※カカイル短編3※

□魅する声
1ページ/1ページ




忍者アカデミーも来春の入学生を募集する時期となった。隠れ里は親が忍の子が殆どだが、たまに店を営む一般人の子供が自ら希望するパターンもあったりする。
入学希望者は入学説明会も勿論あるが他にも数回の体験入学などもあり、まるで忍者ごっこの様にグラウンドを走り回ったり紙の手裏剣を作って投げる練習をしたりするのでとても楽しい。まだ五、六歳の子供達の幼いはしゃぎ声がなんとも賑やかだ。
そんなある日 今は上忍となった卒業生の元教え子、春野サクラが絵本を数冊抱えてアカデミーの職員室を訪ねてきた。
「イルカ先生お久しぶりです!」
「サクラ元気だったか?いやあ同じ里内に居てもなかなか顔を合わす事が無くなったなぁ!」
「ほーんとですね、イルカ先生相変わらず恋人のひとりも居ないんですかぁ?」
「俺はね、忙しいのっ!それより年頃のお前だって早く彼氏作らんとな!」
「…私は… いいんです。ほら、まだ修行の途中だし!」
そうか、余計な事を聞いてしまったな。きっとサクラはまだサスケの事を忘れないでいるのだ。
「それよりどうしたんだ今日は?」
「あ、そうそう!これです!」
「絵本?」
サクラが俺に見せたのは全て忍者が出てくる子供向けの話を絵本にしたものだった。
「これ、部屋を整理していたら押入れから出てきたもので…。小さい頃に買ってもらった本なんですけど何かお役に立てればと思って。」
「忍者の絵本か…」
低学年用に図書室にでも置こうかと思った時、ふと良い考えが浮かんだ。今度の体験入学で読み聞かせをしたらどうだろうか?まだ幼い子供達は絵本による忍者の活躍で少しは楽しめるかもしれない。
「それ預かっていいかなぁ?体験入学で子供達に読み聞かせようかと思うんだ。」
「あ!それいいかも!イルカ先生の読み聞かせなら凄く聞き取りやすそうだし!」
「ははは!俺は無駄に声がデカイだけだからなぁ!」
「ううん、先生の優しい声って凄く癒されるよねって女子達の間では評判なんですよ?」
「え?そうかぁ?そう言われると悪い気はせんなぁ。」
えへへと鼻の下を伸ばして喜ぶ俺に「早くお嫁さん貰ってよね先生!」と絵本を押し付け「読み聞かせ頑張ってくださいね!」とサクラは帰っていった。
「ホントだよなぁ… 嫁さん貰って自分の子供に読み聞かせなきゃなぁ…。」
未だ果たせそうにも無い夢を溜息と共に今は頭の片隅に追いやり、来週の体験入学の為に家に持って帰って少し読み聞かせの練習でもしようとカバンに詰め込んだ。

