。」
「何か簡単なものを作りますから少しお待ちください。塩辛や漬物くらいならすぐに出ますし。」
「手伝います!」
いそいそとイルカのあとについて台所へ行き並んで流し台の前に立った。
「ふふふ⋯。」
「?どうしたの先生。」
「だって⋯今年の誕生日、日付が変わって一番最初におめでとうって言ってくれたのがカカシさんだなぁ⋯って思って。」
「⋯うん。俺も嬉しいです。一番に言えたってのが。」
「カカシさん子供みたいだ。ははは!」
「ふふっ。」


ささやかながら 二人だけの誕生日パーティが静かな夜に始まろうとしていた。








 



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