∞シリーズもの3∞

□小鳥の恋2
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【12】



翌朝カカシとイルカはしばらく手を繋いで里へと向かって歩いていった。誰も通らないような山道だからと手を繋いで歩いていたのだが、数キロ手前になるとイルカの方から、誰かに見られても照れくさいからと、お手々繋いで里帰りはそこで終わりとなった。
そんな事よりイルカの頭に浮かび悩まされるのは五代目からのお叱りの言葉。きっと叱られるに違いない。「イルカ、大変だったな?」などと優しい言葉をかけてくれるとは思えない。
「お前は一体何をやってるんだい!?」とかなんとか腕組みしながら呆れ顔で怒鳴るに違いない。
『仕方ない⋯。俺が悪いんだもの。』
たかが中忍一人の失態に里の誉を動かすことにもなってしまったし⋯。しゅんと項垂れて歩くイルカの気持ちを読み取ったのか、カカシが優しく声をかけてくれた。
「先生、五代目もシズネさんも皆心配してましたよ。先生の無事な姿を見たら、きっと五代目だって泣いて喜びますよ?」
「ほ⋯本当ですか?」
あの五代目が?心配してくれてたなんて。心の中に浮かんでいた鉛色の雲が少しだけどサーッと消えたような気持ちになった。
「とにかく里に入ったら真っ直ぐ五代目の待つ執務室へ来いと言われているから、無事なその顔見せてあげましょう。」
「はい!」
そうか、心配してくれていたんだとイルカの気持ちも更に晴れて足取りも軽く、遠くに見えてきた大門へと心做しか早歩きで近づいて行った。きっと五代目も「よく無事で帰ってきた」と喜んでくれるに違いない。



「お前は一体何をやってるんだい!!」
執務室で顔を見せるなりイルカは綱手に怒鳴られた。
『え?あれ?え?心配してたって⋯あれ?』
心配どころかイルカが最初に想定していた通りのセリフだ。
「聞けば落としたチョコを口にしてそうなったらしいじゃないか!お前はそれでも忍か!」
「すっ⋯すみませんっ!!!お恥ずかしいです!」
イルカは慌てて膝に額が付くのではと思われるほどに腰を曲げて頭を下げた。
「ま、まあまあ綱手様、ここは俺に免じて⋯」
「煩い!忍者が拾い食いするなど言語道断!」
『拾い⋯食い⋯。うわあー確かに拾い食いだよな!穴があったら入りたい!カカシさんの前で拾い食いで叱られるなんて!』
耳まで真っ赤に染めたイルカは顔を上げられずに泣きたい気持ちでいっぱいだった。
「お前はいつも拾い食いするのかい!?教師ともあろうものが!」
「綱手様」シズネが熱いお茶を前に差し出し「少し落ち着いてくださいね?」と困った顔で笑顔を取り繕っていた。
「⋯私は心配して叱っているんだよ。無事に帰ってきたから良いものの。」
目の前のお茶に戦意喪失したのか、綱手はドカッと椅子に腰を下ろすと、ひとくちズズッと茶を啜った。
「イルカ、顔を上げな。」
「⋯はい⋯。」
赤味が薄ら残っているイルカの顔は今にも泣きそうな情けない顔をしていた。
「あの姫さんからチョコ玉を貰ったんだって?」
「はい⋯。姫が御自分用に持たれていた菓子だった物ですから、なんの疑いも持たずに口にしてしまいました。」
「でも一度床に落としているだろう。」
呆れた声で言われたが、イルカは自分でも呆れていた。
「はい⋯でも三秒ルールで大丈夫かと⋯。すみません。」
「なんだいそれ、三秒ルール?」
するとシズネがクスッと笑って綱手に伝えた
「落とした物でも三秒以内に拾えば口にしても大丈夫!ってやつですよ。」
これに関してはカカシも内心呆れていた。床に毒でも塗られていたらどうするんだって話だ。有り得ない話でもない。
「ここは自分の里内だからと油断するな。落とした物は口にするんじゃないよ。」
「すみません⋯。」
「まあとにかくだ、無事で何より!今日は家に帰って体を休めな。明日からは出て来てもらうよ!」
「はいっ!!ありがとうございます!!」
そうして執務室から出るなり、珍しくイルカの方からカカシの腕にしがみついてきた。
「先生!?」
「はあ〜⋯もう俺本当に自分が情けないです。」
「大丈夫大丈夫。誰でも失敗の一つや二つ有りますよ。でも二度と三秒ルールなんて変なルール使わないでね。拾い食い禁止です。」
「ぎゃー!カカシさんがそれを言わんでください!分かりましたから!もう三秒ルール使いませんから!」
ヒーヒーと後悔しているイルカの姿にカカシも安堵の溜息を吐いた。


