≡ 連載もの・3≡

□ORGEL 15
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カカシの縋るような目を見てイルカは彼を抱きしめたい衝動にかられる。

『駄目だ!絆されては⋯駄目だ。』
「俺は先生に嫌われちゃった?」
「 !! 」
「もう⋯俺の事、嫌いになっちゃった?」
「⋯カカシさんは寂しいんだと思います。傍に居るのは俺じゃなくてもいい⋯あなたは⋯あなたを温める肌が有ればそれでいいんだと思います。」

目をそらして言うイルカの言葉にカカシは少しムッとしてみせると「寂しい?俺が?」そう言いながら鼻で笑ってイルカから少し離れた

「大の大人のこの俺が?寂しくて人肌を恋しがってるって?そういう事?」
「大人も子供も関係ありません。俺は⋯時々寂しくなる事ありますよ?残念ながら貴方のように人肌を簡単に手に入れる事は有りませんが。」
「じゃあいいじゃない、俺が先生を慰めるよ。」
「そんな言い方よしてくださいっ。」
「俺は先生が欲しいよ。欲しがっちゃダメなの?」
「だから⋯貴方は俺じゃなくても」

その時 後方から声がかかった。

「イルカ!そろそろ二次会行くぞ!⋯って⋯あ、はたけ上忍っ。お疲れ様です!」
「 ⋯⋯ 」
「わかった!すぐ行く!⋯すみません、次行くので。」

カカシに掴まれていた片腕をスッと引き離し仲間の元へ駆け寄るイルカは後ろを振り向きもせずにその場から立ち去った。


「おいイルカ、もしかして何か絡まれていたのか?」

心配そうに聞いてくる同僚に「まさか。」と軽く笑って誤魔化した。カカシが縒りを戻したがっている⋯
二次会の席でイルカの頭の中はそればかり考えていた。
縋るような目つきも拗ねたような物言いも、全てはカカシの手管なのかもしれないのに。
なのにもう一度彼の傍に居られるのなら⋯と、彼の腕に抱かれる熱を思い出しては頭に浮かんでくる悩ましい夜の事をかき消す様に酒を煽った。

「イルカどうした?飲みすぎじゃねーの?」
「なんでもない。飲みたいだけだ。」

自分も彼を欲しがっている。でも認めたくはない。もろく崩れそうな自分の気持ちに腹が立って泣きたくなる。

「そろそろお開きにしようぜ。俺明日早出なんだよぅ。」
「なんだよ情けねぇなぁ!」

そろそろ皆が飲み疲れてきたのも無理はない。時計の針は日付けが変わろうと言う頃だった。
会計を済ませた中忍達は次々と店の外へと流れ出る。

「じゃあなーまた明日!」
「俺明日から夜勤だぁ。」
「あ!イルカァおやすみぃー!」

「おう、おやすみ!」と笑って手を振り一人離れて帰路へと足を向けた。

『⋯ちょっと飲みすぎたかな。』

飲みすぎた理由は言うまでもない。あの男だ。忘れかけていた彼の指の温もりが引き留められ掴まれた腕に残っている。
そして悔しいくらいに自分の体が疼くのが許せなくて忘れたくて酒を煽った。

『絶対⋯今までカカシさんに追いすがった女達と同じにはなりたくない。』

彼の唯一になれるとは思っていないから。自分の恋愛感とは違う世界の男なのだ。
イルカはただ一人の人を愛して、そして愛されたいと思っているから彼と関係を続けていくのは無理だと考えている。