「はい!みんな、ちゅうもーく!」
体験入学用の一階の教室でキャイキャイ騒ぐ来春入学予定の子供達に声をかける。その部屋は在校生達が使っている備え付けの雛壇の机などは無く、ただ広いだけの教室で、俺が座る椅子の前には子供達が座る為の花茣蓙(はなござ)が広く敷かれてあり、教室の後方では保護者のお母さん方がニコニコと子供達の様子を見ている… と言った具合だ。
「今日は忍者が出てくる絵本を持って来ました!先生が皆に読んで聞かせるので近くに座ってください。」
「わあー!」
「面白い?」
「読んで読んで!」
子供達が絵本に注目しながら寄って来て「さて始まり始まりー」と、皆に絵が見えるように開きながら俺は練習通りに楽しく聞こえるよう話しだす。
開いた絵本はキンタと言う少年忍者と、その口寄せのクマゴロウと言う熊の活躍の物語である。
「その時キンタはクマゴロウの背中に跨がりこう言った!“みんな降参するがいい!俺に勝てる奴はいないぞ!”」
子供達の目がキラキラしているのが分かる。そんな子供達を見る俺の心もワクワクだ。
「“まいったか!これに懲りて二度と悪い事も出来まい!”“まいりましたー!もう悪い事はしませんー!”“はっはっはっはっはー!”キンタは悪者から村を守り、悪者達はスタコラ逃げて行きましたとさ。めでたしめでたし。」
話が終わっても子供達は「キンタみたいな強い忍者になる!」「くちよせの動物が欲しいなぁ。」と楽しそうで何よりだった。
「いやぁ、面白かったなぁ。」
「 カカシさん!」
驚いた。いつの間にやら開いた窓から“写輪眼のカカシ”こと里一番の業師はたけカカシさんが教室を覗いていたのだ。
「何か御用事でも…?」
「いーえ、近くを通ったらとても良い声が聞こえて来たのでつい…。」
そう言いカカシさんはニコニコしている。良い声?俺の声が?
「やだなぁ、からかわないでくださいよ。」
俺の言葉に彼も何か返答しようとした時、数人の子が絵本を持って近寄ってきて言った。「せんせーこれも読んで!」それはモモタと言う忍者が悪者から姫を助ける話の絵本。
「おお!これも面白いんだぞ〜。」
「わあ!読んでぇ!」
するとカカシさんまで「読んでぇ。」と小さく高い声色で要求してきた。うーん… 読むのはいいが実は今日の俺は少々喉の調子が良くなく… そうだ!と、そこで閃く俺。
「カカシさん、どうですか?子供達に読み聞かせ、体験してみませんか?」
多分俺はズルい顔でニヤニヤしながら言ったと思う。上忍様の絵本の読み聞かせなんて贅沢極まりない。普通の上忍なら怒り出すかもしれない頼みをカカシさんに出来たのは彼が階級など関係なく皆に優しく接してくれる方だからだ。
いや、実はそれだけではない。最近一緒に飲みに行くようになっていて、かなり砕けた仲になっている、と言うのもある。 …とは言え、やはり失礼な頼みごとだったのかも…
「面白そうだね。どれどれこの本を読めばいいの?」
「カカシさん!」
やはり彼は優しい人だ。ひとつも嫌な顔など見せず、ヒョイと(子供の前で行儀は悪いが)窓の外から室内に入り、差し出された絵本を手にして興味深げに表紙絵を眺めていた。
「モモタと花のお姫様… か。ふむ。」
「あ、あの…まさか本気でお読みに?」
「読んであげるだけでしょう?普通に。」
「え?あ、まあ… はい。」
細かい事は言わずにおこう。何でもこなすはずの上忍だ。淡々と読まずに少し感情込めて…とか、せめてモモタと姫の声は変えて台詞を言ってくださいね、とか。余計な事は一切口出さずにいる事にする。お手並み拝見だ。
カカシさんが絵本を手に静かに子供達の前に置いてある椅子に座る。「ん、コホン。」軽く喉慣らしをした。後方でニコニコ見ていたお母さん達も何者か?と訝しげにカカシさんを見てコソリと耳打ちし合っていた。いやいや、この方、見かけは怪しいですが凄い上忍様なんですよ!
子供達もゴクリと息を呑んで、どんな楽しい話が始まるのかと期待に満ちた目でカカシさんと絵本を見ていた。
「モモタと花のお姫様。」
始まった!
「それはモモタが花の国へ行った時の事でした。」
うんうん。 …カカシさん良い声だなぁ。
「“助けてー!”“姫!今まいります!”」
うんうん。 姫の声も高めの声で読んでバッチリ!……ん?
物語が中盤に差し掛かったその時 ふと気が付いた。子供達の目が… 死んでる気がする…。あれ?面白くないか?あ、アクビしてる子が居るぞ。あ〜… 隣の子と遊びだしちゃった子も…。けれどもカカシさんの読み聞かせは続く。
「“うわあぁぁ!”悪者達は逃げて行きました。」
うんうん。モモタが姫を助けたんだよ!次はモモタのカッコいい台詞だぞみんな!ちゃんと聞いてやってくれぇ!
「“姫…おケガは有りませんか?え?俺ですか?ふっ…俺は大丈夫。あなたが無事なら… 何よりです。”」
「………。」
なんだろ。なんで赤面してるんだ俺。だいいちモモタの台詞、そんなムードのある間(ま)を作って話すの可笑しいだろ。「ふっ」なんてキザな笑い方…て言うか台詞入ってないだろ。無駄にモモタから色気出過ぎちゃってるだろ。低音のカカシさんの良い声で言われたらドキドキしちゃうだろ!花のお姫様!そして俺!
「きゃっ」とお母さん達がざわめき出したのが分かった。見ると皆さん赤面してトロンとした目でカカシさんを見てる。何故かムッとする俺。
「“ありがとうございました!あなたの名は?”“ふっ… 名乗る程の者では有りません。それでは……お気を付けて。”」いや、だからその間(ま)!「ふっ」て笑い!
きゃーーー!とお母さん達の歓声に子供達も驚き後ろを振り向く。
「めでたしめでたし。はい、おーしまいっ!」
当のカカシさんは満足したのかニッコニコしてる。が、子供達は退屈そうな不満顔だ。
「お…面白かったな!お姫様が助かってよかった!はい、この方にお礼を言おう!お忙しい方なのに読んでくださったぞ!」
「あまり面白くなかったー。」
「こっちの先生の話し方の方が面白かった。」と俺を指差す子供。すると「俺もー」「私もー」と皆が言い出したものだから喜んでいいのかカカシさんの手前どうしたら良いのか「アハ、エヘ。」と変な笑顔しか作れない俺だった。するとカカシさんがポツリと
「うーん。やっぱりダメかぁ…。イルカ先生の話し方の方が魅了されるよね。うん、分かる。」
そう言ってひとりで頷いていたが、本人気付いていないのだろうか?カカシさんには子供達より母親達の方が凄い反応を示していたことを。見てくれ、未だに後方から熱い視線が送られている。
「カカシさん、ありがとうございました。」
「いえいえ、僅かな時間でしたがイルカ先生の授業に参加出来て嬉しかったです。では!俺はこれで!」
「ありがとうございました!」
カカシさんはまたまた窓から外へ飛び出し、どこぞへ走り去ってしまった。後に残された俺はお辞儀をして見送り、母親達は「あ〜…」と残念そうな声を上げていた。
その後も子供達がもう一度「イルカ先生」に読んで貰いたいと希望してくれたので“亀に乗ったウラタ”と言う口寄せ獣が亀の忍者の物語を、調子の悪い喉もなんのそので張り切って読み聞かせたのだった。