「え?アオバのやつ里外?」
数日後、イルカの無事帰還を祝って皆で飲もうと集まった中忍、特上仲間での飲みの席での事。イルカが素っ頓狂な声でライドウに聞いていた。
「自ら志願してお前が帰ってくる前には西の国境警備に赴いたぞ。半月は帰らないってさ。」
「なんだよォ、俺言いたいことあったのに!」
「何?」
「アオバは烏を操るくせに、なぜ俺に気が付かなかったのかって事だよ。捕まえて⋯多分眠らされたんだぜ?気がつきゃ馬車の中さ。」
「それ、カカシさんには絶対言うなよ。アオバの命が危ない。」
「え?あ⋯うん。」
まさかそんな事くらいで同胞を手にかける事など無いと思われるが、カカシの「静かなる怒り」というものは怖いものだ。
『そうか、アオバは気づかれちゃマズいと逃げたんだな⋯。』
俺からちょっと小言を言うだけのつもりだったのにと、逆に申し訳ない気持ちになった。
『帰ってきたらカカシさんには内緒にしておくからと酒でも奢らせて終わりにしよう。』
ニシシ⋯ と笑ってビールを一気飲みにした。


後日談
イルカが里に戻って数ヶ月後に彼を訪ねて来た者があった。他里からやってきた二十歳そこそこの女性だ。
「え?イルカ先生?」
「はい。お会いしたいのですがどちらの方へ行けばよろしいのでしょうか?」
門番をしていたイズモとコテツは顔を見合せると、同時に目の前の娘を再び見た。
「えーと、うみのイルカの事ですよね?」
「苗字は分からないのですがイルカ先生と呼ばれてましたので⋯」
そんなイズモ達と娘のやり取りをたまたま通りかかったカカシが見てしまった。
『あの娘は⋯』
イルカと小鳥の姿で一緒にいた小娘だ。見るからにイルカのタイプな娘。
『何をしにやってきた?まさか先生に会いに?』
足は自然と大門の方へと動いていた。
「え?顔は分からないの?名前だけ知ってて来たの?」
問い詰めるコテツをやんわり遮りイズモが通行証と来里者帳を取り出した。
「とりあえずここに貴女の名前と里の名前をお書きください。」
「あ⋯はい⋯。」
白くてふんわりした指でペンを持つとバインダーの記入欄にペン先をあてた。
「ねえ、君。」
「 ! あ⋯。」
カカシが声をかけると顔を上げた娘はハッと目を丸くした。
「あのっ、あの時はありがとうございました!」
慌てたように深々とカカシにお辞儀をしたのは「モモ」と呼ばれていたあの小鳥だった娘。イルカの顔を知らなくとも、助けに来たカカシの容姿は知っている。
「カカシさんのお知り合いで?」
「ああ⋯うん。」
「イルカに会いに来たらしいのですが。」
「うん。あとは俺に任せて?」
カカシは娘の肩を誘導するように軽く押すとイズモ達から離れた所まで歩かせた。
「あのね、イルカ先生は今は里に居ないんだ。任務で里外に出てる。ひと月は帰らないよ。」
「え!そんな⋯。」
モモと呼ばれていた娘はとても残念そうに俯いた。
「あの人も忙しい人でね。何か伝えておこうか?」
「里長のお使いで近くまで来たものですから⋯ぜひお会いして少しでもお話できたらと思っていただけなので⋯。」
「そう、残念だね。」
「あの⋯」
「ん?」
「イルカ先生ってどんな方ですか?」
可愛い顔で見上げてくる。イルカが心を動かされるとは思えないが、ポーッとくらいはなるだろう。
「そうだね⋯老若男女、誰からも好かれる人だよ。そして⋯」
「そして?」
「⋯恋人が凄いヤキモチ焼き。」
「わあ!そうなんですか?ふふっ。」
ふふっと笑った後に少し残念そうに見えたその顔がカカシには気に食わなかった。やはり少しはイルカに惹かれていたのに違いないから。
「じゃあ私はこれで帰ります!あの⋯」
「ん?」
「イルカさんによろしくお伝えください。小鳥のモモこと花隠れの里の胡蝶が訪ねてきていたと⋯。」
「⋯胡蝶さん⋯ね。分かりました。」
しっかりと自分アピールを忘れないで帰っていく娘の後ろ姿をカカシは暫く眺めていたが、踵を返すとイズモとコテツの方へと戻ってきた。
「あれ?あの娘帰っちゃったんですか?」
「うん。そんなに時間が無いようでさ。ほら、イルカ先生まだ授業中でしょ?」
「可愛い子だったよなぁ。イルカも隅に置けない。」
「ほんとほんと。」
顔を見合せ頷き合う二人に左目を晒したカカシが声をかけた。 「ねえ、君達ちょっとこっち見て?」
「「 え? 」」
写輪眼を回しながらイズモ達に一言「今のあの娘の事は忘れてね。」そうして何事も無かったかのようにカカシはその場を直ぐに立ち去った。

「カカシさん!お待たせしました!」
アカデミー業務を終え、イルカは待ち合わせしていたカカシの元へ軽い足取りで駆け寄る。
「いやあ〜腹が減りました!今日の昼飯は握り飯一個で終わっちゃったんで!」
子供が大喧嘩始めたから止めに行ったら昼休み終わっちゃって⋯ハハハ!と豪快に笑うイルカを優しく目を細めて見つめるカカシの頭に胡蝶の顔が浮かんだ。そして、二度と会いになんて来るなよと強く願うと優しい眼差しも一瞬憎悪に満ちた目になったが、楽しそうに歩くイルカは気づくはずもなかった。
『今夜は少しお仕置きだね⋯。』
誰からも好かれる恋人の可愛さに、やるせない顔で溜息をひとつ漏らすカカシであった。












 


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