∞シリーズもの3∞

□小鳥の恋2
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【3】


イルカ達が貴賓室に着いて三十分もせぬうちに一行はやって来た。
部屋へ入ってきたのは、ほんの少しポッチャりとした十歳の女児とお付きの女性ひとり、男性ひとり。そして木ノ葉の特別上忍が二人。
『お、ご苦労様です。』
イルカは部屋の隅で待機の為に並んで立つアオバとライドウに軽く頷く程度の会釈をした。
「お待ちしておりましたわ!温泉は如何でしたでしょうか!?」
一行を招き入れたスズメがソファーへと導きながら愛想良く話しかける。
「喉乾いた。ジュース飲みたい。」
「!!あらっ!気づきませんでっ!ただいまお持ち致します!」
あとはお願いと、こちらに目で合図を送って退室して行くスズメの後ろ姿を見送るとイルカは再び娘の方に視線を移した。そう言えば名前を聞いていない。
「あの⋯」
「なんでしょうか?あなたは?」
娘の方を見て声をかけたのに、返事をしたのは年配のお付きの女性の方だった。細身で眼鏡をかけており⋯まるでエビス先生の女性版の様だとイルカは思った。多分教育係と言ったところか。
「申し訳ございません。自己紹介がまだでした。私はこの里の忍者アカデミーで教師をしております。うみのイルカと申します。」
「あらそう、先生ですか。先程の女性も?」
「はい、そうです。スズメ先生と言います。」
「で?何か?」
「あの⋯お嬢様のお名前をお聞きしても宜しいですか?」
イルカがそう言うと直ぐに「綿雪!」と娘が答えた。しかし顔は上げず視線は手元の本に向けたままである。
「わたゆき⋯ 可愛い名前ですね。」
「生まれた日に雪が降っていたんだって。」
こちらを見もせず返事だけは返してくれる。
「そうですか。冬にお生まれなのですね。」
「⋯⋯」
漸く顔を上げ、綿雪は自分に話しかけてくるイルカの顔を見た。ポッチャりとした白い頬は名前の通りだとイルカは小さく微笑んだ。
「よろしくです、綿雪様。」
「⋯ねえ、顔の傷は誰かと戦って付いたの?」
「ああ⋯この鼻の傷ですか!」
ハハハと笑いながら、鼻傷がもっと良く見えるように彼女の目線に合わせるよう膝をついた。
「残念ながらこれはやんちゃだった幼い頃に付いたものなのです。戦って付いたものなら格好もつくのですが⋯。」
ニコニコと笑いながら話しかけると、綿雪は少し頬を染めて「ふぅん⋯。」と納得したようだった。
「キヌエ!私のチョコ出して!」
「おやつですか?」
「早く!」
お付きの女性の名はキヌエと言うらしい。キヌエは布で出来た少し大きめの手提げバックから巾着型のビニール袋を出して綿雪に渡した。
綿雪は巾着の紐を解くと「ちょっと待ってて」とイルカに言った。
「 ? 」
「これあげる。手を出して。」
言われた通りに綿雪の方へそっと手を出すと、彼女の手からイルカの手のひらへポロポロと数粒の色とりどりに砂糖でコーティングされた少し大きめのチョコ玉が落とされた。
「え?良いんですか?頂いちゃって。」
「これ美味しいの。あげる。」
綿雪は未だ笑顔も見せずツンとした表情のままだけど、赤く染めた頬が子供らしく昂った気持ちを表しているようでイルカは嬉しくなり更に破顔した。
「嬉しいです、大事に食べます。ありがとうございます。」
「沢山あるからいいの!」
ぷいっと顔を背けて再び本へ目を落としてはいたが、それは照れから来ているものなのだろうとイルカは察した。
我儘なお嬢様と聞いて少し身構えていたのだが、なんとも可愛い十歳の女の子ではないかと内心喜んだ。