後日 サクラが再び職員室を訪ねてくれた。今度は差入れだと言ってクッキーを持って。
「え!カカシ先生が!?ウッソー!」
「あ、いや、うん。やっぱ驚くよな。ははは…。」
「どうでした?子供達が楽しんで聞けるような話し方してました?」
それを聞かれると困るのだが… ま、正直に その日の様子を話してみた。
「でしょうねぇ。あんな怪しいおじさんが悠然と語り聞かせてもねぇ…。その点、イルカ先生の声は絶対子供受けする優しい声ですもんね!」
「何言ってんだサクラ。俺の叱る時の声を知ってるだろう?」
「知ってるわ。ナルトがよく怒鳴られてましたもんねぇ。」
キャハハ!と思い出し笑いをしたあとに、フッと優しい眼差しに戻り「でもイルカ先生は怒鳴り声にも愛を感じましたから。」と言ってくれた。こんな表情を見せるなんてサクラも大人になってきたなぁ…と実感する。
「でもなぁサクラ。ところが、だよ?子供に受けが悪かったカカシさんの読み聞かせだったけど、お母さん達には物凄いインパクトがあった様だよ?」
カカシさんの読み聞かせの声が、如何にセクシーだったか… 年頃の教え子にそっと教えた。
「あ〜… それも分かる気がするなぁ…。カカシ先生の声って黙って聞いていれば良い声ですもんねぇ。私は興味ないですけどっ。」
フンッと鼻で笑い、やれやれと言った表情を見せるサクラに、やはり大人の女を感じたが… 怖い女になってくれるなよ?サクラ。
結局絵本はアカデミーの図書室に寄付という形に収まり、読み聞かせも一度きりの事で終わらせ、残りの体験入学は体術(簡単な運動)で皆を楽しませた。

「あ、そうなの?読み聞かせやめたの?」
隣で猪口の酒を飲み干しながらカカシさんが軽く驚いていた。
「ええ、普段読み聞かせなんてしていないですしね。あれはたまたまサクラが寄付してくれた絵本が有ったからした事ですし。」
「そう。 …残念だなぁ。」
「そうですか?あ、もしかしてまた読み聞かせ体験してみたかったのでしょうか?」
ふふっと笑ってカカシさんを見ると、彼もこちらを見ていて「先生の話し声が好きだからだよ。」と真剣な眼で俺に言った。
だからっ!そんな良い声で、そんな風に語りかけるのやめてくださいって!顔が赤くなるじゃないですか!うはぁー顔が熱くなってきた!くそー!あの読み聞かせからカカシさんの声のトーン意識しまくりだな俺!
「カッカカシさんの声の方が凄く魅力的じゃないですかっ!なんて言うか その… 大人の魅力って言うか… 子供達よりお母さん達の方が喜んでウットリ聞いてましたよ!」
「あら、ヤキモチ妬いてくれた?」
「は?なんすかそれ。そんなんじゃ無いですよっ。」
何言ってんだこの人。ニヤニヤしているのが余計気に食わない。
「ま、いいけどね… その内…」
「は?今何か?」
「んー? ほらほら先生、お猪口あけてくださいよ。もう一本頼みましょ?」
「あ、はい。」
グビッと酒を飲み干していると、カカシさんが耳の近くで囁くように俺に言う
「また話、聞かせてね…」
カカシさんの声はお母さん達だけでは無い、本当に… 男の俺でも身を委ねたくなるような素敵な声なのであった。

ああ… どうにかなりそうで、俺、危ない。









 



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