∴季節物・誕生日∴

□2021年 イル誕
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もうすぐ五月二十六日。俺の誕生日。
幼い頃は父ちゃん母ちゃんが祝ってくれて、その二人が居なくなったあと数年は三代目の爺ちゃんが祝ってくれて、十代後半に初めて彼女というものが出来た時には二人で祝って
『しかしそんな事も一度きりだったな。うむ。過去の栄光…。あの時の俺が妬ましい。』
その後は彼女の居ない者同士が何故か(必然的に?)身を寄せ合っ… いや、楽しく集って仲間内で誕生会なるものを毎年行うようになって幾星霜。
でもまあ彼女が出来れば自然と輪から離れて行く奴が居たのは仕方がない事だったな。皆で「いいよ気にすんな!もう戻ってくるなよ!」「ヒューヒュー!」「今夜は朝まで…か!?」なんて囃し立て見送ったものだったが
『送った後に空気がどんよりしたのは毎度の事だった。』
来年は俺だって!って皆が思ったし、実際一人抜け二人抜け…ここ二年ほどは俺も含めて同じ顔四名で祝いあってる。
三月のムジナの誕生日も良かったよなぁ。皆で合わせて休みが取れたから、木ノ葉温泉で一泊だったけど時間気にせず部屋で飲みあかせたもんなぁ。
基本、誕生日を迎える本人にはサプライズで、場所もプレゼントも内緒で用意するのが俺達の祝いのやり方なのだが「俺、明日誕生日なのに夜の受付当番だよ〜。」なんてムジナは前日に嘆いていたが、翌朝皆であいつの部屋へ出向き
「ムジナァ!起きてるかぁ?」
「支度しろー!行くぞぉー!」
なんて叩き起して寝ぼけまなこで出て来た彼に「温泉行くぞ!支度しろ!」って驚かせたのは本当に楽しかった。
本人昼から勤務で夜に受付って思ってたから終始顔がクエスチョンマークのままだったのだ。俺達の力で非力ながら奴のシフトを変えてもらったんだ。
『俺的には、また温泉でもいいんだがなぁ。』
俺の温泉好きは知られている。出来ることなら温泉にしてくれ!先々月と同じだっていいじゃないか!楽しかったじゃないか!
『考えてみれば、何故ムジナの時に温泉にしてしまったのか…。むむ。』
ちょっと悔しいな。お願いだから今回もそうしてくれ。俺の願いよ届け。
「イルカッ。」
「んー?」
目を瞑り、鼻と上唇で鉛筆を挟んで迷想していた俺を、隣にいる誕生会のメンバー、俺の悪友の一人マツカゼが肘で小突いてきた。
「考え事もいいが、そろそろ皆が報告書持って来る頃だぞ。」
「あ、そうだな。もうこんな時間か。」
鼻の下の鉛筆を取りながら時計を見上げ、机の上を整理した。するとものの数分も立たぬうちに足音が聞こえてくる。
『最近は里も国も平和だから殺伐とした任務も少なくて助かる。』
なので当然命を落とす者も少なく、苛立ちを抑えきれないまま報告書を出しに来る輩もそんなに居ないから。
『あ…。』
ひときわオーラのある人がやって来た。凄腕の戦忍にしてはスラリとした体躯で、穏やかで何処かしら影のある人…はたけカカシ上忍。俺の憧れの忍者のカカシさんだ。
そして嬉しい事に彼はいつも俺に報告書を出してくれる。「これお願いします。」って、目を弓なりにして微笑みながら。ほら今日も俺の前にやってきてくれた。
「これお願いします。イルカ先生。」
「はいっ!お疲れ様です!確認させて頂きます!」
彼の報告書に誤字脱字なんてあるわきゃないのだ。見ろ、この流れるような綺麗な文字を!
「はい!不備無しです!」
ポン!と判を押すと俺は毎度の事ながらニカッと歯を見せ皆に褒められるこの笑顔で返すんだ。
「あ、うん。…ありがと。」
時々カカシさんは何か言いたげに俺を見たりする事が有るのだが、気のせいか結局何も言わずに帰っていくから大した用事でも何でもないのだろう。
「カッコイイよなぁ、はたけ上忍。」
そう呟いたのはマツカゼ。
「だよなぁ!俺も憧れてるんだ。あんな風にカッコイイとさ、モテるんだろうなぁ。」
「なんだよ結局そこかよイルカはよォ。」
ハハハ!と笑われムッとした。違う!違うぞ!それだけじゃないんだよ!
「ま、イルカの言うように確かにな、あの人はモテるらしいぞ?女が放っとかないらしい。」
「だろ?…いいよなぁ、綺麗なくノいちなら一緒に酒も飲めるんだろうなぁ。」
「まあ俺達みたいな汚ねぇ中忍には縁のない人なのは確かだよな!わはは!」
いやいや「汚ねぇ」は余計だろ。あんまり自分を卑下するなよマツカゼ。悲しくなっちゃうぞ俺まで。
「それよりさ、俺の誕生日の…その…決まってんの?」
「え?あ、ああ…まあ、内緒だ。うん。」
「だよなぁ!そうだよなぁ!ムジナん時は温泉だったしなぁ。いいよなぁ!連続って事は無いかもだけど俺も温泉好きだしなぁ!いいよなぁ!(温泉好きを強調する為2回言う!)」
どうだ、さり気なく「温泉がいい」アピールをしてみたぞ。もしかしたらもう何か考えてくれているのかもしれないが、考え直して「やっぱイルカは温泉だわ〜。」と思うかもしれないからな。皆だって楽しかったろう?温泉。
「お疲れ様です!」
報告書を持って次々と人がやってきた。何はともあれ誕生日が楽しみだ。