それに先程から見ている手元の本は小説などではなく漫画だ。チラと見れば少女漫画らしく花やら星やらが散っている。
実際あんな目の大きい人間なんて居るはずないのに。しかも背中に花なんぞ背負って。
ほどなくスズメ先生が飲み物を運んで来た。美味しそうなケーキと共に。
「お口に合いますかどうか⋯木ノ葉で一番の洋菓子店のケーキでございます。」
「まあ、恐れ入ります。綿雪様はフルーツの乗ったケーキが大好きなんですのよ。ね?よろしゅうございましたわね綿雪様。」
「でもキウイは要らないからキヌエ食べて。」
「かしこまりました。」
イルカは既に離れてライドウの横に並んで立っていたのだが、この屋敷内の書庫に用がある事を思い出しスズメを小声で呼ぶとヒソッと耳打ちした。
「実は書庫の方に用が有るので⋯このご様子なら俺は席を外しても構わないでしょうか。」
「あら、そうでしたの?まあいいでしょう。あとは私一人でも大丈夫そうですしね。」
そして去り際に今一度一行の方を見たが綿雪はケーキに夢中の様だったので、ふと目が合った執事の様な男性に『失礼します』と目と会釈で伝えて静かに部屋から出た。
イルカは前もって綱手から借りた書庫の鍵を胸ポケットから取り出そうとしたが自分の手の中に綿雪から貰ったチョコ玉が有る事に気付く。
何が気に入ったのか、こんなものをくれるなんて⋯と微笑み、空いてる方の手で先ずは鍵を取り出して、さて包む物も無いこのチョコ玉をどうしたものかと悩みながら廊下の角にさしかかったその時
「わっ!?」
「きゃっ!!」
誰かと鉢合わせでぶつかってしまった。
「すっすみませんっ!」
「びっくりしたぁ〜⋯あ!なんだイルカ先生じゃないのよ。」
「あ、なんだシズネさんじゃないですか!って、わわわ!落としちまった!」
手に持っていたチョコ玉を全て廊下に落としてしまったのだ。
イルカはすかさず「三秒ルール!!」と言い放つと素早く全てのチョコを拾い集め、手の中の色とりどりの球体に「ふぅーふぅー」と息を吹きかけ見えぬホコリを吹き払った。
「やだぁ!先生もそれやるんですねぇ!アハハ!」
「勿体ないじゃないですか、それにこれは綿雪様から頂いた物なのです。」
「綿雪⋯って大名の⋯親戚の方ね?」
「はいっ。シズネさんは顔出さないのですか?」
「全部スズメ先生にお任せしています。私いま研究途中で忙しくて⋯。」
「そうですか。いや、失礼しました。」
「いいえ、先生もご苦労様です。」
軽く会釈して「それでは」と書庫へと向かった。
イルカは木の引き戸の鍵を開けると、古紙の香りを感じる室内へと入る。
『入ってすぐ右奥⋯って綱手様は言ってたよな。』
次回の中忍試験でのぺーバーテスト用の問題を作らねばならぬのだが、資料になる書物をお借りしたく⋯
『ん⋯チョコ玉⋯』
本を探す前に手の中のチョコを食べてしまおうと一気にホイッと口に投げ入れた。口の中で幾つかボリボリと噛み砕いては糖でコーティングされた中身のチョコの甘さを堪能した。
『んーと⋯忍の在り方⋯昔と今⋯』
人差し指で並ぶ本の背を軽くなぞって行く。
『五大国の⋯ ん⋯?』
ハッと自分の両手を見た。かすかに震えている。そして⋯
「え?なんで⋯うっ⋯この感覚、まさか⋯!?」
体の芯から熱が徐々に広がって行き、イルカは立っていられなくなり膝をついた。覚えている。忘れた訳では無いこの感覚。
『これ⋯ は⋯ 』


ヒュンッ と、それは一瞬の事。イルカの姿はそこから消えていた。
「 ピイヨッ!! 」
いや、消えていたのではない。そこには青い小鳥となったイルカの姿が有った。




 
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