『あの男の好きになんてさせない⋯。』

酔いが回った体でフラフラとアパートへ向かって歩いていると、不意に声をかけられた。

「なんでそんなになるまで飲んじゃうかなぁ⋯。」
「⋯⋯⋯。」

振り向かずとも誰の声なのか分かるのに無視をして前へ進みたい気持ちとは裏腹に足が止まったまま動かなくなってしまう。

「さっきの話の続きだけど、あんたさっき⋯」
「もう話す事など無いです。放っといてください。俺に付き纏うな!」

「!!!」不意に両手首を強く掴まれ、板塀に体を叩きつけられるように縫い止められた。目の前には真剣な眼のカカシの顔。

「なに⋯すん⋯」
「あんた俺が先生以外の人間でも構わないって言ったけど、どうしてそんな事言うの?俺は先生と別れてから誰も抱いちゃいないっ。」

唇と唇が触れそうなくらい近くで縋るように話しだしたカカシを、目を逸らしていたイルカはそっと見る。

「俺は先生じゃないとダメ。あんた以外抱きたいと思わない。」
「俺はあんたの慰みものですか。」

ポツリと呟いた言葉に自分でも酷い事を言った⋯と思ってしまい再び視線を彼の瞳から逸らした。

「違う、そうじゃなくて⋯」

カカシの手が緩み、イルカは解放された体をそのまま横向きに板塀へあずけた。

「ねえ、イルカ先生聞いて⋯。俺こんな事初めてだから自分でもよくわからない。抱きたいだけじゃないんだよ?なんて言うか⋯」
「⋯⋯⋯。」

目の前で戸惑う凄腕上忍に目をやる

「先生の傍に居たい。先生が作ったご飯食べて、一緒にテレビ見て一緒に笑って一緒に⋯ ただ⋯一緒に過ごしたい。もちろん体も欲しい。二人で気持ちよくなりたい。ダメ?」

子供のような目でこちらを見つめるカカシに心動かされるもイルカは思いとどまった。

ダメ⋯ この人は俺なんかに留まる人ではない。
また美しく柔らかな肌を求めるに違いない。

「イルカ先生?」
「⋯俺は綺麗でもないし柔らかくて良い匂いのする肌でもないし、あなたが満足する人間でもない。」
「⋯⋯なんで先生が泣くの?ふられて泣きたいのは俺の方なのに⋯。」

泣いている?ああ⋯ おれ泣いている⋯
認めたくはないが、それほどにカカシの事が好きなのだと思い知った。

「ねえ、先生の家へ一緒に帰ってもいい?」
「ダメです⋯」

気がつけば優しく抱きしめられていた。忘れようとしていた彼の匂いと体温が駄目と言う言葉と裏腹にイルカの心と体を疼かせていた。

「ダメじゃないよね?だって⋯先生泣いてる⋯。」
「ちが⋯」
「ごめん。我慢できない。」
「!?」

二人の姿は白煙を残して消えていった。



  ***




いつかまた離れて行く存在だと半ば諦めてはいた。
あの夜、酔いに任せて抵抗することなくカカシに体を預け何度も啼かされた。何度も、何度もだ。
翌朝には隣で寝ている彼の綺麗な寝顔を見つめて考えた。自分に執心している間は付き合ってやるか⋯と。
そんな風に上から目線で思わなければ後々浮気された時に自分が惨めになる。イルカも情けないくらいカカシが好きだったから⋯。

「ねえ先生、明日から長期任務だけど浮気しないで待っててね。」
「何言ってんですか。あなたこそ大丈夫なんですか?チームの中に元カノも御一緒なのは知ってるんですよ?」

そんなカカシとの仲も一年が経とうとしている。今のところイルカに対する愛情は消えないどころか嫉妬心丸出しにまでする様になって。

「柊?冗談!イルカ先生一途になった俺に食ってかかってきた時にさ、本気で殺意ぶつけて懲らしめようとしてから俺には近づきもしなくなってるよ。」

こんな具合にどうやら身の回りも綺麗にしていったようで⋯。

『こんな俺の何処がいいのか未だに分からないが、彼が俺を飽きるまでは夢を見ていられるって事だよな⋯。』

不意にオルゴールの優しい音が部屋に流れ出した。カカシが手に取りクランク(取っ手)を回したのだ。

「このオルゴールの音色、イルカ先生みたいだよね。」

カカシは時々あのオルゴールを鳴らしては「俺と先生を繋げてくれた大切な宝物」と顔をほころばせる。

「俺みたいな?」
「うん。優しくて温かくて心が安らぐ。」

カカシはオルゴールを手にしたまま、卓袱台の前に座ったイルカの背に自分の背中を預けるようにストンと座り、オルゴールが奏でる優しい音色に聴き入っていた。
イルカは思う。いつか、この人が、自分では無い誰かを愛する日が来るかもしれない。
オルゴールの音が途絶えるように、彼の愛もまた消えていくかもしれない。
その時は自分で心のクランクを外し、二度と二人の音を奏でる事が出来ないようにするしかないのだとイルカは静かに静かに口元だけでフッと笑った。










 


 

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