その夜。某居酒屋。
そこではイルカを抜かした誕生会のメンバーが作戦会議の為に個室に集まっていた。
「温泉?また?」
「イルカが、温泉がいい!ってさ、アピールをして来たんだよ。受付に座ってる時さ。」
困り顔のマツカゼがグイッと酒を飲み干した。
「あいつ温泉好きじゃん?昨年の温泉一泊だってあいつが提案したじゃん?なのにまた行きたいって…。」
「失敗したなぁ、イルカの時に温泉にすりゃ良かったんだよなぁ。」
どんより顔の中忍三人がグラス片手に沈みかえった。
「で、どーするよ。料亭一部屋抑えて宴会コースは辞める?」
「お手頃な店の個室に芸者さん呼んで…て計画も無し?」
「料亭で美味い酒と御馳走か、場所を下げて芸者さんに金かけるか…。」
「いっその事安い温泉宿で芸者さん呼ぶってのは。」
「早く決めなきゃ予約の事も有るしイルカの誕生日まで二週間切ったぞ?」
うーんうーんと暫く悩んでいると、隣の個室との境の襖がスッと空いた。
「ちょっと失礼。聞くつもりはなかったんだけど、何?イルカ先生の誕生日近いの?」
「!!!はっ!はたけ上忍!」
「おおおお疲れ様でっす!」
「すみません!煩くして!」
ひれ伏す三人に両手のひらを見せながら「まあまあ。楽にしてよ。」とカカシが笑った。よく見るとカカシの向かいには猿飛アスマが座って酒を飲んでいた。
「えと、あの、イルカの誕生日が二十六日でして…。我々誕生会のメンバーで毎年お祝いしあっていまして…。」
「二十六日…。」
「はい。今年のあいつの誕生日には何をしてやろうかと。毎年誕生日の主役には内緒で計画立てて誕生会を行うんです。」
「うわー、あいつここに居ないのが悔やまれるなぁ。憧れの人がこんな近くに…。」
はっ!とマツカゼが目を見開き何かを閃いた。
「あの、はたけ上忍にもご相談に乗っていただいても?」
「え?俺で良ければ。」
「おいおいマツカゼ!失礼だぞ!」
「あはは。大丈夫だーよ。楽しそうだし仲間に入れて?」
それにイルカ先生の誕生日なんでしょ?と、声には出さなかったが、気になる人のお役に立てられるのならとカカシ自身にも嬉しいお誘いなのであった。
「それではですね…」
マツカゼがニヤリと笑い、思いついた計画を話し出した。


おはよう世界!!おはよう木ノ葉の里よ!!今日は五月二十六日、俺うみのイルカの誕生日である!!
「いやぁ〜よく寝た。昨日早上がりだったから寝るの早かったもんなぁ。早寝早起きはやはり気分が良い。」
そして実は今日も俺はアカデミー勤務。イルカ先生は臨時にお休みです!て事にはなっていなかったから、やはり温泉という選択はしてくれなかったのだろう。
『いや、でも夕方から行くのかも?そして明日が休みになっているのかも?』
今日アカデミーへ行けば俺の明日のシフトがわかるはず。休みになっていれば温泉かもしれない!期待大かもしれない!
『ま、あまり期待はしていないが…。』
と思いつつ、朝飯済んで歯を磨きながら『新しいパンツ出しておこうかな』とか『洗顔セットは宿にもあるよな…』などと、軽く支度をしておこうという気満々な俺がいた。
「さて行くか。」
サンダルを履き外に出た俺は、アカデミーに着いたら明日が知らぬうちに里外任務という名の「有給」になっている事を願いながらドアに鍵をかけた。

「えー?普通にアカデミー勤務ぅ?」
「どうかされました?イルカ先生。」
「あ、スズメ先生。おはようございます。あのぉ…」
「なんでしょう?」
「明日なんですが、私が里外任務になっているって事は…無いですよね?」
「無いですわねぇ。今は誰一人として教師が里外任務なんて出る事も無いと思いますわよ?」
「はあ… そうですよね…。」
あれー?じゃあ今日の誕生会は普通に飲み会なのか?
『まあ…いいか。』
前回に引き続きって事もなかったようでガッカリだ。いや、でも皆と楽しく飲めるだけ良しとするか。
ちょっとシュンとしながら職員室の自分の席に座る。そして机の上にカバンを置いて溜め息をついていると。
「よお、これな。今夜待ってるぜ。」
そう言って俺の目の前に、さり気なく紙切れを置いて行ったのは同じ教師、誕生会メンバーのタツヤだ。
『今夜?』
直ぐに二折にされている紙切れを開いてみる。
『…料亭「梅乃家」…椿の間。十九時に来られたし。』
やはり飲み会のようだ。しかも割と良い店ではないか。良い店って言うか…。
「あの…スズメ先生?」
「なんでしょうか?」
隣のスズメ先生に聞いてみる。
「梅乃家って料亭、結構良い店ですよね?」
「梅… 梅乃家!良い店どころか庶民がおいそれと暖簾をくぐれる店ではないです!え?なんですの?行かれるんですか?」
「あ、いや、ははは…まさかっ。」
離れた席のタツヤを見ると、肩が小刻みに揺れている。何笑ってやがる!てかスズメ先生声大き過ぎ!
『あいつら…こんな高級料亭抑えやがって。主役は金出さなくていいったって…三人で大丈夫なのか?払えるのか?一番安い料理頼んだとしても酒が沢山飲めないんじゃないのか?』
貧乏くさい事をつらつら考えながら一日を過ごした俺は、何かを覚悟するように梅乃家へと向かった。


 
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